STORIA 44
「ね、ショートケーキ食べない? 買って来て貰ったの。あとね、果物も沢山持って来て貰ってるの。ほら」
「ケーキって……。病院では余りそういうの食べない方がいいんじゃないの」
「うん。でも二個位ならって。なんて本当は私がお母さんに無理に頼んじゃったんだ」
お姉さんは嬉しそうに、そう言いながら別皿にケーキを乗せ僕に渡す。
「……ありがとう」
「佐倉君も家の人に必要な物とか色々持って来て貰えばいいのに。きっと協力してくれる筈よ。お母さんが駄目でも兄弟とか他の人に……」
「ごめん。僕の家、基本的にそういう事に協力的な人間なんて居ないから。兄弟も居ないし。それに必要な物位、自分で賄えるよ」
僕は不機嫌そうな顔付きで言葉を口にしていた。
触れられたくない事に関わられる度に、自分の嫌な面が浮き彫りになるのは辛い事だ。
だけど、どうしようもないんだ。
「どうしてそんなに身内を嫌うの?」
「別にいいじゃん。お姉さんには関係ないよ」
「私、不思議で仕方がないわ。だって本当の家族なんでしょ。あなたのそばに大切な人が居る真実だけでも有り難く想うべきだわ」
「大切なんかじゃないよ。母親に対しても敵意を抱く事だってあるし。他人の家庭の様子なんて実際に足を踏み入れてみないと分からない物なんだよ」
「でも……」
彼女は何かを言いた気な表情で僕を見つめている。
だけどお姉さんには分からないと想った。
あの家で僕が負った深い傷みなんて。
彼女は"綺麗" な心で物事を見ているのだから。
悪い事実にはそんな筈はないと綺麗事で片付けてしまう。
「……信用出来ないんだ。僕に辛く当たる母親の心が。もう二十年近く一緒に暮らしているのに母親が何を考えているのか分からない。本音が読み取れないんだ」
「でも、ずっとそういう悪い関係だった訳ではないんでしょ。きっとお母さんにだって好い面が……」
「昔は、ね。確かずっと幼い頃は母親に対する嫌な感情は余り残ってなかった気がするんだ。今となっては何が好い記憶なのかさえ分からない程、殆ど忘れてしまっているけど……」
「何が原因でそうなっちゃったのかなあ……」
「分からないよ。僕、小さい頃から絵を描くのが好きで、夢中で描き始めた時には母の機嫌は良くなかった様に想うけど。高校卒業してからはずっとフリーターでさ。暇があれば絵を描きに出掛けて……。特に今は僕のそんな処が気に入らないんじゃないのかな」
「フリーターで今まで来ていたの?」
「そう。今時何処も長時間働かせてくれないからさ。今は仕事三つ程、掛け持ちしてる」
「頑張ってるんじゃない」
「いつまで続くか分からないけどね」
「佐倉君のお母さんにもきっと何か事情があるのよ」
「もういいよ、こんな話は」
僕は溜め息を吐いた。
「じゃあさ、良かった頃の記憶だけでもゆっくりと想い出せればいいんじゃない? そうすれば家族に対しての見方も少しは変わるかも知れないわ。人の吐く言葉には聞いている当人には中々気付かない大切な意味が含まれている事が多いの。記憶を振り返る事であなたとお母さんを繋ぐ大切な想いが見付かればいいのにね」




