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負け犬のくせになまいきだ  作者: 石山 雄規
二章 負け犬のくせになまいきだ (Make up for) lost time.
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12話「つまりは雑魚だ」

「それじゃ、腰を壊し母校の水泳部のコーチを務める全国六位の深見柊吾さん、自己紹介を」


「……もう話すことないですよね」


 コーチとしての就任演説。プールサイドには十名ほどの小学生水泳部員がちょこんと体育座りをしながら俺の方をじーっと観察している。


「えー、松田先生が仰った、深見柊吾です。今日からみなさんのトレーナーをさせていただきます。お手柔らかに、よろしくお願いします!」


 パチパチとまばらな拍手の後、元気よく挙手する男子部員が声を上げる。


「あのー、泳げないのに僕らにちゃんと教えられるんですか?」


「コーチは並走して教えないからな。松田先生の水着姿なんて見ないだろ」


「そ、それは私の水着姿が見れなくて残念だという告白ですか!?」


「見たくねぇよエリちゃん貧乳だし」


「弘樹くんは後で職員室に来るように」


 騒がしい水泳部だ。いや、小学生の部活動なんてこんなもんか。


 俺へのよく分からん質問は続く。まぁ初日、顔と名前を覚えるとこからだ。



「宇多田です。コーチはいつまで続けるんですか?」「春まで休学期間を取ったから、最低それまでは」「趣味は?」「筋トレと深夜徘徊です」「やっぱ不審者だ!」「私も深夜徘徊好きなんですけど、今度一緒にUFO探しませんか?」「松田先生はちょっと黙っててもらえますか?」「花村若葉……です。あの、コーチは、あの、交際経験とかは、ありますか?」「キャー!」「ありません」「ロリコン?」「そうです」「キャー!」



