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九州の陶芸工房で聞いた「いい物を作れば自然に売れるわけじゃない」の話

作者: みじんこ

 福岡に住む友人の家に遊びに行った時の話だ。彼女が車であちこち案内してくれた後、私たちは近くにある陶芸の工房に向かう。私は昔から陶芸がとても好きで、中学の時の修学旅行をきっかけに、細々といろんな場所で陶器を買っていた。

 

 その工房は九州の山の中にあった。開かれたほとんど正方形の小さな飾り窓からは、青い山がちょうどまんなかに見えるようになっていた。


 夫婦でやっているという工房には女性が一人だけいて、販売している器を見せてもらえた。彼女は三十五歳。頭に赤いスカーフを巻いて、紺のエプロンは白っぽい土汚れがあちこちについていた。彼女自身は、もともと陶芸をやっていたわけではなく、結婚してから夫に習いながら始めたのだと言う。


「今日、彼はいないんですけど、自由に見ていってください」


 持ち帰りやすさから、どこに行ってもカップやおちょこのような小さい物ばかり買ってしまうので、家にはカップばかりがたまってしまっていた。たまには違う物を買ってみたいと思い、私は店内を歩き回る。ひび割れたような模様が底に入ったごはん茶碗を見つけて手に取る。ひっくり返しながら器の厚さや、全体的に透明がかった白い色をよく見る。このお茶碗に炊き立てのご飯を入れたらとても気持ちがよさそうだ。私はそれを買うことにした。


「ありがとうございます」


 お金を払ってから、茶碗を紙でくるんでもらうのを待つ。


「こういうところで静かに陶器を作って暮らす生活って素敵ですね」

「ありがとうございます、でも大変なこともありますよ」

「そうなんですか?」

「はい。物を売る仕事でしょう? やる人もたくさんいますし。たくさん売れるものでもないし、一度買ったら長く使える分、なかなか買い替えないですしね」

「ああ、そうですね」


 私自身、この辺りに暮らしているわけではないので、もう一度ここに来るかといったら自信がない。


「置いてて勝手に売れていくわけじゃないですしね。物を売るって大変だなぁ」

「そうですね、いろいろ学ぶことも多いです。いいものを作っていれば、自然に売れてくんじゃないかって最初は思ってたんですけど」

「いいもの作ってても売れない時ってあるんですか?」

「それがほとんどですよー。まぁ、自分たちがいいって思ってるだけで、世間的にはいいものじゃないのかもしれないんですけど」

「そうかぁ。でもそしたら、どういうのが売れるんだろう。いいだけで売れないなら、今売れてるのって『いい』以外にすごいことがあるってことですよね?」


「私も考えてるんですけどね、たぶん、お金とか何か対価を払う人が思っている価値とつくり手が考える価値って三倍くらい開きがあるんじゃないかなって思うんですよ。三倍っていうのは、なんとなくなんですけど。

 ほら、私たちは作ってるから、土を探す苦労、釉薬を選ぶ苦労とか、作る時のいろんな苦労を知っているでしょう? でも、買う人はできた物しか見えないから、目に見えていることしか伝わらないんです。

 目に見える部分が一だとすると、見えない部分が二。見えないところのほうがずっと大変だから。でも、見えてる部分で勝負しないといけない。でも、使っていくうちにその『二』の部分が伝わって、ああ、この器は本当は三倍くらい価値がありそうって感じた時に、もう一回来てくれたり、誰かに紹介したりしてくれるんじゃないかなって」

「なるほど」


「売れるっていうのは、驚きの差額の大きさだと思うんですよね。千円の物がすごくいい物で、これは三千円くらいの価値があるぞ、って実感できたらまた買ってくれる。でも、千円の物が価格相応だなって思ったらもう買ってくれません」

「へええ、なるほど。値段のつけ方って難しいですね」

「つけた値段と同じくらいの手間で作ろうっていう意識を持っちゃダメだって私は思ってるんですよね。値段分の仕事ではなくて、値段以上に感じてもらえるようにしないと。そうすると覚えてもらえる、かもしれない。そう思って毎日やっています」

 自分にはこれだけの価値があるって思ってても、その価値と同額を要求するわけじゃないのか。私は大切に包まれた器に目を向けた。それは悔しいと思わないものなのだろうか。本当はもっと価値があるのにって思ってしまわないのだろうか。


「買ってもらうことで、私たちが広告費を払ってるんだって考えてるんです。つけられた値段は、私たちが思う価値に私たちが払う広告費を差し引いたもの。それが値段になってるんじゃないでしょうか」


 分かんないですけどね、彼女はそう言って笑い、器が入ったビニール袋を差し出す。私はそれを受け取りながら、それからこの器で白いごはんを食べているところを想像する。炊き立てのごはんを食べる時はいつも、この工房のことを想う気がした。

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