STORIA 30
蘭は緩く絡ませた両手の指先を背で遊ばせ、少し恥ずかしそうに、けれども翻した自身の決断に誇らし気に言った。
「暫く逢えないのか?本当に二年で……?」
そう言って僕は不安気に蘭の体を抱き寄せた。
「大袈裟ね、大丈夫、すぐに戻って来るから。私ね、自分の将来の夢を話したの身内以外では冬が初めてなんだ。努力していつか資格が取れた時にもあなたに一番に報告する、約束ね。だから信じて待っていて」
彼女が僕の手を取り頬笑む。
蘭を家まで送った後、今夜の別れに彼女は明るく手を振った。
君がそばに居る事で初めて僕は生きている感覚を取り戻すのに、こんな状態で彼女の居ない二年をどうして乗り越えられるというのだろうか。
携帯を通じて伝わる君の声は、もっと逢いたいという気持ちを起こさせるだけなのだろう。
控える蘭の出発日が怖くてならない。
彼女の家を訪ねる度に押し潰す様な銀翼の音が更に僕を孤独へと叩き落とす。
あの鉄の塊が君を攫ってしまうのかと想うと僕は何もかもを壊してしまいたくなる。
時が僕を蝕む。
月日は僕を置き去りにして進む。
非道く淋しい卒業式を迎えた僕は蘭の為に何一つ残してあげる事も出来ず、五日後には彼女のアメリカ留学の日が訪れた。
僕は見送りへと向かう。
彼女の乗る便が来るまで少し時間がある。
「向こうへ着いたらすぐに電話するね。メールもするし」
「うん……」
トランクを手にした旅客者が慌ただしくエアポート内を往来していた。
人の動きが、流れて行く様子が僕の目には普段より遥かに速度を上げた光景として映っている。
この現実が偽りだと何処かで想いたかった。
僕達はずっと手を繋いだまま御互いの指先から心の声を感じていた。
このまま時が止まってしまえばいいのにと想う。
来たる時を急き立てるかの様に風音が呻く。
僕はゆっくりと胸元の隠しから細く煌く金属を取り出した。
「蘭、これ……」
彼女の悴首に淡い桜の鎖を掛ける。
「ごめん。高価な物じゃなくて……」
「何言ってるの」
蘭は小さく笑った。
「嬉しい。私が月の型が好きだって覚えててくれたのね。それにピンクゴールドが気に入りだってことも……。ありがとう、大切にするね」
彼女はネックレスのトップに愛おしそうに触れてみる。
「搭乗時刻、近付いて来たな」
「そうね。私、そろそろ行かなくちゃ」
「……ん。元気でな」
「うん、冬も。待っててね、二年。それじゃ……」
彼女は僕に背を向け数歩を踏み出した。
重なり合う人影が容赦なく蘭の姿を揉み消していく。
「蘭……!」
ざわめく人波が僕の声を掻き乱す。
「え……?」
彼女の瞳が僕を探し、彼女を探す僕の心は互いを遮る人の渦中から、その華奢な体を再びこの手へと引き寄せた。
「……冬」
蘭が静かに心を戻す。
そして僕は微かに狼狽える彼女の手を取り、これが限りとその唇に儚いキスを贈った。
彼女を乗せた便が高く舞うと、僕は涙目で長い間ずっと空に架かる飛行機雲の中になき君の姿を追い続けていた。




