50話「好きな人の好きな人は」
「特別になりたかったんだ。皆と同じように……」
僕の話を聞き終えた彼女は、今泉千秋は、よく分からないと言わんばかりに首を傾げる。
まだ小学一年生、当たり前かもしれない。小学三年生の僕の、とても高尚な悩みが理解できなくても、それは仕方ないことだった。彼女は手に持ったラムネを一口飲む。
「泣かないで? ラムネ飲も? おいしいよ?」
彼女があんまりしつこく勧めるもんだから、たくさん泳いで喉も乾いていたし、飲む。
……そういえば、話があるんだっけ。だからラムネを持って僕を待っていたんだった。
「あの、それで、話って?」
「うん。あの、あのね。教えてほしいことがあるの」
「僕が知ってることなら、教えてあげられるよ」
「じゃあね、お願いなの。あなたをどうやったら好きになれるか、教えてほしいの」
……どういう意味だろう? 告白……じゃないか。好きになりかた?
「ごめん。よく分からないや」
「知らない?」
実際、よく知らなかった。自分を好きになる方法なんて。いつか分かる気もしない。
「よかったら、どうして知りたいのか、僕に教えてくれないかな?」
「いいよ。すごいの。すごい思いつきなの」
そうはしゃいで、彼女は興奮を隠し切れないまま嬉しそうに語る。
「――泪ちゃんになりたいの。だから、泪ちゃんの好きな人をね、好きになるんだ」
論理はこうだった。
彼女は泪が好きで、憧れていて。子供がプリキュアになりたがるように、子供な彼女は、大好きな幼馴染である夏目泪になりたがった。
泪がすることを真似て、後ろをくっついて歩き、そして同じ物を欲しくなる。
その一番が僕で、けれど僕を好きじゃない彼女は、ほんの少しだけ困ってしまった。
だから僕に、好きな人の好きな人を、好きになる方法を聞くことにしたらしい。
「泪は僕のことなんて好きじゃないよ。だから君も、僕を好きにならなくていい」
「そうなの?」
「……それに、そもそも。君は泪にはなれないよ」
僕は言う。ひぐらしの鳴く声が耳に響いて、砂を踏んで堤防を上る階段へと歩く。
彼女は泣きそうな顔で僕の後ろをトコトコ歩いて、シャツの裾をグイっと引っ張った。
「……なんで? なんでなれないの?」
問いかけとも言えないお願いに、僕は足を止めて向き直り、言いたいことだけを言う。
「君は泪じゃないんだ。僕が皆じゃないみたいに。君は君で……今泉千秋だから」
「分かんないよ。よく分かんない」
「……好きな人の好きな人は、嫌いになるんだよ。見合わない奴だと、とびきりね」
「分かんないよ!」
彼女は蝉を散らすくらい大きな声で叫んで、手に持ったラムネ瓶を落っことす。夕凪に風の吹かない波が音を飲む。耳を塞ぎたくなるくらい高い声で、彼女は泣いていた。
「あたしが嫌いだから教えてくれないの? 嫌いだからダメなの?」
「……君のことは嫌いじゃない。けど、ダメだ」
「じゃあ、なんで」
「僕は、僕にも好きな人がいるから」
「――泪ちゃん?」
「――――うん。だから」
だからよく憶えていたんだ。甲高い泣き声を。お互いの始まりを報せるピストルの音を。
海一杯に響く音だったのを今でも、嫌でも忘れない。




