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負け犬のくせになまいきだ  作者: 石山 雄規
終章 落としものはわたしですか? To keep in the same place.
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51話「充電期間なんだよ」

 人によって時間の進む早さは変わるらしい。俺の場合は早かった。


 あっという間に時計の針は対角線上に位置するし、猛烈な勢いで昼と夜が入れ替わる。一日を数える暇もないくらい、カレンダーを捲った枚数だけ羽織る上着が重なっていった。


 秋から晩に、紅葉は分かるくらいに色を変えて枯れ落ちる。雪の降らない初冬がいつ訪れたのか俺には判断がつかない。移り変わる季節に、明瞭な区切りなんてありはしない。


 それでもその日、朝起きて窓の外に舞い散る雪を見て、今日は冬なんだと思った。


 まぁ、後で知ったんだが、雪が降ったクリスマス専用の言葉があるんだと。


「げ」


「なにさ。げ、って」


 一日のリハビリを終えてランニングがてらの帰り道、泪に花でも持っていこうかと墓参りに寄ったところ、全く同じ花を携えた千秋と鉢会った。


「来るなら言ってくれよ」


「なんで深見くんの都合であたしの予定変えないといけないのよ」


「それは………そうだな!」


「分かったら水汲んできてよ。ほら」


 と促されるままに精一杯ポンプを押して水を汲み戻ると、彼女は先に線香を供えていた。


「リハビリは?」


 そのまま会話を交わしながら、互いに水を掛けて洗ったり、持ってきた花を飾ったりする。


「順調。翻訳助かってるよ」


「原本は? 返そうか?」


「俺にはあんな下手くそな字、読めないし」


 最後に手桶の底に残った水で足元を軽くなぞって、そう言えば聞きたかったことを聞く。


「……そういやお前、今なにやってんの?」


 十二月に聞く問題でもないが、結局千秋がこれからどうするか、俺は知らない。


 あれから話していなかったから、その後どうしていたかも知らん。東京の大学を目指して受験勉強に励んでいるのか。はたまた地元の大学を受けてこの島に残るのか。


 だがまぁ、モラトリアムが欲しいとか吐かしていた女子高生だ。まさか働くのか?


 そんな俺の疑問に、千秋はサラッと流すように、端に、淡と告げる。


「バイト」


「バイト? 大学受験は?」


「旅に出るの。島出て国を出て、一年かけて海外まで見て回るつもり」


「…………は?」


「泪に出来なかったことをやろうと思うの。あたしは、あたしだから」


 …………なんだそりゃ。


「だから旅費稼ぎにバイトと英会話の勉強中。お父さんは大反対で、お母さんは泣きました」


「そりゃ……そうだろうな。いい感じに親不孝者だ」


 けれど会話として、このあたりで気付く。泪、泪。泪だ。


 俺の言葉に、千秋が独り言のように、小さく口ずさむ。


「深見くんはどうして……すぐ東京に戻らなかったの?」


 あの日。泪を想い泣いた日。約束を守る決意を固めた、あの日。


「休学取ってたからな。急いで戻っても、ってのもある。コーチ業も三月までは続けるって先生方に話してのもあるかな。慌てる必要がなかったって言うか……なんかな」


「休学してても、リハビリに設備使わせてもらうくらい出来るでしょ。優秀なトレーナーもいるんだし。戻らない理由、ないよ」


 彼女の表情が矛盾したものから、徐々に真剣な色合いを帯びていく。


「もしね。まだ泪に執着してたり――自分以外の何かのために、自分を後回しにしてるんだったら……」


 俺は海で、レーンを外れたところに大切なものが落っこちている。


 でも、大切なものはもう、手の中にある。


「…………充電期間なんだよ」


「充電?」


 彼女の言い分は別に、遠回りは止せと忠告する性質のものじゃない。


 むしろ逆で、けれど自分のための行動を取る責務が、俺たちにはあった。


 神様は、泪はいなくなって、俺たちは永遠に生きようとしているんだから。


「不安なんだ。また帰ってくる理由がないと、どこまで飛び出していいのか分からなくなって、帰れなくなるんじゃないかって」


 もうこの島に、帰ってくる理由にそれほど大きなものは残っていない。


 どこに進むべきか、それがどうしてか――それら全てに納得がいった今。


 俺にとって、この狭く海に囲まれた答志島は、帰りを求める場所じゃなくなった。


 だからなんだ。新しい意味を、関係性を、一つずつ繋ぎ合わせる時間が、必要だった。


「……そっか、そっか」


「にしても寒いな。ジャケット一枚じゃ雪にゃ足りなかったか」


「ちょっと、腰冷やさないでよ。泪に言われてたでしょ」


「これくらい大丈夫だよ」


「ダメ! もう……ほら、これ巻いて」


 そう言って、彼女は首元に巻いていた真っ赤なマフラーをするりと解く。


 そして強引に俺の腰元にグルグルと巻きつけて、真っ赤なベルトみたいになった。


「これでよし! にっしっし」


 彼女の楽しそうな笑顔に、俺もつられて笑う。


 そしてそんな笑顔にふと、泪の笑顔を思い出す。


 ……いや、もう、やめよう。


 自己満足のために、彼女を思い出すのは。彼女の死に意味を見出すのも。


 充分に足りていないんだから。

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