おつかいから事件の捜査へ
あれ? マド? どこ行った?
逃がしたかっ。
くっそー。足さえ痛くなければ、マドなんか一網打尽にできるのにっ。
朝の全速力がこんなにも影響を与えるとは思わなかった……
あれっ? それより、ここどこ?
マドを追い回していたら、知らないところに着いてしまったようだ。
昼間なのに、薄暗く誰もいない路地。うーん、困った。
きょろきょろと、誰かいないか辺りを見回していると、リムジンから、銀髪のスーツ姿をした若い女性がでてきた。
やったー。神は私を見放さなかったっ。
道を聞こうと、その女性に近づいた瞬間、
「かーくほー」
二つに束ねられたおさげと耳につけた大きなイヤリングをゆらしながら、女性が、甘ったるい声をあげる。
『了解』という男の声がすると同時に、背後から両腕をがしっと押さえられた。
えっと、これは、映画の撮影か何かですか?
「ふふふふふー。お風呂場事件の犯人を捕まえましたー。先輩の言った通りー、やっぱり犯人は現場近くに戻ってくるのですねー」
銀色額縁眼鏡を光らせながら、女性は独りで納得。
「お風呂場事件の犯人? 誰が?」
「貴女以外にー、誰がいるんですかー?」
え? ちょっと待って。私が犯人? なんだ。そうだったのか。
私、犯人だったのか……
……って、違うからっ。私、犯人じゃないからっ。ここは、否定する場面っ。確認。
「私、犯人じゃないよっ。ほら、見た感じ、無害そうな、ただの女子高生でしょ?」
「本当ですー」
納得しているようだ。制服を着ていたことに感謝。
ほっと一安心……
「人は見かけによらないですねー。ただの高校生がこんな事件引き起こすなんて」
……安心できないし。わかってないし。
「だ・か・らっ、私は犯人じゃないの。は・な・せ」
「まーまー、落ち着いてくださいー。貴女がー、そのような精神状態だと、本当に犯人に見えてしまいますよー」
確かに、端から見れば、図星をつかれて逆上した犯人に見えなくもないっ。
とりあえず、深呼吸して落ち着こう。すー、はー、すー、はー。
「落ち着いたよっ。私、犯人じゃないから解放してっ」
「むっむー、妙にー素直ですねー。さっきは、あんなに反抗的だったのにー。貴女、二重人格だったりしませんかー?」
「しませんっ」
どうして、そう解釈するかな……
「じゃー、貴女、実はー、夢遊病でー、眠っている間に人を刺したのではないですかー?」
「違いますっ」
この人、何かと理由をつけて、私を犯人にしたいらしいっ。
「二重人格でも夢遊病でもないとすると、貴女、もしかして、犯人ですかー」
「『犯人』は病状でもなんでもねえっ」
なんだこのいいがかりっ。
「あー、ついに本性を表しましたねー。本当は、貴女、凶暴性に満ちた性格だったんですー。さすがは、ななみの推理ー」
え? 今のが推理? これが推理だというなら、この世に探偵なんかいらないぞっ。
「だから、私、犯人じゃないから」
いつまで続くんだ? この繰り返し(てんどん)。
「まーまー、こんなところでー、立ち話もなんですから、とりあえず、ななみの車まで来てください」
周囲の人の目も気になりませんかー? 自分のことをななみと名乗る女性は、乗車を勧めてくる。
「ここ、人通りの少ない路地なんですけど」
「まーまー、一度、貴女を解放しますからー。とりあえず、ふたりきりでお話ししましょー」
解放してくれるならと、黒いリムジンへ足を運んだ。
リムジンの中に入ってから思う。あれ? これって解放されてないんじゃ……
むしろ、状況は悪くなってない? もし、この人が悪い人なら、拉致されててもおかしくないんじゃ……
あーっ、もーっ、後は野となれ、山となれだっ。
「まずはー自己紹介からですかねー? ななみは、古谷ななみというものですー。こう見えてもー、館高校二年なんですよー?」
スーツ姿だったから、成人かと思っていたが、高校生らしい。まあ、自称だから、どこまで本当かわからないが。
「私の名前は……」
警戒しつつ、偽名を使って自己紹介をしようとすると、
「犯人さんの自己紹介はいりません。どーせー、刑務所行きですからー。それより、どうしてーこんなことしたんですかー?」
自称ななみは途中で割って入る。
「だから、何度も言うけど、私、犯人じゃないのっ」
「じゃー、犯人じゃないという証拠はあるんですかー?」
「私が犯人だという証拠はあるの?」
お? この切り替えし方うまいんじゃない? どこかで聞いた台詞の気もするが。
「事件現場の近くで挙動不審な動きをしてましたー」
古谷ななみと名乗る女性は、口を尖らせて不満げに答える。
「それは、状況証拠だけでしょ? 物的証拠があるわけじゃないじゃないっ」
「じゃー、どうしてーあんなところでうろうろしてたんですかー? まさかー、高校生にもなって迷子とかいいませんよねー?」
うっ、ぽわっとしてる割には、核心をついてくるな。マドみたいっ。
「も、もちろん、迷子じゃないよっ」
私は迷大人なんだからっ……とは付け足さない。
じゃー、どーしてですかー? 自称ななみは首を傾げる。
「そ、それはもちろん、この事件を解決しに来たのっ」
まあ、あながち嘘ではない。ちさ姉の……もとい、町の平和を乱す輩は許せないからねっ。
「そーなんですかー? じゃあ、ななみと目的は一緒ですねー」
「まあ、そういうことになるかな?」
「じゃー、ななみ達は仲間なんですねー?」
「なんでそうなるの?」
聞き返した途端、自称ななみは、にこにこしながら、黒リムジンの窓を開ける。
「最上ー。この人、犯人みたいですー。けーさつに……」
「だーっ、ちょっと待って。仲間っ。私たちは仲間っ。一万分と二千秒前くらいから、もう友情が芽生えてるからっ。ななみさんでしょ? ほら、名前も覚えたしっ」
「そうですよねー。それじゃー、一緒に捜査開始でーす」
……神は私を見放したようだっ。
私の不幸はまだ続くの?
