最終話 ターン
「――――それでは、次の選手紹介に移ります。第六レーン、深見柊吾」
全日本選手権当日、応援に来てくれたガキ共に松田先生、大学でリハビリに付き合ってくれたトレーナーに、小学校の先生たちまでいて、久しぶりの再開に軽い挨拶をしてから、精神統一のため近辺で軽い散歩に出かけた。後ろには、楓がくっついてきていた。
「彼は一度、交通事故で腰椎分離症を悪化させて、選手生命を絶たれているんですね。それが絶え間ない努力の結果、自ら奇跡を起こし、そして今、この舞台に立っております!」
体育館の外からでも、実況の声は聞こえた。楓が奇跡だってと笑い、
「どっちかっていうと、アンラッキーマンだったよね」と茶化し、アハハと前を走る。
「話によりますと、努力の奇跡の裏側には、幼馴染の死が関係しているとのことで……大切な彼女の死をきっかけに一念発起して……いやぁ、感動的ですねぇ」
精神統一だと気にしないよう務める。考えないこと、目を背けないこと。
ターンのコツだ。
「負けても感動モノかな」
「もう。兄ちゃんより速いところ見せてやるって言ったでしょ!」
応援席で横断幕垂らすからねと一足先に去っていく。イヤホンをつけて、歌詞も聴き取れない洋楽を流して、ゆっくりと、一歩一歩、これまでを確認しながら歩いていく。
もうじきレースの開始時間だと、控室に戻ると、廊下の隅で誰かさんを待つ彼女が見えた。
……ちょっぴり大人っぽくなったかな。
「おかえり」
「ねぇ、緊張してる? 不安?」
「なんだよ、俺を誰だと思ってる?」
「意地張って。仕方ないなぁ。ほら座って」
彼女の言う通りベンチに腰掛け、ふぅと息を吐き、目を瞑る。
それから、彼女が手を広げて、そっと俺の耳を塞ぐ。
長い時間、そうした。何も考えなかった。不安が消えていって、焦燥感が見えなくなる。
そんな充電のおまじないに、以前聞いた言葉だけが、ふわりと浮かび上がってくる。
――今だけは、誰かのためじゃなくて、自分のために、好きな泳ぎを泳ぐこと。
「――――よし、充電完了!」
「なんだそれ」
「これで充電期間は終わり。うん、いってらっしゃい!」
水着をチェックして、柔軟も完璧に、俺はベンチから立ち上がり、ゆっくりレース会場へと歩みを進める。応援席からするたくさんの応援も、今はすごく静かに聞こえる。
俺は一呼吸、大きく息を吸って、飛び込み台に足をかける。
「さて選手一同が集結しました。ここで改めて。第一レーン中居賢治。第九レーン大沢顕。第二レーン飯島翔平。第八レーン彦根裕二。第三レーン明和航。第七レーン佐藤一郎。第四レーン石川秀樹。第六レーン深見柊吾。第五レーン城戸劉生。ゆっくりと飛び込み台に足をかけ、各々スターティングセットの態勢に移ります。『Take your mark――』さぁ、注目の一戦、これが、全日本選手権決勝戦! 泣いても笑ってもこれが最後。さぁ、始まります。鳴り響きます。ピストルの音が――――」
ターン!




