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負け犬のくせになまいきだ  作者: 石山 雄規
本章 禊 Otherworld
42/59

38話 権利

 ひぐらしはめっきり姿を消し、暑気の糸は伸び切って緩やかに収まり、盆を越えたアカクラゲが大きくなる。要するに、今年の夏はあまりに早く過ぎていった。


「だから! ここで告白すると三鈴ルートになっちゃうから、聴こえないフリするの」


 楓ちゃんの鈍感な指摘に、涼太くんは鋭く異なった視点を提言する。


「は? オレは三鈴がいいんだけど」


「双葉のデレをご存じない?」


「知らねぇからプレイしてるんだろうが」


 ………………こいつら。


「おい、お前ら」


「なに?」


「今日が何日か知ってるか?」


「そりゃ当然、8月31日」


「……分かってんならいいんだよ」


 夏休みを謳歌する小学生に課せられた難題と言えば、言うまでもなく今日この日だろう。


 概ねの水泳部員は存外聡く、ペース配分を考えて自由研究や読書感想文を処理して今日を優雅に迎えるが、例外的な馬鹿が二人ほどいたので、渋々見てやることに相成った。


 ただ、馬鹿なので、宿題をやっているのはなぜか俺だけだった。


「宿題なんてやんなくても、水泳で満点取ってるんだから大丈夫っしょ」


「だったら泣きついてくるなよ」


「私はちゃんとやるよ? ちょっとだけ、ちょっぴり休憩してただけだもん」


 喫茶店入った瞬間スイッチ取り出した奴がよく吐かしやがる。


「――今年の夏は、色々と大変だったからね」


 ――楓と、入江純一のその後について、ほんの少しだけ語らなければいけないだろうか。


 と言っても、入江純一について話すことは何もない。彼はもういないのだから。彼女の両親に俺の知っている彼の最期を話して、一発殴られて、涙を流す彼らに頭を下げて帰った。


 入江家を出ると、席を外していた楓がちょこんと待っていた。赤く腫れた俺の右頬を見て、彼女は「ごめんね」と言って、「でも、誰のせいなのかな」と呟いた。


「私は、誰のせいにしたらいいと思う?」


「……誰でもいいさ。誰でも」


「……分かった」


 そう言って、彼女は俺の左頬を思いっきり叩き――それで語ることは終わり。


 その痛みが間違っているのか、俺に決める権利――そんな言葉に当てはまる概念は多分、この世界には存在しないんだろうと思う。ただ無関心に海は広がっている。


 けれど、彼や世界の責任にするよりかはずっと、俺の胸はすいた。


 少なくとも、俺はそうやってこれまで生きてきた。


 その方が、この世界が間違っているのに気付くより、彼を捨てていけるんだから。


「ところで、宿題は退屈だと思いませんか?」


 などと、楓はやってもいない割に供述する。


「そんなあなたに刺激を。『前世で最強だった俺氏、最弱スキルで異世界転生するも、イケメン過ぎて再び最強に』」


「また始まったぁ。今日は第八話?」


「ラブドルガルド王国をイケメン過ぎるからって追放されちゃって、追手の暗殺者である姫騎士エミルンに一目惚れされて、ギルド仲間の美少女魔法駆動アンドロイド『弐☆式』に殺されかけたところまで話したよね? 今日は回想でエミルンとジュンイチの前世で起きた悲しい恋物語だよ」


「コーチ……助けてくれよ……」


「女の話は黙って聞いてろ」


 それから知りもしない異世界について長々延々と語る。


 彼女が語るに、異世界は雲の上にあるらしい。空高くにあって、神様が気に入った人を手元に置いておくために、自分の住んでる高さまで引き上げるそうだ。とても高いところにあって、お星さまよりずっと高いところにあって、だからとても明るいところだと。


 楓は笑いながら話していた。


 彼女が今、何を思い、どう感じて口を開いているのか、俺には知る由もない。


 ただ、アイスコーヒーの氷が溶け切るまで、話は続き、宿題は終わらなかった。

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