これもなにもかも、マドのせいだっ。くっそー。なんで、こんなわけもわからない人に付き合わなければならないんだ。
……
あっ。そうだ。逃げればいいんだ。別に、捜査に付き合う必要ないじゃんっ。ベリーグッドアイディアっ。
「えっと、私、ちょっと、トイレに……」
それらしい言い訳で、車から出て、その場から立ち去ろうとすると、
「ななみお嬢様を裏切ったりしたら、傷害事件より、重い罪になることをお忘れなく。明日には、国際指名手配犯ですよ」
耳元で、最上さんが囁く。
逃げようとした私がおばかさんでしたっ。ああ、もう付き合いますよっ。最後までっ。
仕方なく、車へと戻る。
「あれー? トイレはもう済ませたのですかー?」
「いや、なんか大丈夫だったっ」
「それは、良かったですー。えーと……」
自称ななみさんは、二つおさげのシュシュを弄びながら、悩み始めた。
「そーいえば、まだー、お名前聞いてませんでしたねー?」
斜めにズレてしまった銀縁眼鏡をなおしながら尋ねてくる。
「美穂ですっ」
満面の笑みで微笑みながら言った瞬間に、黒サングラスに黒スーツ姿の最上さんにポラロイドカメラで写真を撮られた。
あっ。しまった。偽名にするの忘れたっ。もし、裏切ったら、国際指名手配犯か……とほほ。
「美穂さん。ななみはー、ずーっとこの前を見張ってるんですけどー、全然怪しい人は来ないのですよー。どうすればいいんですかー?」
どうするもなにも、私、事件については何も情報を持ってないから、動きようがないんですけど……そうだっ。
「ななみはー、明日までにこの事件を解決まで導かなければならないのです」
「何故? 明日までって時間制限を作ってるんですか?」
「えっとー、それはー、何ででしょうかー?」
いやいや、こっちが聞きたいよ。
「とにかくー、一秒でも早く解決に向かいたいということなんですー」
「そっかー、とにかく早期解決がしたいんだねっ。まず、事件の状況を確認したいんだけど、ななみさんの持ってる情報を確認してもいいかな?」
さりげなく、相手に共感し、私が事件について何も知らないことを隠しながら、情報提供を求める。うんっ。最善の言い方だっ。
「美穂さん、本当に事件について調査していたんですかー?」
私の態度に怪しいところがあったか、自称ななみさんが、疑いの目を向けてくる。
本当に、この娘、痛いところをついてくるなっ。
「あ、当たり前じゃないっ。今、手元に資料がないから、頭の中にしか情報はないけどっ。私の情報と、ななみさんの情報が、同じものか確認しようとしただけなのにっ。ななみさんこそ、本当に事件について調査してたの?」
いわゆる一つの逆ギレという処世術である。
「してましたよー」
自称ななみさんは、むくれて答える。処世術、成功っ。
「じゃあ、どこまで調べたか、教えてよっ」
「いいですよー。えー、ななみの調べによりますとー、被害者の男性は、午後四時に、帰宅。そのまま、お風呂に入ったそうですー。約十分後、その男性の悲鳴があったらしいですー。その悲鳴を聞いて、被害者の奥さんとお母さんと弟が、風呂場に駆けつたのですがー、被害者の名前を呼んでも、返事がなかったそうですー。鍵も中からかかっていて、開かなかったのでー、三人で協力して、ドアを壊すと、そこには、刺された被害者がぐったりしていたそうですー」
自称ななみさんは、分厚いファイルを使いながら、私に説明してくれた。
こうなれば、ペースは、私のペースだ。ガンガン質問しようぜっ!