 そろそろ切り上げないとキリがないな。そう思い声を上げようとしたときだった。


「――なんで腰、壊したの?」


 くだらない質問の嵐の最中、突っ切るように一際目立つ抑揚の効いた声。


 声の主を探しプールサイドの横に目をやると、ちょうど遅れてやって来たであろう、少年と呼ぶには少し長い髪の、けれど柔軟な筋肉の付き方をした水泳少年が立っていた。


 ――――ひと目見て分かる。こいつが仕事の依頼目的だ。


 なるほど確かに、長い手足に大きな手、少年とはいえ水泳選手向きの体つきだ。今のうちに丁寧に鍛え上げれば、二十歳まで神童だろう。ダイヤの原石だ。


「小沢涼太、六年」


「深見だ。種目は?」


「質問。自由形なんだろ、なんで腰を壊してんの」


「トラックに轢かれて強く打ったんだ。それまでは」


「慢性的な腰痛持ちだったんでしょ。エリちゃん先生と話してるの聞いた」


 痛いところを突かれた。隠したいわけでもないが。


「無理な泳ぎ方してたんだろ。クロールで腰やるなんて」


 小沢涼太は中々に賢い少年だった。観察力もある、厄介なタイプのガキだ。


「つまりは雑魚だ。学ぶことないね」


 そう吐き捨てて涼太はプールに飛び込み泳ぎ始める。


「涼太くんはですね、とっても素直なんですよ。きっとコーチの言うことをグングン吸収して成長しますね! 私すごく楽しみです!」


「……先生は見る目がありますね」


 自主性、大いに結構。ただ軽蔑を隠そうともしない態度にはちょっぴり頭が痛い。


「とりあえず、一人ずつ泳ぎを見せて欲しい。順番に呼ぶから、それまでいつも通りの練習をしてくれ。普段のメニュー確認も兼ねる」


 始めるぞと手を叩いて合図をし、元気よく返事がなされ、各自メニューに取り掛かる。



 まぁ、思った通りガタガタだ。フォームの基本形を知らないから、息継ぎも腕の使い方もなってない。やるべきことは多そうだが、その分張り合いはある。


 普段のメニューは素人の顧問が考えたにしてはペース配分もしっかりしているが、ただ泳ぐだけのものがほとんど。ドリル練習がないからチェックも出来ていない。


 ――本物の天才だな、この環境で全国出場は。期待もかかるわけだ。


「どうだった? タイムどうだった?」


「成人男性の平均、俺が教えりゃもっと速くなる……次は涼太だな。呼んできてくれ」


 健が呼びに行くが、泳いで追いかけるもんだからぐんぐん距離が引き離されていく。

涼太は我関せずと水から上がり、俺の前を横切って戻ろうとした。しやがった。


「100m、タイムも計るぞ」


「……めんどくさ」


 そう言いつつも、涼太は飛び込み台に両足を乗せる。前傾姿勢を確認するように軽く取って、ゆらりと全身の余分な力を抜く。


「Take your mark――――」


 俺の掛け声と共に両指を先端にかけ、重心移動に腰を高く保つ。


 ホイッスルを鳴らすとほぼ同時に水面に水平の角度で綺麗なストリームラインを描いて着水し、ドルフィンで規定15mの潜水を抜け、スムーズにクロールへと移行する。


「………………」


 ターンも卒なくこなし、スイスイ泳いで、壁にタッチして気怠げに上がる。


「参考になった?」


 涼太は水泳帽を外し、サラサラの髪を犬みたいに水を飛ばしながら言う。

 

 タイムを見る。成人男性の平均だ。俺が教えなくても速くなるに違いない。


 というか、俺がいない方が速いんだろうな。クソガキが。


「スタートは要練習だ。膝も曲げすぎだし、重心移動に気遣いすぎて遅れてる。筋トレもやるぞ。背筋と腹筋のバランスが悪い」


「……そんくらい馬鹿でもエリちゃん先生でも分かるさ」


 同列に並べるなよ、どっちも一生懸命生きてるんだから。


「もう一回だ。今度は真面目に泳げよ」


「やだよ、てか帰っていい?」


「は?」


「昨日ゲーム徹夜してさ、眠いんだよね。流しならやってもいいんだけど」


 こいつ……水泳を舐め腐ってやがる。ガキみたいなこと、いや実際ガキだったか。


 とはいえ、まぁ、しょせんは小学校の部活動、才能があったとて強制される謂れもないか。


 むしろ勝手に期待されコーチまでやって来て、彼からするといい迷惑なのかもしれん。


 誰もが一位を目指すわけじゃない。彼も偶々他より速く泳げただけで、別に健康のためだったり友達に誘われただけだったり、そういう諸々の事情があっても不思議じゃない。


「表彰台からの景色は見たくないか? 割といい気分になれるぞ」


 だが一応、俺の仕事は彼を優勝に導くことだ。職務放棄はあまりよろしくない。


「いいね」


「だろ。だから眠くても」


「そういう熱血はいいよ。どうせ一位取れるんだから」


「どうせ?」


「天才だから。凡人の無駄な努力を飛び越してこその才能でしょ」


「………………」


 思ったより、思った以上に思い上がってやがる。


 全一を天才の証明の副賞としてしか見てやがらねぇ。


「そういうセリフは頂点取ってから言ってくれ。今のところ挑戦者の一人なんだから」


「あれ? オレのタイム知らないの?」


「知らねえから泳がせてんだろうが」


 険悪な俺と涼太のやりとりを感じ取ったのか、松田先生がひょっこりと現れ口を挟む。


「コーチ、涼太くんの自己ベスト、去年の全一タイムと同じなんですよ」


 はい負け申した。どうぞご自由にお泳ぎくださいませ。


 ……いや、負けてる場合じゃねえ。


「神童も二十歳越えりゃ凡人だ。昔の栄光にしがみつきたくなきゃ、今のうちに泳いどけ」


「あー、経験者は語るって奴?」


「コーチ、もしかして、マジでキレる5秒前だったりしちゃいますか?」


「死語だろうが!」


 なんとかツッコミに転嫁することに成功する、ありがとう松田先生。


「ま、そういうわけなんで」


 そうこうしてるうちに涼太は脇を抜け更衣室へと走り去っていく。危ない。


「んじゃ、バイバイ。深見コーチ」


 憎たらしくも爽やかな笑顔、やれやれと受け流せない現状に悩みは続く。


 そして彼ばかりに構ってもいられない。泳げない子に泳ぎ方を教え、ある程度泳げる子には他の種目の基礎を教え、種目の決まっている子にはコツやフォームを教えなくては。


 やれることもやるべきことも山ほどある。一つずつやっていこう。



 ――――そうやって、真っ先にやるべきことから目を逸らすことは、もうしない。



 優先順位は決まってる。目の前の簡単な物事に目をくれていても肝心の山は解決しない。何よりも俺がすべきことは、あの生意気なクソガキに言うことを聞かせることだ。


 やれることもやるべきことも一つだけだ。泳げないガキンチョに息継ぎの仕方を教えながら、俺はこの前泪から聞いた話を反芻していた。

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