STORIA 95
僕は別に相手を不愉快にさせる為でも、仕事に対する意欲がなかった訳でもないんです。ただ相手の心を気に掛ける余り、空回りしてしまっていた。懸命になればなる程、駄目な自分になっていくみたいで怖かった……。きっと僕は要領が悪いんでしょうね。仕事も楽しみながら熟していれば、また何か違っていたのかも知れません。意見がある時も確りと言葉にして、伝えなければいけないと想う事もありました。だけど僕は何を言っても許されず、新しい職場へと移り変わっても、要らぬ過去の傷みを持ち出しては心が闇に閉ざされ、僕は誰に対しても非道く怖気付く事しか出来ない弱い自分になっていたんです。自宅に戻れば母の姿……。外で抱え込んだ傷みを癒しの場である筈の家庭でも打ち明けるのは難しくて、気が付けばそこからも離れ画材を持ち出し、空いた時間には夢中で描き続けていました」
「そうする事でしか、きっと方法がなかった。心が行き場をなくしてしまっていたんだよ。それでも君は自分に出来る精一杯のやり方で道を進んで来た筈だ」
絲岐さんは隣で僕が曝け出す全ての想いを言葉が終止符を打つその時まで、ただ黙って耳を傾けていてくれる。
あなたが隠れた心中ではどんな事を想っているかなんて、真実の処は分からない。
そんな猜疑心が大きな傷跡となって長年心を苦しめているのに、どうして彼のそばではこんなに胸の内を打ち明ける様な真似をしているのだろう。
蘭以外の誰にも伝えられなかった想いなのに、喉の奥に張り詰めていた物が後から次々と溢れてしまっていた。
本当はこの人にならと、心許せた筈でもなかった。
ただ彼が黙って僕の隣に座り、詰まらない戯言の様な話を訝しむ事もなく聞き入れてくれるから、僕は甘えた様にその心に寄り添ってみたくなるんだよ。
もう辿り着く事も出来ないと想っていた心の居場所を見付けたみたいに、自分に癒える何かを、彼から与えられたかの様な気持ちにさえなっている。
けれど、その影でずっと恐れていたんだ。
僕の心は誰の為にあるの、この言葉は何の為に存在しているのだろうと。
込み上げて来る記憶はいつも感情を苦しめる物でしかあらず、少しでも解放しようとしてみては、一瞬の夢事さえまま成らずに僕は再び紆に惑う。
だけど、これが僕だ。
他の誰でもない、僕の生き様だった。
それも自分自身を慰める価値もない、どうしようもなく無様な物だったんだ。
人生をグラフに例えるなら、約束事としてそこにある、渓の様に深い哀しみや苦境を乗り越えた後に活気を取り戻し、一気に幸福へと上昇していく希望を託せる路が僕にはきっと存在しない。
絵に描いた願いの形は、僕以外の人達の為に与えられた様な物で、僕は下降線を這い摺り歩く為に生まれて来た様な物だと想っていたから。
だから、絲岐さんの言葉には心は非道く揺らいでしまう。
未だに人の想いを頑に拒み続ける自分が見え隠れしている事も、消し様のない事実なのに。




