53話「しょうがないじゃん」
出航の朝、昇る朝日に散歩に出て、島をぐるりと一周して見て回ることにした。
その途中、神社に寄った。何度目かの無病息災に金を放り投げて手を合わせたところで、俺の代わりに隣でお願いをする厚かましい声がした。
「お願いします。どうか、どうかお小遣いを恵んでくださいな」
横を見ると、来月から中学生とは思えない女の子が、楓がいた。
「他人の金使って金を要求するとは、ふてぇ野郎だな」
「しょうがないじゃん。一文無しなんだから」
「著作権料で随分と稼いだろ」
「お父さんに没収されたの」
「まだ三月だぞ、お年玉はどうした」
「今年はなし。月々のお小遣いも」
「なんで」
「泥棒したから」
――――随分と前のことだ。楓が俺にノートを渡して、しばらくだった。
その日の部活動を終え、帰りに校舎裏に呼び出され、キスでもされるのかなとブラブラ待っていたら、出し抜けに彼女が頭を深く下げて言った。
『ごめんなさい!』
謝罪の中身はつまり兄の件で、俺の頬を打ったことに対しての償いだった。
彼女は迷惑をかけた人たち一人ひとりに謝り回っているようで、涼太含む水泳部員に、俺と千秋、そしてこれから学校の先生方に罪を告白しようと考えているらしかった。
『なら俺も行くよ。ほら、共犯だしな』
『違うから、いいよ。一人で行く』
『……今さらだ。黙ってりゃバレないぞ?』
だから彼女は謝りに行った。罪が明かされなくなる前に、少しでも清算するために。
もう補助輪はいらなかった。後ろから押してやらなくても、彼女は一人、前に進む。
前へ前へと進むために、高く跳ぶために、一度屈む必要があることを、彼女は知っていた。
「今日出発だっけ……ねぇ!」
楓はぴょこんと飛び跳ねて、元気に呼びかける。
「なんだ?」
「おまじない教えてあげよっか? 心が落ち着く、とっておきのおまじない!」
「なんだそりゃ」
「千秋から教えてもらったの。多分、伝えてって意味だと思うから」
その日、俺は東京へと出立した。答志島からは見えやしない、水平線の向こう側に。
港から船に乗り、揺られている間、俺はふと先日のことを思い出した。
彼女と話した、彼女と交わした、新しい約束のことを。




