STORIA 60
君の人生は幸か不幸かと問われるならば、僕は間違いなく後者を選ぶだろう。
幸を勝ち得ようと努力に手を伸ばす事も、願う気力さえ失っていた。
死んだ鳥の目をした僕の心に残っている物は"諦め" という一語。
頭が痛い……。
もうずっと、部屋という狭い箱の中で嘆き続けている。
いつまでもこんな状態の自分じゃ駄目なんだ。
もっと外の世界で色々な物を見て生きて行かなければ。
だけど、実際の僕の姿は未だ世間に戻る事を強く拒み続けたまま、窓の外の空気に怯えている。
室内の硝子を隠す薄い布の向こうに暖かく優しい光が訪れている時も、照り返す、蒸せる様な暑さがこの先訪れたとしても、僕の心に四季なんて物は殆ど関係しないだろう。
頬に受ける風はいつも変わる事なく非道く冷たい物の筈だから。
そんな空気を全身で感じ取る度に、街中に想い浮かぶ大勢の人影に足踏みせずにはいられない。
それでも、僕は強引にでも自分の体を外へと引き摺り出す。
心が想う処は別の場所にあっても。
厭がる自身の感情を叱り付ける様に本音を抑え、僕は重く沈んでいた足を起こした。
本心ではどうしようもない位に分かっているんだよ。
殻に隠る事が何の解決法にもならないのだという事位。
取り敢えず体を先に動かしてやれば心は否でも追い付こうとするのだから、足の赴くままに任せてみるのも一つの方法だと想った。
こんな事が世間から逃れ様とする自分の心を少しでも良い方向へ持って行く、頼りない僕なりの手段だったんだ。
片手には確りと画材一式を抱え込んでいる。
今の僕には描こうとする気力も何もかも残ってはいない癖に。
僕は一体何がしたいのだろう。
目的意識を持たずに、こんな街中に出て来たりして。
ふと自分が分からなくなって、画材を抱える指先が想いを誇張する様に震え始めていた。
路地では案の定、激しく人混みを嫌う。
人通りの多い場所を避けて、無意識の内に閑静な所へと足を運ぶ自分が居る。
無情にも時間ばかりが僕の心を置き去りにするかの様に過ぎ去り、結局何も見い出せない僕は次第に路上を行き交う、数少ない人の視線にさえ心が敏感に反応し始めていた。
誰かと擦れ違う際には僕の心の淋しさがその表情をあからさまにしてしまわない様にと、他の顔色を窺い平静を装う。
決して交わる事のない街行く人の心が何だか痛い程に悲しかった。
誰かの視線が直接僕に注がれている訳ではないのに皆、惨めな僕を馬鹿にしている様な目で見ている気がして仕方がないんだ。
地に足が着いていない様な感覚で周りを目にしているから、自分を取り囲む物がそんな風にしか映らなかっただけなのかも知れない。
そうだよ、全ては僕の想い込みから来る物だ。
忙しい現実の中で僕の事抔、誰が見ているというのか。
見ている筈もないじゃないか。
皆、自分の事で精一杯だというのに。
でも僕が疲痩した表情で歩く姿を、影が重なり合う瞬間に僅かでも気付かれるのが嫌だった。
同情なんかされる事もないのだろう。




