54話「ただの負けず嫌い」
「よぉ」
「……もう話さない方がいいとか、言ってなかった?」
空港のラウンジで、餞別に持ってきたいちごミルクを投げ渡し、冷たい視線を躱す。
千秋はしばらく続くだろう旅路に備えたトラックケースを軽く蹴った。
「見送りだよ。当分向こう行くんだろ? 別れの挨拶くらいしときたくて」
「目が全然笑ってない」
「……恩売りと、説教かな。言っておきたいことを、言い忘れてて」
人の気持ちを言葉だけで変えられるとは思わない。
説教なんてする気はない。俺はただ、彼女が何を思っているのか、知りたかった。
「泪への反骨精神だか知らねぇけどさ。泪の出来なかったことをやる? 結局、お前がやりたいことはなんなんだよ。お前は、今泉千秋はどこに行くんだ?」
それが間違っているとも思わない。泪を否定し続ける対角線に自分を見出せるなら、それも一つの生き方だろう。どんな選択をしようとも、どうせ俺たちは、これからを生きる。
「だから深見くんは馬鹿なんだよ」
「あぁ?」
そう言って千秋は深くため息を吐き、静かに、思っていることを話してくれた。
「……あたしはね、これまで泪の後ろをくっついて歩いて、離れられなかった。ずっと昔の子供の頃から、ずっと一緒で、同じことをして。それがあたしで、今も変わらない」
「…………」
「あたしが否定したいのは泪じゃないの。親友を忘れられないで、今も離れられずにいる自分なの」
だから彼女は、どこかに落っことした今泉千秋を取り戻すために、今度は泪より前を歩く。
捨ててしまった自分を拾い上げるように。
「これまでは背中しか見てなかったけどさ。前に飛び出したら、きっと、景色が広がって見えると思うんだ。鮮やかな風景と、会話する人たちと、寄り道しがいのある世界とか」
「……自分探しってやつ?」
「うぅん。多分、ただの負けず嫌い。それと、絶対に深見くんと顔合わせずに済むからね」
「……そうか」
平行線の道のりは、決して交わらない。けれど曲面上に線を引くならば、点で接することだって起こりうる。俺は知っていた。起こりうることは、きっと起こると。
「……で、恩売りって?」
「あぁ、これ恩だからな。俺はお前を見送った。いつか恩を返してくれ」
「…………なにが?」
「お前にも、俺のレースを見送って欲しい。だから」
「……約束破る人は、嫌いだからね」
――――日が流れて、月が昇って、年を取った。
巡りめく日常に、変わりゆく毎日に翻弄されながら、俺は日々を過ごす。
想いを、もう二度と落とさないよう大切に抱えて。
それから一年間、向こう側の東京で、俺は泳ぎ続けた。走り続けた。




