STORIA 75
そうして出来上がって来る色と言えば灰や闇の黒、ダークで深みを増したどれも淋しさを感じさせる物として、極一般に知られる物ばかり。
だけど、哀しみを現す色彩は重く沈んだ暗褐色の物ばかりじゃない。
この目が見た強く濃さを増した血の色にそう感じていた。
僕だけが知る、傷みに嘆くぬらりと揺らぐ赤い色。
心が再び地底に迷いながら恐怖を取り戻している。
そうすると"死の重み" さえ幸福に映ると吐いた自分の感情が、全てを覆した様に途端に塗り替えられていく。
僕は髪に指を絡ませ、頭皮に強く爪を立てたまま激しく取り乱す。
そんな風に乱れた感情に抑え込められる自分の姿が、喉の奥には控えていた。
これが現実という物。
次第に目にしていた穏やかな景色が色を落とし始める。
いや、鮮やかな色を受け止めた僕の眼球が、その縁で目に映る情報を変化させていたんだ。
際立つ碧く澄み切った空の色が、深く緑を帯びた重苦しい物へと染まっていく。
今にも崩れそうで柔らかな形をした雲は、圧力を感じさせる岩に変化を遂げていた。
僕の沈んだ想いがじわじわと虹彩に映る物を変貌させてしまっている。
右京さんもこの様な変わり果てた景色を目にしていたんだろうか。
死に怯える魄が生み出した瞳で。
僕は引き摺り起こした感情を崩さない様に、全ての暖色を沈ませた、この心が見た淋しい風景を用紙に表現し始めた。
僕を包む真実の色達はそれぞれが個性を持つ鮮明な原色ばかりで、陽は暖かく躰を眠りに誘う物でもある筈なのに。
だけど僕の"死" に震える肉眼が触れた映像はまるで別世界その物だ。
"哀しい瞳が見る空の碧さ" を夢中で描き出そうとしていた。
閑かに時間だけが流れて行く。
陽を落とし始める今日の空。
僕は心で見る。
この場所で同じ空気を感じる者が、心に拾う色はそれぞれが違う。
僕はそれを今ここで、絵画に表現したかったんだ。
誰かが幸福に満ち溢れた瞳で暖かな色を目にしている時、すぐ隣の人物にはどの様に映っているのだろうか。
その心は通り際、肩の触れた持ち主にさえ分からない。
身も知らぬ人が美しく清んだ色を形を崩す事なく、ありのままの姿で美しいと素直に捕えている頃には、同じ景色に負の涙を流す僕が存在する。
哀しみに溺れる僕にはその"美" が伝わらない。
雑踏の中、他人と足を揃え街を歩いていても、誰もが優しい景色を見ている訳じゃない。
常に嘆きの心で空を見上げている者がいるという現実、その色はこんな風にも僕の瞳に植え付けられているんだよ、という想いを作品にぶつけていた。
素直に映る景色に偏見を抱き、全く別の世界を発色しようとしている指先には、こんな理由があったからなのだと想う。
そして僕は何処かで自分にしか描けない物を、必ず形にするのだと強い衝動に駆られていたんだ。
僕の独自の見方で描く目的物を受け止め、筆を走らせていたい。
漸く描く気力を取り戻した僕の心は未だ、描く事に初めて触れた未熟なあの時の気持ちにも似て、"欠けのない作品" を創る事の難しさに涙を呑む自分の姿も見え隠れするけれど。




