17話「一直線も回り道も」
帰りの電車内でかくかくしかじかを話し、答志島行きの船に乗り込む。黙々と聞いていた彼女は、段々と呆れたような苦々しそうな、終いには少し寂しそうに凛とした表情に変わっていた。船外に軽く身を乗り出し水面の泡を見つめて、馬鹿じゃないのと呟く。
「なんかちょっぴり変だなって思ったら、そっちかー」
「悪かったな、恋のキューピッドのつもりにさせて」
「でも、泪が好きなのは違わないんでしょ」
今泉が言う。
「なら、応援するよ。好きな人同士が離れ離れは、寂しいもんね」
「……嫌いだよ、あいつのことは」
「おんなじだよ。深見くんが頑張るのは泪のためだって、自分で言ってたじゃん」
んなこと言った記憶ねぇぞ。
彼女は言葉を続ける。膨れては弾けていく泡ではなく、千切れ飛ぶ雲を眺めて。
「暇潰し。あたしには夢もないし、やりたいこともない。好きな人も、文字通り、もういない。夏休みでやることもなくて、ないない尽くし。真逆だと思わない?」
「熱しやすく冷めやすいか」
「夢を追ってる人が好きなの。あたしと違って、やりたいことがある人。だから、今の深見くんも結構好き。あってあってありまくるって、そんな感じで」
彼女の追う先にはなにもない。成功も失敗も等価値の、自分と無関係の応援係。
けれど、その道は俺が走っている道となにが違う。
「えぇとね、つまり。リハビリ、あたしでよければ付き合うよ」
病院に行ってリハビリをするに金も時間もない。週に何度か、後は一人でこなす必要がある。協力者はいるに越したことはない。
「……助かるよ。ありがとう」
俺が感謝の言葉を告げると、彼女はにししとにんまりはにかむ。
空は澄んでいて、無花果の香りのする風が吹く。欠けない煌めきが散らばっていた。
「深見くんは一番を目指すんでしょ」
「あぁ」
「じゃあ目指してるのは……誰が一番速いの?」
彼女は腕を組んで堂々と挑戦に受けて立つと言わんばかりに、素直な物言いだ。
「入江、入江純一さん」
「……さんをつけてるうちは無理かなぁ」
彼女はアハハとまた笑い、うーんと伸びをして体を動かす。
「数字を追うよりは夢って感じだけど、入江さんが夢になるのも違うよね」
「どうなりゃいいんだよ」
「そうだなぁ……こう、自分との闘いとか、見えない何かを追い求めるみたいな?」
「ふわふわしてるな」
「深見くんが融通利かないだけだよ。もっと心にゆとりがないと。ほら」
今泉が空を旋回する二羽の海鳥に首を上げる。燕かもしれない。休みを求めて船の芹枠に飛んできたその鳥は、彼女がついと突こうとする素振りを見せると、そのまま空中で踵を返し、翼をたなびかせ澄んだ空へと消えていった。
「一直線も回り道も、どの道がどこに繋がってるかなんて、誰にも分からないんだから。色々と道草食っても、その途中にいい物が落ちてるかもしれないし。なんならそっちの方が目的地より大事な物なのかもしれない。レースの最短コースは一本道だけど。深見くんは……海だから」
「………………」
どこか恥ずかしい思いが込み上げてきた。
自分の思い上がりにも、今泉自身の決断に対しての侮蔑にも。そんなことに目を向けてこなかった、価値がないと切り捨てていた自分の視野の狭さに。面と向かえる気がしない。
彼女は、俺なんかよりずっと、広い世界を見て、落ち着いて物事を見ているのに。
そんな俺の汚れた心情を、グラスで掬い取って、光に照らして見透かすでもするみたく、今泉はそんな駝鳥の目をじっと見つめて、その奥の奥までに語りかける。
「区切りのないコースが広がってるよ。焦らないで、色んなやり方で頑張ろうね」
表情は、笑顔だった。満面の、濁った海でも濾過されて、砂粒の大きさまで分かるようになるような、太陽が降りてきたみたいな、暖かな微笑み。
「今泉」
面と向かって呼ぶと、彼女は少し恥ずかしくなったのか、照れ気味に視線をずらして、斜め下に目をやる。あははと笑い、後ろに手を組んで、それからもう一度、俺を見つめる。
「――はい!」
「……よろしくな」
「うん! よろしくね!」




