表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
負け犬のくせになまいきだ  作者: 石山 雄規
二章 負け犬のくせになまいきだ (Make up for) lost time.
18/59

16話「俺は、物覚えが悪い」

「………………千秋は?」


「……スマホ置いて行きやがったな」


 三十分ほど休憩を挟んだ後、ようやく冷静を取り戻した俺たちは、そういえば今泉が謎の失踪をしていることに気付いた。


 しばらく園内を探し歩いたが、それなりに広く、夏休みで人もいるため、目のつくところには見当たらない。


「一人で逃げ帰ったか?」


「財布がないから出られないでしょ。迷子センターで放送してもらう?」


「いや、あれ以上恥を上塗りするのはな」


「構わないって。毒皿よ、自分で言ってたじゃない」


 というわけで園内放送をかけてもらった。答志島からお越しの今泉千秋ちゃんを呼ぶ。


 しかしけれども、彼女は一向に待ち合わせの観覧車前にはやって来なかった。


「どうしたのかな」


「まさか徒歩で帰ってるんじゃ……」


 そう思いかけて、気付く。


 出られないんだ。俺と泪が二人で待っているから。俺たちが仲直りするまで。


 だがさっきまでに比べれば、少しではあるが距離は縮まりつつある。遊園地というテンションがそうさせてくれてるし、子供の頃のように気軽に話せもする。


 ……今しかないな。


「……観覧車、乗らないか?」


「観覧車ぁ? あんた、さっきの後で、よく高いところ、馬鹿ぁ?」


「ゆっくり回るし、上から見れば見つかるかもしれないだろ」


「…………分かった」


 彼女が先行して乗り込み、ドサリと奥側の席を占領した。俺は黙ってその目の前に座る。


 ゴンドラは地上を離れて浮上する。緑の生い茂った木々を悠々と追い越し、開けた景色は広がる水平線に並び立つ。回転する狭い個室は紛れもなく、二人きりの空間だった。


 真夏の日中に照らされた車内は冷房が効いてなお、少し暑い。


「千秋、無理してると思わない?」


 俺が切り出すより早く、彼女が話題を持ちかける。安全な車内だが、全面外が見える作りはやはり怖いようで、取手の部分をギュッと握っていた。


「でも、まだ一ヶ月も経ってないし。無理ないか」


「三浦比呂か」


「特に今日は空回ってる感じ。思い出の場所だったりするのかな」


 そりゃ、俺と泪の仲を取り持つという任務に就いてるからだが、言える由もない。


「そうか? 俺には違いがよく分からんけど」


「そっか。あんたは普段の千秋を知らないんだった」


「四年帰ってないからな。あいつも昔は……」


「だから、知らないでしょ」


「……いたぞ」


 話を逸らすように下を指差す。彼女は園内の裏側にあるベンチに座り込み、じっと観覧車を眺めているようだった。ゴンドラは時計回りにゴールデンタイムを示す頃合い。


「やっぱりさ、好きな人がいなくなるのって、すごく寂しいことなのかな」


「好きな奴が消えて嬉しがるやつはいねぇよ」


「変だよね。それとも、わたしとアンタを仲直りさせるために気を遣ってるから?」


 ……率先してゴンドラに乗り込んでくれるわけだ。


 あぁ、言わなくちゃいけないことがあるんだ。そこから始めないといけないんだ。


「…………覚えてることが一つあるよ」


 実直に、忘れていない記憶があった。細かな部分はさっぱりだが、確かに、俺にとって重要だったはずの、あまり遠すぎやしない、たぶん最後の思い出。


 そう、最後だ。それ以来、中学卒業を折に四年間、俺はこの島に帰って来なかった。


 それはとてもおかしな結果だ。上京して寮に入り、名門校で部活動に明け暮れたとしても、365日一切を練習には費やさない。帰省する。実際、うちの高校も盆と正月は休みだった。 


 けれど俺は盆も正月も帰らなかった。帰らず一人泳いでいた。随分な親不孝者である。


 それと、俺は殆ど利用しないが、現代にはスマホという便利グッズが存在する。遠く離れていても電話やラインで繋がれる優れものだ。泪との思い出は中学卒業が最後。 


 それだけは、はっきりと覚えていた。そのために泳ぎ続けていたようにも思える。


 そのことを思う度に、ただ胸が痛んだ。理解できない罪悪感が重たくのしかかった。


 俺は帰りたくなかった。大事な幼馴染で唯一の親友、夏目泪に会いたくなかった。


 そして俺は、島を出て上京する前日に、彼女にそのことを話していた。


 とても無遠慮に、二度と顔を見たくないと。清々する。あぁ、嫌いだと。


 そう言った。


「俺たち、喧嘩中だったな」


 彼女も、俺と同じ言葉を吐いたことも覚えてる。大っ嫌いだと大声で叫ばれた。


「……なんでそうなったか、覚えてる?」


 けれども。


 凄く、肌に感じた湿度まで覚えている、鮮明な記憶のはずなのに。どういうわけか、肝心の部分がすっぽりと抜け落ちていた。何を言って何を言われたかは思い出せるのに、なぜそうなったのか――ベタを忘れた背景みたく真っ白だった。過程がない。結論だけ。