「ななみさん、犯人の推定身長って知ってます?」
自分がさもその情報を知っているかのように尋ねる。
「はいー。包丁の刺さり具合からー、おそらく百五十から百七十くらいで非力な老人あるいは、女性の可能性が高いそうですー」
「あっ、知ってましたかっ。でも、それって、ほとんどの大人に当てはまりますよねっ。非力っていうのも、ただ刺さり方が浅かった可能性もあるわけでしょ?」
「まあ、あくまで可能性が高いだけで、あんまり当てにはならないって、資料にも書いてありますねー」
お? 私のトークいい感じじゃない? 情報0の人が話しているようには聞こえないなっ。
今度は、情報を持ってないフリをしながら尋ねてみようっ。
「そういえば、お風呂場の窓から人は入れるんですか? 私の調査だと、そこまで調べられなくて」
「えーっと、窓には鉄製の柵があってー、入れないそうですー。壊された形跡も見つかってませんねー」
ふーん、犯行現場は、一種の密室状態だったってことかっ。
「犯行時、三人にアリバイはあるの?」
「手元の資料によりますとー、三人が嘘の供述をしていない限りー、三人とも、アリバイはあるみたいですよー」
トリックでも使わない限り、三人の犯行は無理か。
「ちょっと待って。被害者の家族はそれだけだったっけ?」
「えーっと、被害者を含め、五人家族ですねー。被害者とその妻。被害者のお母さん。それに被害者の弟と被害者の息子さんですー。息子といってもー、まだ五歳ですよー」
ななみさんは、私が質問すると、即答する。どうやら、資料をかなり読み込んでいるらしい。
「今ある情報だと、外部犯の可能性が高いから、ななみさんはここに居たということ?」
「はいー。その通りですー」
「自殺という可能性は?」
「被害者は、自殺をするようなネガティブな人ではなかったそーですよー。会社でも、至って真面目で、恨みを買うようなことはしてないそーですー。それにー、自殺ならー、風呂場で背中を刺すでしょうかー?」
ななみさんの言うとおりだ。
包丁で自殺をするとしたら、お腹とか、胸とかを刺すだろう。わざわざ、背中を刺す人は皆無といっても、過言ではない。
「被害者が精神疾患を持ってたりは……」
「持ってないですー。さっきも言いましたが、真面目な人なのですー」
真面目な人が自殺するって話はよく聞くけど……
「この事件、わかんないっ。現場に行けたり、事情聴取ができたりすればな」
「できますよー」
そうだよねっ。一介の高校生が簡単に、事情聴取ができる……って、
「できるの?」
声を荒げてしまう。
「はいー。ななみも一回してみたかったんですよー。じじょーちょーしゅー」
「どうやってそんな超法規的措置を?」
「それはー、企業秘密ですー」
ぽわーっとした笑みを浮かべながら、口の前に人差し指を持ってきて、内緒のポーズをとるななみ先輩。
恐るべしっ、古谷ななみ先輩っ。
「一人ずつ来るように指示したのでー、一人、五分くらいしか事情聴取できませんー。よく考えてからー、質問してくださいねー」
どんな質問をしようか、あれこれ思案していると、
「お嬢様、『あれ』ができました」
最上さんが、ななみ先輩に手帳のようなものを渡す。
「ありがとうございますー」
ななみ先輩は、それを受け取ると、その一つを私に差し出した。
え? これ、偽造の警察手帳? しかも、私の写真つきだし。
さっき撮られた写真ってこういうことだったの?
良かったっ。指名手配犯用じゃなくて。
「焼き増しもしてあります」
さっきと同じ様に、耳打ちされる。
……ですよねっ。この空間において、私の肖像権は剥奪されてますよねっ。
偽造手帳がばれたら、全て私のせいにする気ですよねっ。
私の気持ちとは裏腹に、
「それでは、れっつ、ゴーですー」
呑気な甘ったるい声が、私の心をがんじがらめに縛っていた。
奏家の玄関前では、緑色の長袖ティシャツにジーパン姿の中年女性が独り立ちすくんでいた。身長は百六十センチくらいだろうか?
ぽっちゃりしていて、お世辞にも運動しているとはいいがたい体型だ。
「被害者のお母さん、奏 果歩さん。五十七歳ですー。でも、明後日で五十八歳ですねー」
ななみ先輩の耳打ち。
「了解。この人に事情聴取すればいいんだねっ?」
果歩さんに聞こえないように、小さな声で会話を続ける。
「そうですー。ななみはー、嘘が苦手なのでー、会話は美穂さんにお任せしますねー」
「あの、貴女たちは?」
こそこそ話しをしていたせいだろうか、怪しみながら、果歩さんが尋ねてきた。
「あ、私たち、怪しいものではありません。警察のものです」
慌てながら言葉を紡ぎだしたのが悪かったのか、すごく警戒されている。
「……って言っても、説得力ないですよねっ?」
うわっ、どうすれば信じてくれるんだろう?
「しゃべり方が警察の人には聞こえないんですけど」
やばいっ。完璧に私たちを疑っているっ。
ばれたら、国際指名手配犯。国際指名手配犯。国際指名手配犯。
どうしよう? どうする? どうすれば?
もう、思考はぐちゃぐちゃだ。
「警察手帳を確認させてもらってもいいですか?」
それだっ。警察手帳。ナイスアドバイス、容疑者さん。
「あっ、すみません。私たちこういう者ですっ。奏果歩さんですね?」
偽造手帳を果歩さんの眼前に差し出しながら、確認をとる。
「こちらこそ、すみません。あまりにこそこそと話していらっしゃったので、少し、警戒してしまって」
「構いませんよっ」
本当は、偽物なんですからっ。
「それよりも、時間がありませんので、お話を聞かせてください」
「そうですね。でも、何から話してよいものか……」
「それでは――」
「美穂さーん。ちょっと待ってくださーい。まだ、メモの用意がー」
ななみさんは慌てている。
「書くものがないですー。美穂さーん。貸してくださいー」
ななみさん、胸ポケットの、ボールペン。
と五・七・五でつっこみを入れようとしたら、ふと最上さんの顔が思い浮かぶ。
