STORIA 62
そして今の僕の様に苦ばかりを背負い塞ぎ込んでいる者を目にしても同情する事もなく、謗る事もなく無心で空を駆けて行ける。
蘭が居た頃は良かった。
僕には幸せで居られる場所が用意されていた。
あの細く優しい体温を持つ人のそばで。
蘭以外の人間の気を惹こう抔とは想いもせず、彼女がいつもの様にそばに居て僕の話に優しく頷いてくれる、そんな時には母の姿に縋る様に心傾けたりする事はなかった。
なのに今はどんな容でもいいからと、泣き付く様な瞳で頼れる物を探している。
淋しさに火を付けた様にその感情に輪が掛かっていく。
そばに居て心の傷みを和らげてくれる人が居ない。
自分で探し出す事が出来ない、まして僕の様な人間には。
人を引き寄せる魅力のない自分がもどかしくて悔しい。
そんな事がこの上なく辛い。
自分の一番近い処に居る人間位にしか、僕は頼る事が出来ないんだ。
暮らす日常の中で優しさを取り戻す可能性がある人を母だと想うのはただ、逃げているだけなのだろうか。
僕は何処かに甘えがあって自分のふがいなさは横へ措き、相手にばかり求めている。
そしてその想いが叶わなければ "あなたはどうしてそんな人なんだろう" 、と気付かぬ内に僕の想いを受け入れない相手に対して粗探しを始める事だってある位だ。
それでも自分の癒やしの場所を見付けたくて、必死になりもがいている。
母は切っても切れない存在で彼女がどんなに僕を嫌いでも、あなたの片隅に親としての感情は残っている筈なんだ。
そう想いもしなければ、僕はこの心をとても遣り切れなくて。
彼女が僕をあの事故で死ねば良かったと言ったって、それが本心ならどうして僕の分の食費を用意したりしてくれるというのだろうか。
僕が餓え死にでもして後の面倒な事に携わりたくないと想っているだけなのだとしても、あなたの子供として確かに僕はその目に映っている。
あの家に鍵を開けて入る事を唯一、許されている存在は僕で。
僕を本気で追い出す事だってあの人には出来るのに。
蘭が手の届く所に居ないから、せめて母には僕の想いを理解してくれる、ただ一人の支えとなって欲しいんだよ。
いつからだ。
僕はいつからこんな事を考える様になったのだろう。
気が付けば病室を離れ、お姉さんに別れを告げたあの日から僕の心は奥底から強く母に願う事ばかりを考えている。
蘭が僕の目に映らない場所に居るなら、別の人物でもいい。
代わりとなる支えがどうしても必要だったから。
それでも蘭に勝る優しさには出逢えないのだろうけれど。
僕は誰の目にも映し出される事のない、遥かに弱い自分の姿を知っている。
そんな己の体一つ支え切れない自分を導いてくれる誰かの手に一刻も早く逢いたくて、僕は繰り返す日々を当てもなく彷徨った。
他人の心に触れる事は怖い、けれど誰かに救いを求めている。
そんな想いで街の蔭、煽る風の中を意味もなく歩いていた。