 ――――どうして、思い出せないんだろう。


「……一番にならないと、いけなかったんだ」


 そんな気がした。多分俺は、誰より速く泳ぐために、彼女を切り捨てたんだろう。


 彼女は俺にとって、とても大切で、重たくて、だから、邪魔だったから。


「……ねぇ」


 気付けばゴンドラはとっくに最上階を通り過ぎていた。後は降りていくだけ。


「……なに」


「これから、どうするの?」


 難題だ。これからだと。


「そうだな、今泉と合流して、気分転換にメリーゴランドでも」


 しかし彼女が問いかけているのはそういう具体的なことじゃなく、もう少し漠然とした、曖昧な先の、近くて遠い将来のようだった。


「ずっと小学生のコーチなんてやってられないでしょ。また、東京行くの?」


「……俺は今の俺ができることをやるだけ――」


 言うと、彼女は俺をじっと睨みつける。


 ――多分、嫌われてる理由は一つじゃないんだろう。


 現実的に考えて、遅かれ早かれそうなるだろう。就職でも復学でもして、島を出ていく。


 小学生に教えるためのリハビリに、どれくらいの意味があるだろうか。


 誰かのためにはなるだろう。なら、俺のためにはなるんだろうか。


「負け犬じゃなくて、駝鳥ね。駝鳥症候群って知ってる?」


「は?」


「駝鳥はね、危険が迫ると、逃げずに頭だけ地面に隠すの」


 一度はそのために他を捨てるほど夢を追っていた人間が。怪我をしても泳ぐことを諦めきれず、けれどエゴ丸出しにもなれず。中途半端な俺が、彼女の目にどう映るか。


 それはきっと、ダメなんだろう。異世界にだって行けてしまうくらい諦めて映る。


「そうやって嫌なことから目を逸して、自分は大丈夫だって安心するの――本当はすぐ目の前に自分を食べちゃう猛獣がいても」


 その時、彼女の口調に、あの時の思い出が重なったような気がした。


 あの日、同じようなことを言われた気がする。


「昔と何にも変わってない。現実逃避してないで、さっさと行ったら?」


 でも、意味が分からない。昔と変わらない? 今は分かるさ。関係ないガキのお守りに励んで、リハビリのためだとデートして。言い訳ばっかりだ。


 それでも、昔の俺は違うはずだ。お前が嫌いだと叫んだあの日の俺は、目を背けてなんかいない。一番になるって目的のために、四年間一度たりとも帰らず練習漬けだったんだから。


 俺は変わったんだよ。なぁ、変わっちまったんだ。


 夢見てたはずなのに、今じゃ何を見てるんだか。


「今はっきりした」


「なによ」


「俺、やっぱりお前のことが嫌いだ」


 なにも見ちゃいない。見たいとも思っていない。ピストルは既に鳴ったのに。


 スタートとターンは苦手だ。いつも上手くいかない。


「遊んでる場合じゃなかったよ。俺が目指してるのは、一番だからな」


 観覧車がちょうど一周し終え、扉が開く。


 俺が言い放ち帰ろうとするのを、泪が後ろから声をかける。


「なんで?」


「……決まってるだろ」


 どうしてそんな夢を持ったかなんてもう覚えちゃいない。覚えているのは、沈んでいく重苦しい感情と、開放されたかった向こう岸への憧憬。


 そして、それらが今なお残ることだけ。


「俺は、物覚えが悪い!」


 そう言い残して、俺はゴンドラを飛び降りて、ヅカヅカ遊園地の出口まで突き進む。


 なんのためにここまで来たのかも忘れて、俺はもう一つの理由にぶち当たる。


 泪の言った約束――彼女が待つ理由。一番になろうとしたのはなぜだったか。


「――ちょっと、深見くん!」


 鳥羽行きのバス停前で呼び止められ、振り返ると今泉がいた。


 汗ダクダクに走ってきたらしく、息を切らしフラフラと近寄ってきて、ビンタされる。


「なに勝手に解散して一人で帰ってるの!」


「……お前には感謝してる。でも、今日みたいに中途半端な遊びが原因なんだ」


「意味分かんない。好きなんでしょ?」


 その不意の言葉に、俺はズキリと胸が痛む。


 好きなんだろうか。今の俺は本当に、面と向かって楽しめているんだろうか。


「俺にも、よく分からないや」


「…………よく分からないのに告白してるの?」


「……誰に?」


「だから、泪に。付き合ってって」


「だから。リハビリ付き合ってって」


「……もう一回説明してもらえる? 一から順を追って、ちゃんと」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