ある男の癖
「うわっ」
深夜2時。サダオは帰宅しリビングの電気を点けると、とっくに寝たと思っていた妻のトシ子が椅子に座って待っていた。
「遅かったのね」
「あ、あぁ…」
「仕事?」
「あぁ…うん、今朝言っただろ…遅くなるって…」
歯切れの悪い返事を聞くと、トシ子は立ち上がりサダオに詰め寄った。
「ずいぶんと香水のお強い方と、お仕事されているのね」
「そ、それはお前。先方さんがほら、そういったお店に行きたいっていうから、ほら仕方なく」
「仕方なく?」
「あ、当たり前だろ、仕方なくだよ」
結婚して1年。永遠の愛を誓い合ったはずのサダオは、すでに2回も浮気をしていた。1回目は高校の同窓会で再会した元カノ、2回目は仕事で行ったというキャバ嬢。結婚前から女性関係にだらしがないことは知っていたが、根は真面目で優しい。結婚したら変わると信じ、本人も「トシ子、お前だけだ」と言ってくれた。しかし、この有様だ。
今回も、およその目星はついている。会社の近くにあるスナック「如月」のホステス「みほ」だろう。洗濯の際、ワイシャツのポケットにスナックのカードが入っていた。手書きで名前と携帯番号が書かかれ、ご丁寧にハートマークまで付いていた。拙い字だった。カードは当然捨てた。後日、それを探す素振りをするサダオの姿が滑稽だったが、笑うことはできなかった。頭の中では「離婚」の二文字がくっきりと浮かび上がっていた。
目を合わせようしないサダオにトシ子は追い打ちをかけた。
「そうなんだ、仕方なくなんだ、へー。ところで、みほちゃん元気?」
サダオの顔が一瞬で青ざめた。
「み、み、みほ?誰だそれ」
「もうしらばっくれるのやめてよ。スナック『如月』のみほよ!」
この期に及んで白を切るサダオにトシ子はキレた。
「毎回、毎回、女作っては深夜の帰宅。私が知らないとでも思ってた、えっ!」
「そんな、みほ何て女知らない。絶対知らない!」
「嘘よ!」
「嘘じゃない!
サダオも引き下がらなかった。しかし、トシ子はサダオが嘘をついていると確信していた。それはサダオが嘘をつくときに必ずする〝ある癖〟が目に入っていたからだ。
「あ、そう。あなた自分じゃ気が付いてないかも知れないけど、嘘つくときに必ずする癖があるのよ」
「癖?なんだそれ」
「ふん、本当に気付いてないのね」
「それこそが嘘なんだろ。俺に癖なんかないのに、カマをかけてる。本当なら俺の癖を言ってみろ」
その一言にトシ子の目は一層鋭くなった。
「いいわよ。じゃあ、言ってあげる」
「あぁ、言ってみろ!」
「あなたが嘘をつくときの癖はね「」
「あぁ」
「両手の人差し指を、鼻の穴に突っ込むことよ!」
「何!」
サダオは、その一言に驚愕し洗面所に急いだ。鏡にはトシ子が言った通り、鼻の穴に指を突っ込む姿が写っていた。しかも第二関節までずっぽりと。
「知らなかった…」
サダオはそう呟くと、膝からゆっくりと崩れ落ちた。
了