表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
プレゼンス  作者: 孔雀 凌
第四章/僕が存在する理由
55/101

STORIA 55

僕が心を変えても、きっと彼女には通用しないんだ。

僕の体だけが目粉るしく時間が流れている様に感じていても、この家に佇む彼女の身辺だけは何の変化もなく依然、冷酷さを保ったまま時の針と共に漂い続けている。

広い部屋に狭い心で誰にも心を譲らずに、許さずに彼女は人の情と交わろう抔とは決してしない。

その意思は確乎たる物だ。

時間の経過によって人の想いも流れて行く様に、あなたの心中に変化が訪れるという事は全く無縁な事なのだろう。

僕に母の心は動かせない。

「いつまでそこに居るつもり。あんたがこの家にこれからも居るのかと想うと寒気がするわ。なんなら出してあげてもいいのよ? あんたのマンション代。二度とこの家に帰って来ないと約束してくれるならね」

無情な彼女の言葉に色濃くなる夕暮れが更に速度を速めて、その表情を沈めた気がした。

こんな事、いつまで続くのだろうか。

心に纏い付く母の感情に他の事を考えている余裕もなくただ消沈している。




僕は力なく垂れた両手と背で自分の部屋の扉を押し閉めた。

これじゃ何もかもが全て元のもくあみじゃないか。

不安に怯えながらも願い、素直になろうとすれば相手の強い心に押え込められ、僕はまた裏切られる。

そうしてまた堂々巡り。

行き先を失った僕の想いは再び空回りを繰り返す。

僕を通ざけて止まないあなたが居る限り。

そして僕がこの家に居る以上は。

だけど僕も相変わらずだ。

素直じゃないというか、頑固というべきか。

母から受けた感情なんて浅い物だ。

僕だってあなたを嫌っているんだ。

嫌う者から嫌われる。

当然の話だ。

だから傷は浅いと、そう想いたいんだよ。

それでも心と体はまるで別物の様だった。

母の温かみのない言葉に小刻みに肩が震えている。

心を許すなと只管、自分に言い聞かせてもいたんだ。

瞼の縁から落ちて来る物と言えば決まっているから。

傷は浅い……、けれども深い。

そして重く未来をも潰す。

結局、僕の心は何処までも馬鹿正直だ。




事故での左目に残る傷がすっかり消えた頃、養生の為に休職していた仕事が暫く振りに復帰を取り戻していた。

依然として変わりない職場の人間関係に動かす事の出来なかった母の心とその環境は、僕が交通事故を起こす前と何一つ変わっていなかったんだ。

全ての時間が巻き戻された様な感覚の鈍りを起こしてしまいそうになる。

仕事と自宅、厳しい空間の中で往復を繰り返す僕は節度のない生活習慣を改めたいと想う気持ちとは裏腹に、軈て学生の頃から続けて来たコンビニの職場を退社。

それに次ぐ様に残りの職場にも退職届けを出し始めていた。

何処の職場で働く事を選んでも、僕に向けられる視線は同じ物ばかりだったから。

そこには冷たい感情を浴びせる誰かが、必ず決まり事の様に僕を待ち構えていたんだ。

そんな苦しい状況から僕は躰を離してしまいたい。

母に認められたいと想う次に、この心を優先させている蟠りの一つでもあった。

そして三ヶ月という月日が流れる頃には、僕は全ての職を失っていたんだ。









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