「はいっ。ななみ先輩っ。是非、このペンをお使いくださいっ」
ペンを貸すまでの所要時間、わずか0.1秒。
まだ私は犯罪者になりたくないっ。
私の速さに果歩さんも目を伊万里焼のように丸くしていた。
んっんー。と軽く咳払いをして、警察のように振る舞う。
「事件前の確認からお願いします。事件当時何をしていましたか?」
「はい。四時を過ぎた頃、私は、田井中の奥さんと玄関で世間話しをしていました。十分ほどして、太司の悲鳴が聞こえたんです」
「その時、おかしいとは思わなかったのですか?」
「その時は、浴槽で転んだくらいだろうと思いました。一応様子を見に行ってみようと思い、そのことを田井中の奥さん伝えると、田井中の奥さんも夕食の準備があると言って、世間話はお開きとなりました。田井中さんと入れ替わりに、弟の裕二が帰ってきました」
警戒が薄れたのか、果歩さんは、流暢に話し始めた。
「弟さんが帰って来たのは、悲鳴の後ということですね?」
メモを取りながら確認する。
「そうだったと記憶しています」
「裕二に悲鳴の旨を伝えると、一緒に様子を見に行こうということで、風呂場に向かいました。途中で小枝子さんと会い、三人で様子を見に行きました。その時、『いけー』という怒声が聞こえたのです」
「『いけー』ですか? 『いてー』とかではなく」
「はい。『いけー』だったと思います」
「風呂場から怒声なんて聞いたことありません。きっとなにかあったに違いないと思い、風呂場の前で声をかけたのですが、太司はうんともすんともいいません。弟の裕二が、ドアノブを手に、開けようとしたのですが、鍵がかかっていて、開きませんでした」
「なるほど」
「だから、三人でドアを破ろうということになったのです」
果歩さんは、絆創膏がはられている左手の人差し指を見ながら、続ける。
「人差し指の怪我はその時のものですか?」
「ええ。さすがは、刑事さん。その時のものです。その時は、太司が中で倒れてるかもしれないと無我夢中でしたから。だけど、太司が刺されているとは、夢にも思いませんでした」
「その後はどうされたのですかー?」
「私は、救急車を呼びに、その場を離れました」
「じゃあ、風呂場には、裕二さんと、小枝子さんが残っていたということですね?」
「そこは、見ていたわけではないので、よく分かりません」
「風呂場の鍵を壊したとき、人影を見たとかはないですか?」
「私は、見ていません」
……
果歩さんは、きっぱりと断言し、不思議な間が空く。
「あのー、質問いいですかー」
その間を、ななみ先輩は切り裂いた。
「なんでしょう?」
「救急車を呼んだ後はー、何をなさっていたんですかー?」
「恥ずかしながら、気が動転してしまって、あまり覚えてないんです」
まあ、家族が何者かに刺されていたら、そりゃあ、ビックリするわなっ。
「なるほどー。それではー、質問を変えますー。お職業はー、何をされていますかー?」
「今は、レジ打ちのバイトをしてます」
「田井中さんとはー、毎日顔を合わすんですかー?」
「毎日というわけではありませんが、平日で暇なら、よく顔を合わせますね」
平日いつも顔を合わせているなら、田井中さんも、容疑者リストに入れた方がいいのだろうか?
いや、悲鳴があった時、果歩さんと話していたのだとしたら、田井中さんに犯行は無理だっ。
「世間話は、よく、玄関先でされてるんですかー?」
「ええ。恥ずかしながら、部屋が汚いので、いつも玄関先なんですよ」
「じゃあ、田井中の奥さんはー、奏家には入ったことはないんですねー?」
「そうですけど……それが何か?」
「いえいえー。たいしたことではないんですー。なるほどー。捜査協力、ありがとうございましたー」
ななみ先輩は、へにゃっと敬礼をして答える。
果歩さんは、黒のリムジンに乗ってどこかへ去っていった。
「次はー、奥さんのー奏小枝子さんですねー。もう少しで到着するはずですー」
「うん。その間、田井中さんとも接触できないかなっ?」
「あー、『裏をとる』ってやつですねー。それはー、最上にやらせていますー。田井中の奥さんは奏さんの家に出入りはしていないようですしー。アリバイもありますー。おそらく、犯行はできないと思いますがー」
ななみ先輩の言う通りだっ。
「でもー、美穂さんが自分で調査したいというのであればー、最上を下がらせますがー、どーしますかー?」
言いながら、携帯を取り出す。
ななみ先輩って、見た目以上に仕事がはやいっ。手回しがはやそうなタイプには見えないのに……
ま、まさか、お嬢様として生き残るためには、いくつもの顔が必要なのかっ?
いわゆる、ペルソナってやつ?
ほんわかした口調の裏には、てきぱきとした人格があるに違いないっ。
織田信長も子どもの頃、賢いと思われると自分の命が危ないと感じて、バカのふりをしていたって授業で習った気もする。
ななみ先輩もきっと、そういう類に違いないっ。
大変なんだねっ。お嬢様っ。負けるなっ、お嬢様っ。がんばれ、お嬢様っ。
「あのー、美穂さーん?」
私の眼前で手のひらをふりながら、私の魂の居場所を確認している、お嬢様先輩。
「え? あ? うんっ。裏取り捜査は、最上さんに任せるよっ」
「それじゃー、ななみが調べたー、奏小枝子さんについての噂を教えますねー」
「噂?」
「はいー。どうやら、小枝子さんはー、最近―、弟の裕二さんと仲がよく、できているのではないかと噂されていますー」
「なるほどっ。これから会う二人は、犯行の動機としては、十分ってわけかっ」
犯人の可能性も考慮しながら、話しを聞かねばなっ。
しばらく待っていると、三十メートル先で黒のリムジンが停り、そこから、痩せた女性が出てきた。女性はこちらへ近づいて来るものの、心なしか、女性の足取りは重い。よくよく観察すると、松葉杖をつきながら、歩いていた。骨折でもしているのだろうか? 左足には、ギプスをしている。
