1 零性遺伝子を持つ公女
何度も言いますが、ストレス軽減に読書は良いらしいです。
メロディアス公爵家の長女の名は、アリシア。妹の名前はヴィヴィだ。その歳の差は僅か1歳。アリシアの不幸は、ヴィヴィが産まれた日から始まったと言っても過言ではない。
ヴィヴィが最初に欲しがったものはアリシアの物で、誕生日プレゼントに貰った「くまのぬいぐるみ」だった。両親からプレゼントされた物だったが、本能のままに生きている2歳児には通用しない。ヴィヴィはアリシアの「くまのぬいぐるみ」が手に入るまで、大泣きした。
「仕方ないわね。アリシア、貸してあげなさい」
そう両親にお願いされて貸した「くまのぬいぐるみ」には、ヴィヴィの汗と涙とよだれが付いた。もうそれだけで「くまのぬいぐるみ」は特別ではなくなった。その後それはヴィヴィの物になったが、いつの間にか捨てられていた。
年月が経つに連れ、「クマのぬいぐるみ」のような末路を辿る物が増えていく。洋服、宝飾品と規模は大きくなり、果ては友達や幼馴染までヴィヴィに奪われた。妹のヴィヴィはどんどん強欲になり、その被害者はいつも姉であるアリシアだ。
ある時、ヴィヴィはまた欲しがった。
「お姉さまの髪の色、綺麗だわ。私も欲しい」
アリシアの銀髪を特別なもののように感じたヴィヴィは、アリシアの目の前で両親にそう言った。それに対し姉妹の父親であるローランドは、「ヴィヴィの髪色は、仲間外れではない。私の愛する妻リーサと同じコーラルレッドで、瞳の色は私と同じローズグレイだ」と返した。
それでも納得しないヴィヴィに、ローランドは研究資料を持ち出してくる。
ローランドは公爵家の当主だが、王国の研究機関に所属する研究者でもあった。魔法遺伝子学の先駆者で、「魔法遺伝子の特徴やその受け継がれ方」について研究している。素晴らしい研究結果を出した者にだけに贈られる、「博士位」という称号も持っていた。
「魔力を持つ人間は皆、魔法遺伝子を持っている。その中で、稀に零性遺伝子を持つ個体が産まれることがある。それがアリシアだ」
「アリシアお姉様が零性だという話は、ヴィヴィはもう何回も聞いたから知っているわ」
「だが、アリシアはそれをよく知らないだろう? だから今、それを教えてやるんだ。アリシア、よく聞きなさい。先祖の記録では、お前のような髪色や目の色を持つ者は脆弱で、早死にしやすいと言われている。また爵位を継げず、将来何も成せないと言われている」
アリシアは唇をキュッと噛んだ。昔、魔法遺伝子によって失った友達がいるからだ。
「折角、公爵家の長女に生まれたのに……。お姉様、可哀そう……」
「惨めな人生を宣告されたも同然だが、幸いなことに私たちには原性遺伝子を持つヴィヴィがいる。私たちの能力をそのままに引き継ぐ魔法遺伝子だ」
「アリシアも私に似たら、きっと素晴らしい魔法を使えたのに残念だわ。せめて、中性遺伝子なら人並みに生きていけたのに」
「お母さまの魔法は、特別に凄いものね。ヴィヴィの髪色はお母さまと同じ色だから、将来有望かぁ♡」
家族の団欒にしては、ちっとも温かくなかった。
淡々と説明するローランドの言葉も。
がっかりするリーサの言葉も。
ヴィヴィの嬉しそうな声も。
アリシアを傷付けるには、十分な言葉だった。
アリシア・メロディアスの両親は、貴族としては珍しくない家同士の結婚をした。金も権力もある公爵家の生まれで、研究者としても大成したローランド・メロディアス。代々、魔法の才能に恵まれる家系、サイラス伯爵家に生まれたリーサ・アジェット。
結婚当日まで互いの顔を知らなかった2人だが、すぐにローランドとリーサは恋に落ちた。「小説のように美しい、燃えるような初夜だった」と齢5歳のアリシアにリーサは惚気たほどだ。
「両親が愛し合った末に生まれたのが、自分なのだから」と今の今まで希望を持っていたアリシアだが、それはたった今、打ち砕かれてしまった。
傷付いて俯いているアリシアを見ても、両親は気にも留めない様子で話し続けている。ヴィヴィは両親の言葉に満足し、意味深な笑みを浮かべてアリシアを一瞥した。居たたまれなくなったアリシアは、無言のまま私室へと逃げる。
大階段を一気に駆け上がったせいで小さな身体は息切れしたが、なりふり構わず部屋の壁に立てかけてある鏡を見た。引き寄せられるようにその前に立つと、自身の容姿をじっと見つめる。
アリシアの髪色は、ローランドにもリーサにも似ていない。髪色は銀髪で瞳の色は紅玉のように美しいが、とても異質で目立っていた。
「私が零性だから何も成せない? 奪われても仕方がない?」
メロディアス家の家族を描いた肖像画が大階段に飾ってあるが、自分だけが他人のようだと幼い頃から思っていたアリシア。ヴィヴィに比べて厳しく躾けられ、行動も制限されてきた。それでも、少しは愛されていると思っていたのだ。
見た目は似ていないが、血は繋がっている。しかし、それは間違っていた。零性遺伝子を持つために脆弱で、短命だとはっきり言われてしまったアリシアは絶望する。
家族はアリシアの将来に何も期待はしていなかった。
ヴィヴィだけが両親に必要なのだと思い知り、アリシアは静かに涙する。
まだ花開く前の多感な時期である12歳の公女。早々に身の程をわきまえる生活を続けようと心に決めたのは、この瞬間だった。
当初は書くつもりはありませんでしたが、二作品目の短編が日刊総合ランキングに乗り、大変うれしく思いましたので(反響もありました)、調子に乗って長編を(8月28日?からせこせこと)書き綴りました。
最初は暗いですが、だんだんと短編のような明るさになっていく感じです。
ご期待にそえるか分かりませんが、良かったら読んでください。短編版も良かったらどうぞ。
ちなみに、女性でも爵位を継げる世界です。