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負け犬のくせになまいきだ  作者: 石山 雄規
三章 シーラカンスにうってつけの日 Your turn.
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22話「ここにいると思うんだ」

 いい匂いがした。柔らかくて甘い、ショートケーキみたいな匂い。


「飲みすぎだよ……大丈夫?」


「飲みすぎ?……そんなに飲んだかな、俺」


「顔真っ赤だよ。泪に怒られちゃう」


 記憶の中で、俺はいつも目が回っていた。突っ込んだトラックに土砂降りの雨。ターンが上手くいかずに表彰台を見上げた。鬼ごっこ、俺は鬼だった。みんなを追って走っていた。


 ――――待ってるからね。約束だよ?


「出てってくれ」


「――うん」


 明かりのない部屋で、彼女の表情はよく見えなかった。


「なぁ、今泉」


「うん」


「俺さ、もう、ここにいると思うんだ」


「ここがどこか、ちゃんと分かる?」


「……海の底。暗いし体が重たいし、息苦しい」


「もう寝ようね。明日はゆっくり起こすから」


 俺はふと、深海でゆっくりと佇む、シーラカンスのことを思った。


 ルイス・キャロルだった気がする。赤の女王仮説とか、そんな話だった。


 それは別に、単なる進化論に関する説明の一つでしかない。


 だとしたら。シーラカンスを思う。彼はどこに進んでいたんだろう。これからどこへ進むんだろう。何も変わることのない、永遠の底で眠っているだけの彼は。


「ずっと、ここから出られない気がするんだ。暗くて重くて息苦しくて……それがいつまでも続いて……ここにいると思うんだ。明日も明後日も、十年後もこうして」


「………………」


「置いてかないでくれ、千秋。ここにいると、息苦しくて……吐き気がする」


 連れてってくれないか、シーラカンス。俺も、そこに行きたいんだ。


 なぁ、なぁ。応えてくれよ。


「……ねぇ」


「……なに」


「ここが、嫌?」


「あぁ」


「どこか遠くに行きたいって、そう思う?」


「お前と、同じだよ」


「……うん、おんなじだね」


「…………飲んだのか?」


「あのね」


 シーラカンスは、静かに笑って、俺への応えを囁く。


「あたしを連れてってよ……ここじゃないところに」

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