「あの人が、小枝子さん?」
「はいー。そうですよー」
「えっと、太司さんって、DV常習犯とかじゃないよねっ?」
「そんな情報はないですよー」
松葉杖なしだと歩けないような怪我をしていたら、犯行は不可能に思えるが、新しい証言が訊けるかもしれないっ。
「小枝子さん、松葉杖で大変そうですー」
「ななみ先輩、私たちが小枝子さんに近づきましょうっ」
言いながら、二人で、小枝子さんに近づく。
近づきながらも、小枝子さんの風貌をチェック。
上下、黒のジャージ姿で、サンダル履き。マドより少し大きいくらいだから、おそらく、百五十数センチってところだろうっ。長いつけまつげやファンデーションなど、けばけばしいメイクで、近づくと、化粧の匂いがぷんぷんした。年齢は、二十代後半ってとこかな? 今にも光り輝きそうな金髪と、燃えるように真っ赤なマニュキュアとペディキュアが、派手好きな性格を物語っていた。左足を上げての生活が長いからか、右足と腕の筋肉が引き締まっているように見える。
小枝子さんとの距離、二メートルのところで、立ち止まり、呼吸を整え、
「奏小枝子さんで間違いないですねっ?」
二の轍を踏まないように、警察手帳を見せながら、話しかけた。
「は……い……そうですが……」
それなのに、疑いの目を向けながら、歯切れの悪い返事をしてくる。
なんで? これまでのやり取りで、不自然なところはなかったはずだが……
「どうかされましたか?」
怪しまれないように、口数少なくたずねる。
「いえ、貴女の格好が館学園の制服ですし、お二人とも若くて、びっくりしてしまったの」
やっばっ。
考えてみれば、私、制服じゃん。
格好は不自然じゃん。疑われて当たり前じゃん。
ばれたら、国際指名手配犯。国際指名手配犯。冷や汗が全身に流れる。
「ははは。この格好は、囮捜査ってやつですっ。別件で、痴漢の事件も請け負っていたのですっ。犯人は、高校生しか狙わないという卑劣な犯人で、私たち、新卒に白羽の矢がたって――」
「そうなんですか。刑事さんも大変なのね」
髪を耳にかきあげながら、小枝子さんは納得する。
ほっ。なんとかごまかせた。
警戒心が解けたとたん、
「はやく、太司を刺した変質者、捕まえてよ」
小さいが、芯のある声で、懇願してきた。
『変質者』……ね。
「そのために、事件の時、何をしていたかを聞かせてください」
「その時、食器を洗ってたの」
「なるほど。食器を」
「そしたら、太司の声がして、風呂場にいったの。途中、お義母さんと裕二さんと合流したの。風呂場の前で声をかけたのに、太司はうんともすんともいわないの。心配になった裕二さんが、ドアノブを手に、開けようとしたのですが、鍵がかかっていて、中を見れなかったから、三人でドアを壊すことにしたの」
「そのお怪我でですか?」
足のギプスに目を向けながら、尋ねる。
「怪我をしてたって、体当たりくらいできるの」
「ドアを壊したその後は、どうされましたか?」
「恥ずかしいけど、太司さんの傍で、ただただ泣き崩れるだけだったの」
「その時、裕二さんや果歩さんはどうしていましたか?」
「裕二さんは、太司さんの止血をしようとしていたの。お義母さんは、救急車を呼んでくれたの」
「変質者を見たりとかは?」
「そういえば、外に誰か居る気配がしたの」
お、新証言っ。確かに、さっき、『変質者』を捕まえてと言っていたなっ。
「姿は見なかったんですか?」
小枝子さんは、頷いて返答した。
でも手がかりは無し……と。
「なんで、不幸がこんなにも続くの?」
突然、小枝子さんが涙を目にためて訴えてきた。
「他にも何かあったのですか?」
「一ヶ月前は、食中毒。三週間前は、転んで靭帯を痛めて、一週間前は、車で事故を起こして、骨折。そして極めつけは昨日の変質者。もういい加減にしてほしいの。来週には、太司の誕生日も控えているのに」
頭をばりばりとかきむしりながら、発狂する。
なるほど。これで、なんとなくわかった。足のギプスは、きっと車で事故をおこした時の怪我なのだろう。
「落ち着いてください。たまたまの偶然が重なっただけです。我々が責任をもって、犯人を捕まえますから」
「話がすんだなら、はやく変質者を捕まえてちょうだい」
「あのー、質問いいですかー?」
お嬢様先輩がイヤリングを揺らしながら尋ねる。
「太司さんの入浴時間なのですがー、毎日、この時間なのですかー?」
「ええ。残業がなければ、いつもこの時間なの」
ふむふむ。
「小枝子さんはー、お職業の方は、何をされてるんですかー?」
「専業主婦なの」
「じゃあ、料理はすべて小枝子さんがするのですか?」
「いいえ。平日には、お義母さんもするし、休日には、太司さんも裕二さんもするの」
「あとー、最後にひとつだけーいいですかー?」
「なんなの?」
「お風呂へ向かう途中、『いけ』という、太司さんの声は聞こえましたか?」
『いけー』という言葉を聞いたとき、小枝子さんは一瞬びっくりしたような顔をしたが、すぐに冷静になり、「聞いていないの」と、一言。
お嬢様先輩は、小枝子さんの呟きを聞くと、満足したようで、
「どうもーご協力―ありがとうございましたー。それでは、リムジンへ」
と、小枝子さんを案内していた。
「最後はー、裕二さんですよー。張り切っていきましょー」
「張り切る前に、一度スーツか何かに着替えてもいいかなっ? もう疑われたくないんだよねっ。今日だけで寿命が二十五年は縮んでると思うし」
「でもー」
ん? 何か問題でもあるのかなっ? スーツはもうないとかかな?
「着替えと言ってもー、本物の制服が一着しかないんですけどー?」
「そうだよねっ。本物しかないよねっ……って、あるの?」
「はいー、一着だけですがー」
本物?
いったいどうやって手にいれたの?
そんなこと、聞くだけ野暮か。
でも、なんで、言いよどんでいたんだろう?
ななみ先輩がスーツだからかな?
