精霊祭の贈り物 後編
本日二話目です。
精霊祭の当日。
リリアはなんとか、マフラーを編み上げることができた。編み目は及第点といったところだろうが、こっくりとした深い緑が粗を目立たなくしてくれ、見た目は悪くない。
約束があるので仕事を早めに終わらせたかったが、なかなかそうもいかなかった。駆け込みで贈り物を用意する人がいるようで、人出も多いし店はどこも忙しい。リリアは度々手伝いやら頼みごとを引き受けてしまい、気がつけばもうすぐ夕方だ。今宵は皆家で過ごすためか、商店街もようやく落ち着いてきた。
手紙を配り終えて職場に寄った後、ようやくくまのパン屋にたどり着く頃には、空はすっかりオレンジ色に染まっていた。
「こんにちは」
いよいよ当日だと思うと緊張して、いつもより小さめの挨拶になってしまった。
「いらっしゃい。リリアさん、待ってたよ」
バナードが振り返り、穏やかな声を返してくれる。今日は前髪が下りている。リリアはほっとしたような、残念なような、複雑な気持ちだった。
ドアの札をくるりと回すと、バナードはリリアを誘った。
「少しだけ、お茶していかない?」
工房に入ると、テーブルには綺麗に包装された包みが二つ置いてあった。リリアがその出来映えに感動していると、バナードがコーヒーを淹れながら言う。
「せっかくだから、ちょっとお洒落な感じにしてみたんだ」
「ありがとうございます。中身の美味しさに負けない素晴らしさです!」
「ははっ、ありがとう。それで、これは味見用」
木製のトレイでコーヒーと共に差し出されたのは、薄く切り分けられたパンだった。紫や赤のドライフルーツやナッツがこれでもかと入っているのが見える、美しい断面だ。
「俺が後から作った物だけど、作り方は同じだから」
「作り方は同じでも、同じになっているかどうか……」
「大丈夫だよ。食べてみよう?」
「はい。いただきます」
「どうぞ」
サクッとしたかと思うと、中はしっとりしている。外側の砂糖の甘さ、たっぷりのナッツやドライフルーツの食感と、ふわりと香るお酒。濃厚な味わいに、リリアは酔いしれた。
「バナードさん、これ、すごく喜んでもらえます。絶対」
「うん。そうだといいな」
とっくに食べ終えていたらしいバナードは、少し笑って席を立った。
「リリアさんに渡したいものがあるんだ」
そう言ってバナードが持ってきたのは、赤い毛糸で編まれたもののようだった。
「いつも色々、ありがとう。ええと、首元が寒そうだなと思ってて……白いコートとも、合いそうな色にしてみたんだけど」
バナードは照れたように言った。バナードから贈り物を、しかもマフラーをもらえるとは思わず、リリアは驚きに目を見開いた。
「ありがとうございます……素敵……」
慌てて手を拭って受け取ったリリアは、早速首に巻いてみた。とても暖かくて、自然と笑顔になった。
「どうですか?」
「うん、長さもちょうど良かったね。急いで編んだから、間に合って良かった」
聞き捨てならない言葉が聞こえ、リリアは衝撃を受けた。
「もしかして、バナードさんが編んでくれたんですか!?」
「うん」
リリアはマフラーをまじまじと見てみる。編み目の揃い具合といい、さりげなく入った模様といい、まさか、バナードの手編みだとは思わなかった。
これではリリアの編んだものなど、とてもではないが差し出せない。バナードは、絵の才能以外は全て持ち合わせているのではないだろうか。
リリアがバナードの器用さに打ちのめされている間に、皿が片付け終わっていた。
「そろそろシュナイダーさんのところへ行こうか?」
「は、はい!」
リリアは慌てて席を立った。心の中は大混乱だ。渡すべきか、渡さざるべきか。きっとバナードは何も言わずに受け取ってくれるだろう。でも。
ドアの前まで来て、リリアはようやく勇気を振り絞った。
「あの、私も渡したい物がありまして」
勇気が萎まないうちにと、勢いでかばんからそれを取り出した。バナードの手にほとんど押しつけるようにして渡す。
「いつも本当にありがとうございます!被っちゃいましたけど、どうぞ」
「……」
返答がない。おそるおそる見上げてみると、バナードはリリアの編んだマフラーを見つめたまま固まっていた。
「あの……」
バナードはようやく動いた。ゆっくりと、マフラーを首に巻く。
「どうかな?」
「あの……バナードさんに似合いそうかなと、その色にしました……」
「ありがとう。すごく、あったかい」
バナードの前髪が下がっていてよかった。
こんなに嬉しそうなバナードの表情をまともに見ていたら、リリアはどうなってしまうかわからない。
リリアは気持ちを落ち着けようと、もう一つ用意していた物をかばんから取り出し、くまのぬいぐるみの首にそっと巻いた。
