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負け犬のくせになまいきだ  作者: 石山 雄規
一章 ターン Where is my outlet ?
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9話「つまんない冗談」

「おわぁ柊吾じゃないか。久しぶりだなぁ……メロン食うか?」


「久しぶりおじさん……メロン食う」


 あの女、俺のこと十徳ナイフ並の便利道具か、骨まで捨てるところのない美味しい豚さんとでも勘違いしてるんじゃないだろうな。



『――そういうわけで、店番よろしくね』


『どういうわけだって?』


『だから、こんな田舎で遊ぶ所なんてないし、千秋誘って遊んでくるから、その間の店番』


『店主がいるだろうが!』


『お父さん、昼間はパチンコ狂いだから、ちゃんと見てないと仕事しないのよ』


『教育がなってねえ親だなぁ、ガキの顔が見てみてぇよ』


『ガキの顔です。可愛いでしょ』


『なんで俺なんだよ』


『だって暇でしょ。根本くんも藤原さんもみんな仕事で忙しいの』


『それ以上同じセリフは繰り返さんでいいぞ』


『それにお父さんも、あんたの顔見たがってるし』


『……おじさんとおばさんに会ったら帰るからな』


『…………うん。よろしくね』



 そういうわけで、帰ってきた俺は四年半ぶりの夏目家に足を運ぶことになった。


 とはいえたかが四年半だ。とりわけ五十過ぎの初老世代にとっては誤差程度の年月で、おじさんも精々少々白髪が増えたかな、くらいの変わりようだ。大差ない。


 しかし十代にとっての四年半とはまさしく激動の青春期であるらしい。高校入学以降も身長が十センチ以上伸び爽やかな好青年に成長した俺を見て、おじさんは感慨深そうに大きめのメロンを差し出した。


「じゃ、後は若い者に任せて、老いぼれは引っ込むとするよ」


「察しのいい年寄り装っても無駄だよ、パチンコでしょ」


「おや? この察しと格好のいい青年は一体?」


「いいのは調子だけだな……」


 ほんと、昔となーんにも変わっちゃいねぇんだからこの親父は。


 夏目家は小さな古物商である。小さいと言っても品物は充実していて、どこから仕入れたのかも分からんような先住民族の土偶なり、黄ばんで文字も掠れた怪しげな古文書だったり、やけにお洒落な割れ方の、中世に作られたシャンデリアが所狭しと置かれている。


 こんな島で売れるかも不明だが、生計は立てられている以上品替わりはしているらしい。土偶もネクロノミコンもシャンデリアも昔から変わらず飾られているが。


「たまに観光客が珍しがって買っていくんだよ。後は古着とか中古の家電製品だな」


「土偶はこの島と関係ないんじゃ」


「昔ながらの雰囲気は変わらんからな」


 ちょいと昔が過ぎませんかねぇおじさん。


 とはいえ俺は知っている、古物商を始めたのはおじさんではなくおばさんの方だと。


 娘に似て、いや娘が母に似てか、行動力に溢れ珍しい物に目がない、いつも元気いっぱいの、よく泪と二人怪我をして叱られた。よく笑うおばさんだ。


「柊吾が上京するって聞いたときは島中大騒ぎだったよ。パーティーまで開いてな」


「思い出話ばっかりだと本当に年寄りみたいだよ、おじさん」


「つい最近だよ。よく覚えてる。我が子の巣立ちを見送る気分だった」


「そんなひな息子が不甲斐なく帰ってきたよ」


「……親は、いつも子供の帰りを待ってるもんだ」


「……そういや、おばさんは? またカラオケでも行ってるの?」


 おじさんは視線を変えず、ぼんやり店の外の風景を眺めながら話す。


「亡くなったよ。去年の暮れに」


「ハハ。つまんない冗談言ってると逃げられるよ」


 尻に敷かれてるからって、勝手に殺すなよ。親子揃って性根の悪い。


「ハハハ……逃げられたか」


 そう思っていたのに、おじさんはなぜか微笑み、黙り込む。


 キョロキョロ店内を見回しても、おばさんはいない。


「本当に、逃げられたんじゃなくて?」


 いや……だって、俺聞いてないぞ。おばさんが死んだんなら、連絡くらい寄越すだろう。


「……お線香をあげてくれるか? きっと喜ぶ」


 おじさんはゆっくり立ち上がって、奥の部屋へと俺を通してくれた。


 変わらない柱の傷に廊下の軋み、そして変わらないはずの居間には、仏壇があった。


 俺の知ってる、笑った顔のおばさんの写真も置かれて。


 冗談にしてはとても手が込んでいた。でも冗談だろ。


 遠い作り話、そんな微妙な受け止め方。舌に残るメロンの甘さに違和感を覚える。


 そして、ふと思った。



 ――――あぁ、さっき食ったメロン、お供え物か。



 そんなどうでもいいことに気付いて、ようやく実感が湧いてくる。


 お線香を一本あげて、鈴を鳴らす。


「……よく、泪と二人で柊吾のことを話してたよ」


 おじさんは思い出すように言う。


「島に残って頑張って欲しかったって言うと、二人して怒ったよ。柊吾は絶対に錦を飾るから、そのために出ていったんだって。自分のことみたいに喜んでた」


 鈴の音はとっくに聞こえなくなって、静かな白い煙が立ち昇る。


「でも……寂しそうにしてたのも、二人だった」


「言ってくれれば、飛んでいったのに」


「私から頼んだんだ。一番になって帰ってくるから、そのとき母さんに知らせようって」


「……泪も黙ってた」


「……あの子もね、東京に行くはずだったんだ。それが未だに寂れた商店街に縛られてる」


 おじさんはおばさんの遺影を見ながら、喋りかけるみたいに話す。


「泪を外の世界に連れて行ってくれないか……お前と一緒なら安心だ」


 卑怯だと思った。


 錦を飾れず帰ってきた男に、こんな似つかわしくない言葉はない。

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