44話 責任
通夜、告別式、火葬――九月中旬の天気は晴れ渡っていて、物事は淡々と進行する。全ては順調だと言いたげに波風は吹かず、一日と二日が流れていった。印を付ける暇もなく、斑なうろこ雲が、控えめに秋空を隠し光を漏らす。知らない間に月が昇っていて、夜空を落っことしたみたいに――海の色は黒々と蒼褪めていた。この季節の夜は、少し冷える。
弔事の折、おじさんが泣いていた。自分のせいだと、一緒に行っていれば、こんなことにはならなかったのにと。少ない親戚は、妻と娘を亡くした彼に、掛ける言葉も持たなかった。
おじさんのせいじゃないよと、そう言った。どうしようもなかったんだと。誰のせいでもなくて、だから泣かないでよと、思いもしない言葉を俺は掛けた。
思っていなかった。俺はずっと、なんで、誰のせいなんだと問い続けていた。
彼女をレールの外側に弾き飛ばした運転手を思う。彼は轢いて逃げた。家庭を持っていたらしい。都内を出て山間に車を止めて、それ以降の足取りは不明だと警官は話していた。きっと上手く逃げ遂せただろう。クソったれのダメ野郎なんだから。
俺が行けば――いや、行けはしなかったんだ。俺にはどうしようもなかったと。
なら千秋は――そう思い、止める。
酷く、酷いことを考えてしまいそうで、つい思考を止める。
多分だけど、この世界は狂ってる。愛すべき人が意味もなく死んで、どうしようもない屑ばかり救われる。天国も異世界もなにもない。紛れもなく、ここが底だ。
決して埋まらない底なしの絶望が。見覚えのない罪に放り込まれたこの檻が。どこまで、ここまで広がっている。
けれど俺には、納得が出来なかった。どうしようもないなんて、世界は無関心に出来ているなんて単純に纏められた一言でつばを飲み込めるほど、賢くない。
だから結局、この振り上げた拳の下ろしどころを見つけられずにいる。
誰のせいにも出来ず、世界のせいにも出来ず――本当の意味で、何一つ責任の在り処を決められないまま、消化不良の葛藤だけが、胸の内に染みを残す。
泪にはたくさん友達がいたらしい。身内だけで慎ましく葬儀を終える予定だったのに、何人もの友人が家に来て泣いていた。みんな、泣いてばかりいた。
千秋は九度泣いたらしい。訃報を知らされ、遺体をひと目見、部屋に一人閉じこもり、通夜に出て、仮眠を取り、葬儀を終え、骨を納め、帰り道と、その月夜に。
ただ、中には友達に連れられて来ただけの、別に泣いちゃいない奴もいた。彼は外で煙草を吸っていて、俺もちょうど夜風に当たりたくて外に出ていたから、二つ三つ会話を交わす。
「唐突ですね、人が亡くなるときって」
大学生は俺に煙草を差し出したが、手を軽く横に振って断る。紫煙が立ち上る。
「僕、なんだか、嘘っぽく見えちゃうんですよ。全部。もう会わないってことにも。精々クラスが一緒ってくらいでわんさか泣いてる奴らにも。悲しいときに泣くことが誰にとっても当てはまるわけじゃないって言うか……いえ、親とか長年の友人なら分かるんですけど」
「捻くれてますね」
「あなたは、あなたも?」
「…………疲れてるだけだよ」
「……知ってたら、告白したんだけどなぁ」
湧き上がる感情に任せて叫び返したくなった。でも言葉にはならず、静寂が跳ね返る。
少なくとも、俺は泣いちゃいなかったから。
神様は間違える。馬鹿だから。昔とは違うから。
今は、昨日とは違うから。
その日までも、その日からも、結局、俺には一つしか分からなかった。
頼れるものがたった一つしかなくて、けれど、それで充分に思えた。
俺だけの唯一の真実。誰のものでもない永遠。深海から注ぐ一筋の光。
約束を。
俺は、泳ぐことにした。約束を守ろうと思ったから。