「このくまさんにも、いつも癒されているので」
「いいな」
「え?」
「巻いてもらえていいなと思って」
思わずバナードを振り返ると、バナードはなんだか心ここにあらずといった雰囲気で、ふわふわと微笑んでいる。
「えっと、バナードさん……?遅くなってしまうので、行きましょうか」
「そうだね」
一歩外に出ると、まるで、別の世界のようだった。小さな光が、あちらこちらで揺らめいている。
幻想的な雰囲気に魅入られ、リリアは言葉が出ない。
「これはすごいね」
「はい……」
本当に蝋燭の火だろうかと思うほど、一つ一つが煌めいて。リリアははっとした。今日は精霊祭だ。
「バナードさん、もしかして、これ、精霊さんの光に似てますか?」
バナードを見上げると、光を見つめながら頷いた。
「うん、本物の精霊みたいだ」
「こんなに綺麗なものが、バナードさんには見えているんですね……」
夜を迎えようとする町に、ふわふわと浮かんでいるような光たち。
「素敵なお祭りですね。今日はみんなが精霊さんを感じられる日なんですね、きっと」
「うん」
見上げたバナードの前髪の奥が、きらりと光ったように見えて、リリアは目を瞬く。
「じゃあ、行こうか」
「は、はい」
シュナイダー夫妻にパンとそれぞれの贈り物を届けると、とても喜んでもらえた。夫妻からは、リリアには手袋、バナードには新しいエプロンだ。
バナードにもらったマフラーにも合う赤い手袋で、リリアはうれしくて何度も御礼を言った。
ただ、お互いマフラーを贈りあった話をすると、ミネタが少し微妙な顔をしていたのが不思議だった。
バナードはそのまま、家まで送り届けてくれた。
「喜んでもらえてよかったですね」
「うん」
「どうして、精霊祭に、贈り物をし合うんでしょうね?」
「……うーん。精霊に感謝するなら、ついでに周りの人にも感謝しよう、って思ったんじゃないかな」
「なるほど、そうかも知れませんね」
リリアは、とても満ち足りているような、もうすぐこの時間が終わってしまうと思うと切ないような、ふわふわとした気持ちで歩いた。
「わざわざありがとうございました。バナードさんのおかげで、素敵な精霊祭が迎えられました。楽しかったです。あと、マフラー、うれしいです。大事にしますね」
「俺も楽しかった。こちらこそありがとう。大切にする」
バナードの言葉に、リリアは恥ずかしくなる。
「あ、私のは編み目とか揃ってなかったりも、するので……そんなに……」
「いや、すごく素敵だよ。うれしかった」
マフラーの端を持ち上げて笑ったバナードが、ふとリリアの顔を見た。
すっと顔が近づく。もう少しで、前髪の隙間から目が見えそうなほど。
リリアは思わず、少し後ずさる。
「ここ、粉砂糖がついてる」
「!」
自分の右頬を指さすバナード。リリアは真っ赤になった頬を、慌てて手で拭った。
不意にバナードの手が伸びてきて、頬に指が触れた。温かい。
リリアは動けない。
「取れたよ」
バナードは柔らかく笑った。
「じゃあ、また……日曜日かな」
「はい……また、日曜日。おやすみなさい」
リリアはなんとか言葉を返す。
「おやすみ」
手を振り、背を向けて歩き出したバナードをしばらく見つめていたリリアは、ゆるゆるとその場にしゃがみこんだ。顔色が元に戻るまで、帰れそうにない。
帰宅後、手作りのパンと贈り物を二人とも(恐らくマイノも)大変喜んでくれた。二人からは、マイノが作った新品のブーツだ。メリアはくたびれていたリリアの靴が気になっていたらしい。感激したリリアは、目を潤ませて感謝を伝えた。
そのあと、共にお祈りをして、食事とパンをいただいた。パンはちゃんと美味しかった。
リリアはここにバナードもいてくれたらと考え、再び熱を持った頬の色を、一口だけ飲んだワインのせいにしたのだった。
おまけ
その後のシュナイダー家にて。
早速切り分けたパンを見つめながら、ミネタは頬に手を当てた。
「ねえ、あなた。あの子達、もしかしてマフラーを贈る意味を知らないのかしら」
キーファーは優しく微笑み、ミネタを見る。
「そうかもしれないね。どちらにしても、幸せそうで何よりだよ。彼らは君の恩人だしね」
「そうね。もどかしい気がしてしまうけれど、幸せそうだったものね」
「彼らを見てたら、もう一度君にマフラーを贈りたくなったよ」
ミネタは少し呆れたように笑うと、キーファーの手に自らの手をそっと重ねた。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
応援してくださった方々、本当に感謝しています。ありがとうございました。うれしかったです。
読んでくださった皆様に、少しでもほっとするような楽しいときをお贈りできていたら幸いです。