STORIA 29
彼女が今、望んでいる未来は何だろう。
僕は未だ聞かされていないんだ。
彼女が希望を決心に変え僕にその胸の内を明かしてくれるのは、もう少し置いた時間の先にある気がしている。
得るべくして得た物抔、何一つない。
ふと仰いだ空に通り雨。
僕の姿がそんなに惨めか?
水浅葱が落とす嘲り言葉。棘に乱れた想い、仄かに画家を志す心……想起するけれど絵空事だと風に謗られ、不意に涙翻す。
水面に刻まれた残像に眼を落とせば、ゆらり、朧げにこの心 現無し。
自分の感情に纏い付く足枷を僕は非道く煩っていた。
「冬……」
「蘭」
ファミレス横で携帯片手に彼女を待ち侘びていた僕の心に応える様に、優しい目をした君が姿を現した。
「ごめんね、待った?」
「いいよ。こっちこそ急に呼び出したりしてごめんな。何食べようか」
「うん……。でも丁度良かった。私も話があったから……」
「え、何?」
「とにかく中へ入ろうよ」
蘭は少し淋しそうに微笑んだ。
「あのさ、再来週もう卒業式じゃん? 式を終えたら休みを利用して泊まりで遊びにでも行かないか? 日帰りでもいいし。あ、お金の事だったら心配要らないよ。バイトで沢山稼いでるから」
「私……」
「もしかして既に予定とか入ってる?」
蘭は口数を減らし僕の視軸から逃れる様に俯いていた。
僕はそんな彼女の顔を覗き込み語り掛ける。
「予定なければ行こう? 卒業旅行みたいな感じでさ。それに蘭、三週間後、誕生日だろ。その御祝いも兼ねてさ」
蘭は黙然と椅子に腰掛けたまま食事の注文を終えると静かに僕の目を見た。
「あのね、私……」
漸く言葉を切り出そうとした彼女の顔色を心配そうに窺い見る。
「私ね……、アメリカに留学しようと想うの」
「本当に……?」
僕は一瞬、何も考えられなくなった。
この間、旅行パンフレットのアメリカの写真を目にした時、悲しそうにしていたのはこういう事だったのか。
「出発日も、もう決まっているの。二十日後の木曜日……、卒業式の五日後なの。私、どうしても取りたい資格があってずっとアメリカで勉強したいと想って来たの。ごめんなさい、限り限りまで言わなくて……」
「蘭……」
「あ、私ドリンク入れて来るね」
彼女は僕から視線を逸らし席を離れた。
そんな事を急に言われても僕はどうすればいいっていうんだ。
それに木曜日と言えば彼女の誕生日の前日じゃないか。
僕を一人残して行かないでくれ……、抔とは言えない。
僕は相変わらず自分の事ばかりを考えていて相手を想い遣る処まで心が行き届かずに苦しんでいる。
僕達は気まずい空気のまま御互いの食事を済ませた。
「蘭……」
店外で僕の一歩先を行く彼女の後ろ姿を呼び止める。
「留学ってどの位?それに資格って何の……」
「二年よ。私ね、翻訳家になりたいんだ。その為の一歩として語学留学をするの。なんて、どんな風に言っても今はただ届かぬ夢を見ているだけにしか想われないかも知れないけど。でも……真剣なんだ。叶えたいの」




