21話「俺は知ってるんだけど」
雨が降っていた。締まりの悪いさらさらとした雨粒が降りていて、乾いたコンクリートを色濃く染め上げる。北からの風は雲と一緒に、徐々に西へと流れていった。
結局、彼女が泣き止むまで待った後、勝ったにも関わらず、俺の腰の爆発と風の強まりに、三人とも帰ることになった。タカられてラムネまで奢らされる始末である。
途中で涼太と別れ、楓と二人帰路を歩く。元々濡れていたから雨は平気だった。
実際のところ、俺は勝ったんだろうか。勝ったとしたら誰に、何に勝ったのだろう。
問い自体を間違えたレースに、明瞭な答えなど、見つかりはしない。
「………………」
「………………」
泣いてからずっと黙りっぱなしだ。こういうとき、大人としてはどうすべきなんだろう。
万が一俺がロリコンだとしたら、きっと手を繋ぐだろう。そっと優しく恋人繋ぎだ。
しかし残念ながら、俺はどちらかと言うと同年代の女性が好みの一般人である。明るく元気でよく笑い、よく食べ、よく遊びよく寝る、子供のような感性の女性がタイプなのだ。
そこで俺は適当な、分かったつもりの迷探偵の推理を披露する。
「そう言えば、君は知ってるか? 俺は知ってるんだけど」
「………………」
「異世界ってところがあるんだ。行くと成功が約束される、とてもいいところなんだ。こっちじゃ負け犬でも、向こうの世界じゃ勝ち馬に乗れる。魔法みたいな世界らしい」
「……知ってる」
いいや、君は知らないんだ。知ってるはずがないんだ。
だってその世界は、行ったら帰ってこれない、一方通行の下り坂なんだから。
「俺は思うんだ。成功だけが約束されてるなんて、そんなのは多分――退屈だって」
思うに。彼女は多分、兄に嫉妬している。世界一優秀な兄に。そして優秀だと期待された。
注目されて、それが多分、嫌だった。そんな理由を作った水泳と兄を、嫌いになった。
ならどうして水泥棒なんて罪を犯したのか、魔法なんて異世界を騙ったか。
だから彼女の行動は矛盾だらけなんだ。嫉妬と八つ当たりと、嫌いな兄を振り向かせたい一心で、罪悪感に駆られ白いワンピースまで着て、朝早くに起きて贖罪に訪れている。
「こっちの世界で、退屈なんてあるわけないんだ。それも追われる側ならなおのこと」
だとすれば問題は、兄の方にあった。楓は入江純一を何から振り向かせたかったのか。
その答えを、俺はなんとなく、分かった気になれていた。
「……あの人、行くのか?」
答え合わせはついさっき――彼女の涙だった。
「……これで異世界から来た、謎の魔法少女はいなくなっちゃうね」
「……そうだな」
否定のしようはいくらでもあったが、俺は止めておいた。
実際のところその仮面は、彼女にとっての願いだったのだろうから。
理想とは違った、そうであって欲しいという、もしもを込めたものに思えたから。
彼女は「約束だったね」と小さく呟き、「でもごめんね。上手く話せないと思う」
「兄ちゃん嘘ばっかりだから。私にも」
彼女は飲みかけのラムネ瓶を抱えて、海岸沿いの階段を降りていく。
「嘘吐きで、優しくなくて、全然ダメなの。兄ちゃん、怖がりだから」
そして手に持ったラムネ瓶を落っことす。
「本当に……」
気の抜けた炭酸が甘い匂いを漂わせて、しゅわしゅわと泡を飛ばし落ちていく。
ラムネ瓶は大きな音を立てて割れ、破片はキラキラと光り、透明なガラスが宙を舞う。
中に詰まったビー玉が、一つ、また一つと階段を跳ね転げ、不規則に揺れ落ちる。
そして濡れた石床を滑り、砂浜に出来た水たまりにポチャリと落ちこぼれた。
水たまりは、雨粒に波紋を浮かべ広がっていく。ざあざあと音を立てて。




