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プレゼンス  作者: 孔雀 凌
第五章/意思と意志
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STORIA 72

だけど誰か一人の存在を取り上げて想う時に、心許せる相手が三人も居る事は堪らなく羨ましい光景としか言い様がなかった。

他人の友情は再び僕に眠る醜い感情を引き摺り起こして来そうで、動き始める嫉妬心に僕は怯えていた。

だけどもっと深く耳を傾けた時に他愛ない、けれどもそんな言葉の中にもその人の片隅に隠された淋しさや辛さを見付ける事も稀にある。

自分以外の人間が辛さを言葉にする瞬間には、人は何処かで共通する悩みを抱えているのだと、恰もこの心を宥められている様な感覚を覚えもした。

彼等の場合、想い込みや受け止め次第で打破出来てしまう様な悩みとか、自分の手で自在に操り幸せに変えてしまえる事も可能な位の簡単な哀しみが未来に怯える物ではなくて、もっと身近で手の届く範囲の哀しみに心を奪われている。

そんな現役学生達から零れる痛い想いは、期日を与えられた課題がその日までに間に合うだろうかとか、喧嘩した家族にどうやって言葉を切り出そうかなんて忙しい日常に心を目粉るしく回転させている。

そんな具合の物だった。




忙しい中に想い悩む姿というのは、"淋しい" とか"辛い" という言葉に置き換えて表現するのは真の苦には程遠い物だと僕は感じている。

寧ろそれは、彼等の心が充実している証拠で。

彼等にしたって自分がある程度幸せな立場に居る事を心で認識しているから、笑い合う会話の中に簡単に淋しさを現す言葉なんて物が生まれて来るのだろう。

僕には笑いながら自分の哀しみを語るなんて出来ない。

だけど本当は分かっていた。

知った上で気付かない振りをしていた。

彼等は自分達なりに悩んでいるという事も。

笑顔で哀しみを語っていたって、感情の奥底では本気の涙を流しているんだって。

きっと人一人の悩みは誰に劣る物でもなくて皆、同じ様に苦しい筈なのだから。

僕はただ僻んでいるだけで、孤独という立場に。

四人の内の誰かがどんなに辛い感情を背負っていても、肩を貸してくれる人がそばに居る事、一人が相談を受ける事を拒んだって、未だ二人という支えが居る事。

誰かに助け船を求める事は、今の僕には到底叶わない夢だったから。

手の届かない望みが、僕の隣の席では憧れの形として展開されている。




僕は悔しくて、温かい光景がこの心を締め付ける度、淋しさで埋まる自身の感情が他人に禍心を抱く事で傷を少しずつ取り除いていた。

本当は彼等が半ば冗談混じりに翻す、"淋しい" という単語にも僕は憧れの心を抱いている。

目先の壁に額を捩らせながらも、自分達の道を懸命に歩き進めているその姿は決して意味のない物なんかじゃなかった。

それは時として、一滴の燭を僕に与えもするけれど。

だけど僕は微温な物で、他が抱く負の感情に出逢う事により、少しの安心感と解放を感じる事もあった。

言葉を交わした事のない誰かが囁く、"淋しい" という一語にこんなにも敏感になっている僕がいる。

他人の口から翻れ落ちる、僕にとって自分の気持ちを慰める効果を持つ言葉だけを拾い集めていた。









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