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負け犬のくせになまいきだ  作者: 石山 雄規
三章 シーラカンスにうってつけの日 Your turn.
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24話「自分を見つめ直す猶予をください」

 当然ながら、そんな場所は実家以外にありえなかった。俺のじゃない、今泉宅だ。


「お、嫌な奴が来たぞ!」


「お邪魔しまーす! タダ飯食らいに来ました!」


「おう邪魔だぁ。朝飯くらい自分家で食え穀潰しー」


「お父さんは仕事でしょ、さっさと行ったら?」


「あらあら」


 そういうわけで今泉父は足早と仕事へ、母は洗濯に、娘は朝食の支度にかかる。俺は自分が何故ここにいるのか強烈に疑問を感じながら、ぼんやり初めての天井を眺める。


 同じ島内の、幼馴染の親友の家だが、入ったことはなかった。性別も違えば同級生ってわけでもないから、ある意味当然と言えば当然だが、よく考えてみると、そもそも今泉と直接話したことすらろくすっぽなかった。


 涙ぼくろだって覚えてた。顔はよく見てたはずなのに、どうしてだったか。


「………………」


 記憶力にはあまり自信がない。結局、俺が思い出せるのは、声の高さだけだった。


「お待たせ! めっちゃ豪華だよ! 栄養バランスも完璧……褒めて!」


「なんか俺、ヒモみたいだな」


「……いただきましょう! いただきます!」


 献立は日本の朝食らしく白飯に干物に漬け物、卵焼きと味噌汁に、牛乳だった。


「どう、美味しい?」


「懐かしい感じだな。昔を思い出すよ」


 今泉はもぐもぐ卵焼きを食べながら、もごもご何かを思い出そうと黙り込む。


「……思い返してみると、深見くんと話すようになったの、帰ってきてからだよね」


「友達の友達だからな。今のがむしろ謎だよ」


「まぁ、大事なのは今だよ、いま。後ろを振り返っても前には進めないからね」


 そう高らかに宣言して今泉は牛乳を一気に飲み干す。ぷはぁと風呂上がりみたいな声を出して、味噌汁に手をかけ顔を引きつらせ、焦ってご飯を口に放り込む。忙しい。


 食事を終え、じゃあ帰るかと伸びをしたところで、今泉がそうだと手を打つ。


「深見くん、今日暇? まぁ暇でしょ。それに毎日リハビリの連続で疲れてるはずです。きっと最近気分が乗らないのは、そういうことなんだよ、うん、間違いないね」


 暇ではあった。久しぶりにコーチ業も休みで、腰も痛む以上、やることはない。


「だからさ、気晴らしに遊ぼうよ。我が家でゆっくりアルバムでも見てさ」


 ただ、彼女といて気が休まるかどうかは、はなはだ疑問である。


 って言うか、アルバム? 家でって、今泉の部屋で遊ぶのか?


 やれやれだぜ。そんなことで俺の休暇プランが揺らぐとでも思ってるのか?


「遊ぶ! めっちゃ遊ぶぅ!」


 揺らぐに決まってるだろうが! 女の部屋なんて泪の以外見たこともねえ!


 と、ごく自然に、女子高生の部屋に侵入することに成功した。なにかの参考にしてくれ。


 だが。


「…………期待しすぎたか」


「えっ、なにが?」


 築推定30年の木造建築に多くを望んではいけない。壁の塗装も天井の木目も、うちと大差ない。デカい家ではあるんだが。家具も別に洒落た北欧風の奴とかじゃなくて、普通に木造りのタンスだし、精々カーテンが透明感のあるイチョウ柄だってことくらいだった。


 ただ、一つだけ、今泉には言えないことがあった。


「いや、泪の部屋とあんまり変わりないなって」


 入った瞬間、いい匂いがした。使ってるシャンプーとか柔軟剤のおかげなのか、甘くてふんわりしたストロベリー、俺が求め続けていた秘宝が散らばっていた。


 悪いな、自分でも気持ち悪くて感想を言えねぇんだ。


「こほん。女の子とデート中に、他の女の話しないでくれる? 失礼しちゃうわ」


「で、アルバムは?」


「ええと……」


 どこやったかなと本棚やらベッドの下を漁る彼女を待つ間、俺は適当に話を繋げる。


 他愛もない会話だ。たとえば、進路とか、将来の展望とか、そういう感じの。


「そういや、お前大学行くの?」


 俺が聞くと、今泉は振り返りもせず、引き出しの奥に体を突っ込んだまま返事をする。


「どーだろ。あんまり考えたことないなぁ。多分行くとは思うけど」


「おいおい三年だろ。とっくに動き始めてる時期なんじゃねえの」


 俺も進路の問題はあんまり知らねぇけど。推薦で入っただけだし。


「ふーむ……まだまだモラトリアムが欲しいかな。やりたいことを見つける時間が欲しい。自分を見つめ直す猶予をください。だから、勉強も楽そうで、遊べそうなところがいいね」


「適当だなぁ……」


「強いて言えば異世界かなぁ……異世界行けば、こういうこと考えずに済みそうだし」


「そんなにいいところかねぇ、異世界ってのは」


 今となっては俺にはどうも、それが思考停止の逃げ道にしか思えなくなっていた。行き止まりにぶち当たって天に祈る、願いに似たものみたいに思えてくる。


「あたしは異世界転生したら、スローライフを送りたいな。ゆっくりのんびり、今日みたいな日が毎日続いて、だらだらするの。浜辺で釣りして、好きな本読んで、美味しいご飯食べて、ぐっすり眠るの。朝忙しく起きなくても怒られなくて……いいところだよぉ」


「……悪くないな」


 異世界が一つなんて保証は、それこそ異世界があるかと同じくらい不確かで曖昧なものだ。成功の形が人それぞれなら、その数だけ異世界があると考えるのも、字面の上じゃ何も間違っちゃいない。


 そう考えれば、別に入江純一が退屈凌ぎに行くってのも不思議じゃないのかもしれない。退屈せず刺激的で、最終的には成功を収める。それもこっちの世界じゃ味わえない感動だ。


「……あ、あった!」


 結局、今泉は埃塗れになりながらダンボール奥底に眠るアルバムの救出に成功する。


 そこには小学生くらいの頃の今泉や、一緒に遊ぶ泪の姿が映っていた。


「ねぇ、子供の頃のあたし、可愛くない? ちんまりちょこんとしてる感じとか」


「垂れ目なとこは今と変わらないな。可愛いと思うよ、可愛い」


「……ふふーん! もっと見ていいよ、可愛いあたしの歴史を! お茶淹れてくるから!」


「マジで可愛いな。金鍔もよろしく」


「ふふーん!」


 上機嫌な馬鹿が階段を降りていき、俺は一人アルバムをペラペラとめくっていく。


 そして、あるページで指が止まる。


「………………」


 その写真には、俺が映っていた。


 ちょうど、鬼ごっこをしているところらしい。泪が鬼になって、みんなを追いかけていた。


 鬼ごっこは浜辺で行われていたそうだ。水着で海に飛び込んでいる。


 思い出せそうな思い出があった。思い出すような思い出は多分、大したことないんだろうけれど。本当に大切な思い出は思い出さない。忘れないから。


 事の顛末まではよく思い出せない。きっと、大したことではないんだろう。

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