「十分だよっ。制服の方が怪しまれるしっ。ななみ先輩は、私服警官って誤魔化せばいいでしょっ?」
「そうですか? それではー、車の中へー」
クリーニングに出されたばかりなのだろう。警察官の制服には、皺一つ見つからない。
その制服に袖を通し、脱いだ制服をきれいにたたむ。
思いのほか、リムジンの中での着替えは難しかった。
着替え終わって数分後、黒のリムジンが到着して、がたいの良い男が降りてきた。
身長は百八十センチくらいかっ。肌が黒く、ネズミ色のタンクトップを身にまとっていて、もりもりな筋肉がかなり露出されている。肉体労働に従事していることが簡単に想像できた。
予想される犯人像とは、似ても似つかないけど、捜査を攪乱するために、わざと、下方から力を抜いて、包丁を刺した可能性もなくはないっ。
気を引き締めて事情を訊かなくては。
「奏裕二さんですね? 私たちは、こういう者です」
今度もななみ先輩とともに警察手帳を見せながら、警戒を解こうとする。
「ああ」
裕二さんの声は身長と反比例するかのように低かった。
「私たちは警察のほうからきました」
まあ、正確には、『私たちは、警察署のある方角からきました』というのが、実際だが。
機会があったので、昔、詐欺師がよく使っていた手口を使ってみたっ。
「ああ」
ぶっきらぼうな声わ出す裕二さん。
じろじろとなめ回すように私を見て、距離を置く。
あれ? もしかして、私また警戒されてる?
でも、話し方はそれっぽくしたし、警察手帳も見せた。服装も本物だし、疑う余地はないはずだけど……
ななみ先輩がスーツだからかなっ?
「こちらの古谷巡査は、別件でスーツですが、お許しください」
「ああ」
なんでだろう? 全然警戒を解いてくれない。
「あんた、一つ聞いていいか?」
うっ、私? なんで?
「は、はいっ。何でしょうか?」
できる限り平静を装うつもりだったが、声が裏返って、言葉に詰まってしまう。
なんだろう? 『警察のほうから来た』っていうのがばれたのかな?
「あんた、なんでその服なんだ?」
「えっ?」
ななみ先輩いわく、この服は本物のはずだけど?
まさか、偽物のコスプレだったとか言うんじゃないんだろうな。
ななみ先輩、裏切ったな。もう一度服を見直す。
いやいやいや、この制服、見たことあるよっ。
警官の服だよっ。
正真正銘、本物だよっ。
もしかして、裕二さんが間違っているのでは?
私たちが若いことを疑って、裕二さんが、かまをかけた違いない。
「これは、本官の制服ですが、何かっ?」
そうとわかれば、こちらのものっ。強気の態度で応戦だっ。
「その服、夏服だろ?」
「……夏服?」
「ああ。まだ衣替えの季節でもないのに、なんで夏服なんだ?」
あっ。そういうことっ。
「今日は、少し暑かったので、間違えて夏服を着てしまいました」
うっわ。言い訳がましいよっ。
こんな苦しい言い訳が通じるはずない。
どうしよう?
「そうか」
え? 信じてくれるの? ラッキー。裕二さんが、ちっちゃいことを気にしない性格で良かったっ。
また疑われても面倒だっ。このまま、事情聴取に移ろう。
「昨日の事件の経緯について、いくつか質問しても良いですか?」
「いいけど、条件がある」
「条件?」
「俺は、何度も同じ質問に答えるほど、気が長くない。一問一答形式で質問してくれや」
まあ、私たち、偽物警官だから、ある程度までは、許してやるよっ。(上から目線)
「自分が不利な立場に置かれてもよいのであればー、その限りではありませんがー」
「かまわん。俺は犯人じゃないからな」
「それではっ、昨日の午後四時前頃、どこにいましたかっ?」
「会社から駅に向かっていた」
「なんという駅ですかっ?」
「館駅」
館駅といえば、うちの学校の近くにある駅だ。
近くといっても学校から、自転車で十分はかかる。この家なら、もっとかかるだろう。
「そこではなにをしていたんですかー?」
「今度旅行するための、電車の切符を買っていた」
「それを証明できるものは?」
「昨日、お前ら警察が押収したじゃろがい」
裕二さんは、少しキレ気味で答える。どうやら、本物の警官が、押収したらしい。
「それは、失礼しました。それでは、質問を変えます。駅から家まで、何で帰りましたか?」
「車」
「帰ってきてから、太司さんの叫び声を聞きましたか?」
「聞いとらん。ばばあが、一緒に風呂場まで来いと言ったから行ったんじゃ」
ばばあとは、果歩さんのことだろう。
「その時、『いけ』という声は聞こえましたか?」
「な……なんの話しじゃ?」
明らかに動揺している。
「いえ、『いけ』という声が近所から聞こえたという情報がありまして」
「それ、誰が言ってたんじゃ?」
裕二さんは目の剣幕を変えて、今にも飛び掛りそうな勢いで尋ねてくる。
教えないよーだっ。あっかんべっ。
心で思いながら、
「それを教えることはできません。守秘義務というやつです。それより、その声は聞かなかったんですね?」
丁寧な受け答え。私たちのほうが立場が上なのだよっ。偽警官だけどっ。
「いや……そう言われれば、聞いたかもしれないし、聞かなかったかもしれん」
どうやら、あやふやにしたいらしい。
「その後は、どうしましたか?」
「わしは、兄貴の止血に必死だった」
「止血している間、外に人の気配とかは?」
「止血に必死で気づかなかった」
まあ、あり得ない話ではないなっ。この話は信用してもよさそうだっ。
「他の人は、なにをされていたか覚えていますか?」
「ばばあは、どっか行っちまってたな」
確か、果歩さんは、この後、救急車を呼びに、電話をかけたはずだっ。話は合っている。
「小枝子さんは?」
「最初、泣いているだけだったが、その後、小枝子さんと卓は、兄貴の付き添いで救急車に乗っていった」
「卓というのは?」
新しく出た名前だ。
「兄貴と小枝子さんの子どもの名前じゃい」
あっ、五歳で記憶喪失になったっていう、あの悲劇の子どもか。今は、置いておこう。
「救急車が到着したあと、何をしていましたか?」
「救急隊員とほぼ同時に、警察官が来たから、そのまま事情聴取を受けた」
なるほど。救急車とパトカーはほぼ同時刻に到着したのかっ。
