41話 偶然
「おめでとうございます! 一等、一等、一等賞です!」
その日商店街では、お買い上げレシート千円につき一回の抽選キャンペーンを催していた。夏休みが終わり旅行客の減るこの時期での苦肉の策。扇風機に一万円相当の商品券。そして一等といえば、なんと豪勢にも東京ディズニーランド二泊三日。
もちろん、当てたのは俺じゃない。
「柊吾聞いた!? ちゃんと見た? ほら赤色の玉。一等だって! 東京旅行!」
「ちゃんと入れてあるもんだな」
「なーにニヒル気取ってんの。こういうときは素直に喜ぶものでしょうが」
「なに、俺も行けるの?」
「お兄さん、これって一人だけ?」
「えーと、二人用だね」
「よっしゃあ! 泪、やったなぁ!」
けれど彼女は当然の権利のように俺のハイタッチには応じず、テクテク帰路につく。
この女……俺のことが好きではなかったのか?
「泪、いぇーい。いぇーい」
「お父さん誘わないと」
「……いぇーい」
両手に携えた買い物袋をえいさこいやと夏目家まで運ぶ。泪は上機嫌に軽々とステップを踏んでいた。まぁ、彼女が楽しいならそれでいい。
玄関の開いた古物商まで辿り着くや否や、泪は真っ先におじさんのところまで駆け寄って、先ほど獲得した旅行券をバンバンと見せびらかし、嬉しそうに話す。
「これなんだと思う? 凄いの、一等賞! 東京旅行二泊三日だって、ね?」
会計台越しに身を乗り出して机を叩く彼女に対し、おじさんはどういうわけか、あまり元気がなさそうに返事をする。
「おぉよかったなぁ。柊吾と行くのか?」
「お父さんと行くの!……どうしたの、風邪?」
「夏風邪だなぁ。最近気温も低くなってきたもんで」
「クーラーガンガンに付けてお腹出して寝てたからでしょ。もう」
「親孝行な娘なもんだ。それで、いつなんだ?」
「いつって……」
泪はチケットをくるりと回して裏面の注意事項をじっくりと読み始める。
そしてしばらく、「信じらんない!」と叫び、「普通こういうのって日程自由に決められるよね?」と俺に強制収容所並みの同意を求めてくる。
「期限来週までなんだけど。どうなってんのこの商店街!」
金のない商店街なだけはある。泪はやっぱり机をバンバン叩いていた。
おじさんは少し遠い目をして「来週かぁ……」と笑い混じりに苦い顔で呟く。
「大丈夫よ! 治る、すぐ治る、絶対よくなる! 諦めたらそこで試合終了、病は気から、ネバーギブアップ、ドントウォーリービーハッピー!…………ダメ?」
「病み上がりの老いぼれに遊園地は、ちょっと厳しいんじゃない?」
おじさんの方を見ると、ゴホゴホと咳をしてしょんぼりとうなだれている。
ところが、おじさんもちらりと俺を見て、ほんの少しの間、目が合う。
――――泪を外の世界に連れて行ってくれないか……
そう言えば、そんなことを言われたような覚えがなくもない。
お前と一緒なら安心だとも言っていた気がする。とてもよく記憶しているぜ。
そうだそうだ。
「あぁ、誰か代わりに行ってくれる、信頼できる若者はいないものか……」
ざまぁみやがれ、親公認だぜ! 貰っていくなぁ、このチケット!
「じゃあわたし行かないよ。隣のおばさんにあげてくる」
流れを、空気を読んでくれ! どいつもこいつも!
「……泪」
「だって、お父さんと行くつもりだったんだもん。嫌なら風邪、早く治してね?」
「泪、それはよくないよ」
それからおじさんは、なんとなく難しいような優しいような顔つきで説教する。
「君は自分を大切にしなくちゃ。他人を考えるのは優しいことだけど、それはまず、自分を尊重しないと、できないことだ」
おじさんは年寄りらしく、いい感じのことを言っていた。
「柊吾のこともそうだ。彼を待つばっかりに、君自身がおざなりになってちゃいけない。それは彼のためにもならない」
「でも……」
「行ってきなさい。なに、きっと楽しいさ」
「……分かった。好きにするね」
ただのパチンコ狂いではなかったらしい。なんて素晴らしい言葉なんだ。胸に響く。
「……で、俺とは行かないんだろ?」
「うん。千秋誘ってくる。迷惑かもしれないけど、好きにしたいから」
知ってた。
「それに、柊吾にはやらないといけないことがあるからね」
「帰ったら付き合えよ?」
「やぶさかでもない……あぁ、東京かぁ。ねぇ、どんなところ?」
彼女は椅子に座って足をパタパタさせながら、そんな風に俺に聞いてきた。
「二泊三日じゃ回り切れないだろうな」
「帰りたくなくなっちゃったらごめんね。でも待ち遠しくなってもちゃんと待ってるのよ、いい? 一にリハビリ二にリハビリ。食事は三食きちんと取る、夜は早く寝る、継続が第一だからね。悩んでも深く考えない、馬鹿に答えなんて出ないんだから。あと他の女に現抜かしてもいいけど、最後には必ずわたしのところに戻ってくること。分かった?」
「約束が多いんだよ!」
しかもほとんど旅行と関係ねぇじゃねえか。三日間のリハビリメニューとか伝えろよ。
「じゃあ、最後だけでいいよ。今度は忘れないでね」
そう言って、強引に腕を掴まれ、小指で指切りげんまんさせられる。
「………………」
「……にっしっし。さてさて、千秋連れ出さないと」
彼女は席を立ち、タタタと玄関まで駆けて、こちらを振り返る。
そして笑って言った。
「待っててね」




