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プレゼンス  作者: 孔雀 凌
第四章/僕が存在する理由
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STORIA 51

そんな彼女を背に、僕もまた自らの意思であなたとの接点に距離を置こうとしている。

このままじゃ駄目だ、ともう一人の自分が心を後押ししても。

残忍な想いを残し、僕は近付く自身の退院日に備え荷物の整理に取り掛かっていた。




軈て一週間を過ぎた頃、僕は自分の退院当日を迎える。

手荷物の最終整理を終え、世話になった医者や看護婦に挨拶に向かう。

「余り気を落とさないで頂戴ね。右京さんの行く先は私達にもどうする事も出来ない位にまで病状が悪化していたのよ。彼女の死は別に佐倉君のせいじゃないわ。彼女の御家族の方にも極度な詫びの感情を抱き続けるなんて事はしなくていいのよ」

日勤の看護婦がそう言って僕を宥めた。




今夜から迎える夜は病室ではなく自宅だ。

母の元に身を置く現実に嘆きが顔を覗かせ始める。

憂いが全身を覆い尽す。

併し進もうとする足下に目を遣りふと、立ち止まる。

僕はフロントロビーから数枚のメモ用紙を手に取ると再び病室へと戻った。

僅かに抑えた足取りで。

けれど室内には入らず扉の外で足を止める。

お姉さんの姿を確認したからだ。

卑怯なのかな、僕は……。

彼女と正面切って言葉を交わす事が出来ないなんて。

壁際に凭れ用紙を左手に、幸い胸元の隠しにあったペンを紙面に添える。

僕はゆっくりと呼吸を調えた。

邪心を払い、小さな紙に全ての感情を委ねる。

"ごめん…………" ただ一つの想いが他の何をも受け入れず、この心を占めていた。





僕は病院を後にする。

病室の入口に数枚の想いを残して。

建物が見えている間に右京さんの姿を想い起こし、閑かに頭を下げた。

上空には一年振りに再会を果たした儚い姿。雪だ。





"──お姉さん。

何も言わずにこんな置き手紙一つであなたに別れを告げる形になってごめん。

でも今の僕には書く事以外で自分の想いを伝えるなんて出来ない。

右京さんを心の底から心配するあなたとは違い、彼女があんなに苦しみを訴えていたのに僕は何一つしてあげられなかった。

それどころか握り締めていた病室の呼び出しボタンを手放してしまったのだから。

僕はあなたの大切にしている人の命を奪ったんだ。

あの時、彼女にとって何が一番良い事なのか僕の中では既に答えが出ていた。

僕はいつでも右京さんの姿に自分を重ね見ていたんだよ。

彼女の病状に回復の見込みが感じられなかった様に、僕を苦しめる母の気持ちや職場の環境が好転する事はないという事。

だから右京さんもこのまま変わる事なく苦しみ続ける位なら、いっそ心ごと解放されたらと想った。

僕ならそう願う。

ごめん……、こんな気持ちしか生まれて来ないなんて。

だけど右京さんの躰が僕の未来を映した。

彼女の唸る様な想いは僕自身だった。

それはどんなに声を荒気にしても届かない淋しい願いで。

彼女の近くで、その心のそばで魄の叫びを聞いている事はどうしようもない自分の叶わぬ願いを想い知らされている様で苦しかったんだ。









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