「最後に質問させてくださいー。裕二さん、お職業の方は、何をされているんですかー?」
「建築関係の仕事じゃ。現場の方のな」
「なるほどー。ありがとうございましたー」
裕二さんにお礼を言って、黒リムジンに乗るのを見送った。
「どうでしたかー? 事情聴取を終えて?」
「三人の証言にほぼ嘘はなさそうだったよ」
「ほぼということは、嘘もあったということですかー?」
「嘘かどうかはわからないけど、果歩さんは、『いけ』という言葉を聞いて、小枝子さんは、『いけ』という言葉を聞いていなかった。裕二さんは『いけ』といいう言葉をあやふやにしていた。ここが、なんか引っかかって」
「どういうことなのでしょうかー?」
この矛盾がわかれば、真相にたどりつけそうな気がするっ。
「他に、気づいたことは、ありますかー?」
「もし、犯人が内部犯の場合、今、事情聴取した三人はグルじゃないってことかな」
「それはどうしてですか?」
「それぞれ、証言はそれぞれ違っていたからっ」
「どういうことですか?」
「もし、三人全員が共犯だった場合、口裏合わせをして、外部犯だと言い張るはずだよっ。例えば、『犯人は、百六十センチくらいの男で、どこかへ去って行った』とか、証言を統一させて、外部犯のせいにすると思う」
「なるほどー。今回は、三人がそれぞれ、三人の視点で証言してくれましたよねー」
「そう。だから、共犯の確率は低いと考えられる。まあ、あくまで、可能性が低いってだけだけど」
「他には、何かありましたかー?」
ななみ先輩は、子犬のような目で、興味津々で訊いてくる。
「今回分かったのは、こんなものかな」
私がしゃべり終えると、
ピリリリリ……お嬢様先輩の携帯電話が鳴り響いた。
「あー、最上―。え? ふむふむ。なるほどー、そうなのですかー」
お嬢様先輩が電話を切って、私に告げる。
「田井中さんから、面白い話が聞けましたー。田井中さん、昨日、予定が入っていたのにー、果歩さんに無理やり、話に付き合わされたそうですー」
無理やり?
そういうこと聞くと、皆、怪しく見えてくるっ。
まずは、無理やり田井中さんと世間話をした果歩さん。まるで、自分のアリバイをつくっているみたいだっ。
そして、『いけ』という言葉に反応した、小枝子さん。裕二さんと浮気したことがばれたと考えれば動機も十分。
最後に、『いけ』という言葉を隠そうとした、裕二さん。小枝子さんと同じように、動機もある。
唯一、動機がないのは、果歩さんくらいだけど……
「とりあえずー、話の聞ける人の事情聴取はー、終わりましたねー」
「あとは、被害者の息子の卓くんだけど……」
「身長がー、百二十三センチの可愛い男の子ですー」
ななみ先輩が差し出した写真には、青いオーバーオールを着た男の子が屈託なく笑っていた。
「ピアノが大好きだったらしいですけど、記憶喪失ならー、事情聴取なんてできないですよー」
ななみは、まだ若いのに、かわいそうですーと呟く。
「そうだよね」
お父さんが刺されて、記憶喪失だもんね。事情聴取なんかできるわけないよね。
「卓くんの事情聴取できないなら、はやく、現場検証しましょうっ」
犯人を見つけ出すことが最優先事項だっ。
「でもー、現場に入れるまでー、まだ時間がありますねー」
携帯電話の時計を見ながら、ななみは答えた。
「時間?」
「はいー、警察の方との取引は、十六時からなのですよー」
したんだ。取引。警察と……
どうやって? ……とか訊くのはやめておこう。
「それじゃ、館駅まで行ってみようっ」
「美穂さんがー、そーいうと思ってー、最上にここへ来るように電話のときに言っておきましたー」
い、いつの間に。
キキーッ
ブレーキ音が響き渡り、最上さんが降りてきて、どうぞ中へと促す。
「最上―、館駅まで、最速アクセルで、トライアルですー」
「はっ」
と言った瞬間、ウーウーうなっている青いパトランプをリムジンの上につけ、ギュイ―ンというエンジン音とともにリムジンが動き出した。
……って、速すぎだよっ。最上っ、ここ街中っ。時速百キロって、どういうこと?
……って、信号も無視っ。
……って、ここ、他人の庭の中っ。
……って、ななみ先輩っ。もっと速くーって……ええっ?
リアルジェットコースターだよ?
キキー
黒ジェットコースターが止まった。
「着きました。お嬢様」
「何分でしたかー?」
「六分ちょっとです」
最上が冷静に答える。
「六分で到着するのならー、弟さんが怪しいですねー。空いた時間で、色々なことができますー」
「いや、それはないんじゃないかな……」
「どうしてですかー?」
「もしも昨日、こんな暴走車がいたら、目撃者多数だと思うなっ」
「それもそうですねー」
「帰りは、安全運転で、裕二さんが使う最短距離でどの位の時間がかかるか、はかってみようっ」
「そうですねー。まったく、そんなことにも気づかないなんて、最上は何を考えてるんですかねー。クビにでもしましょうかー?」
このお嬢様、ふんわりした雰囲気で、怖いこというな。
「いやいや、最上さんは、ななみ先輩がたきつけたからだと思いますっ。あんなに、運転できる人なかなかいない貴重な人材だと思いますよっ」
「そうですかー? それなら、もう少し様子をみてみますー。それよりも、捜査の続きですー。この後はどうしますかー?」
「もし、昨日のことを知っている駅員がいるのなら、話をききたいなっ」
「それじゃー、レッツ・ゴーですー」
駅の階段を駆け上り、駅窓口に向かう。
今日は、高校の入学式がもう終わっていたせいか、夕方であるのに、駅の中は閑散としていた。
待合室を通りぬけて、緑の窓口へ足を進める。誰も並んでいなかったため、すぐに窓口へ立つことができた。
「すみません」
奥で仕事をしていた駅員を呼ぶ。
「はいはい。ちょっと待ってください」
十秒後、若い駅員がプラスチック越しにどかっと座った。
「あの、私たち、こういうものですがっ」
偽造手帳を見せながら、警察アピール。
若い駅員は、警察手帳をじっと睨みつける。
「あんたら、本当に警察の人?」
「ええ。そうですけど、どうかされましたか?」
「本当に警察官なの?」
すごく警戒されてる気がするっ。また、服装のことかな?
「そうですよー」
あっ、お嬢様先輩、そんな気の抜けた声だしたら、警察じゃないってばれますよっ。
お願いだから、私の仕事をこれ以上増やさないでっ。
「いや、こんなに可愛らしい警察官がいるのなら、俺も、警察官に転職でもしようかなって思って」
なんだ、ただの好色家かっ。私のびっくりを返せっ。
こっちは、疑心暗記してたんだぞっ。これまで、疑われ続けてたからっ。
「まあ、冗談はこれくらいにして、あんたら、なんの用だい?」
「昨日のー、事件のことでー、聞きたいことがあって来ましたー」
「昨日の事件? ああ、あの風呂場の事件ね。裕二のことだろ?」
「裕二さんを知ってるんですか?」
「知っているも何も、裕二と俺は、昔からの幼馴染だぜ」
「幼馴染ということは、太司さんのことも?」
「ああ。知っている。太司さん、高校生まではスポーツマンだったが、子どもができた今じゃ、テレビのバラエティ番組とかお笑い番組とか見て、ゴロゴロしているらしいぜ」
なるほど、今は、太司さん、ひきこもりがちなのか……
「逆に、裕二は、高校生までは、内気な性格でひきこもりがちだったが、今じゃあ、筋肉むきむきでヤンキーの真似ごとばかりしているらしいぜ」
「ありがとうございますっ」
メモを取りつつ、二人についてさらに詳しく訊く。
「他には、お金に困っていたとか、仲が悪かったとかは聞いてませんか?」
「弟は、金に困っていたと聞いたことがあるな……。太司がお金貸したなんて噂話も聞いたことある。だが、金を貸し借りしている割には、兄弟、仲が良いようには見えなかったな……」
お金を貸していたから仲が悪くなったとも考えられるが……
「他に、何か知ってることはありますか?」
「んー、事件に関係あるかどうかはわかんないけど、太司と裕二の母ちゃん、なかなか子離れができなくて、今でも溺愛しているっていう噂だよ」
「貴重な情報、ありがとうございましたっ」
「いやいや、これ位、どうってことないよ。他に聞きたいことはあるのかい?」
「昨日の四時頃、ここに裕二さんは来ていましたか?」
「ああ。仕事帰りに、立ち寄って、ここで、乗車券を買っていったぜ。なんか、急な仕事が入ったとかで」
「この駅を出て行ったのは?」
「三時五十八分だな」
「どうしてそこまで正確に記憶を?」
「二番線の電車がここに到着したと同時に、あいつ、ここを出たんだ。昨日はダイアも乱れていなかったから、三時五十八分に間違いない」
信号に引っかかる時間も含めれば、妥当な時間だ。
「それを証明できる人は他にいますか?」
「うーん。それは、わからんとしか言いようがないな。こんな片田舎の駅じゃ、防犯カメラなんてものもないし……。昨日、ホームにいらっしゃったお客様が覚えていれば証明できるだろうが」
この若い駅員が嘘をついているようには思えない。真面目に勤務してそうな雰囲気だし。
「そうだな、この後、君たちと合コンの席を設けてくれれば、誰か証言者がでてくるかもしれないな」
前言撤回。まじめよりも、好色家だ。
「ご協力、ありがとうございました」
若い駅員のナンパをかわし、その場から逃げるように黒ジェットコースターに乗り込む。
「あのー、最上さん。今度は、全ての交通規則を守って、車だしをお願いします」
携帯電話のストップウォッチ機能を起動させながら、最上さんにお願いした。
「わかりました。それでは参ります」
……
「到着です」
十二分二十七秒か
信号もところどころにあったし、普通に行けばそのくらい。
全員のアリバイがあるように思えるが……
この事件、小枝子さんが言っていたように、変質者が犯人なのだろうか?
私の混乱をよそに、
「それではー、現場の中にー、入ってみましょー」
お嬢様先輩は、フリルの手袋を差し出しながら、捜査を促す。
「えっとー、これは?」
「捜査用の手袋ですー。指紋がついたら大変ですからー」
いやいや、使うなら、せめて薄いゴム手袋だよ。
「冗談ですよー。えっとー、確か、先輩が買ってくれたーゴム手袋がー」
あった、あったと言いながら、はいー、どうぞー……とゴム手袋を差し出す。
「ありがとうございますっ」
捜査をすれば分かってくることもあるはずっ。気合い入れ直していこうっ。
幾重にも貼られているキープアウトのテープをまたいで、敷地内へと入る。
まずは、家の外からだっ。
変質者の犯行の場合もあるからなっ。
とりあえず、家の脇と塀との間を歩いていく。その幅、約1メートル。あまり広くはないものの、塀の高さも結構高く、少なくとも、1メートル60センチは超えている。
変質者が小柄なら、この塀のおかげで、誰かに見られる心配はないだろう。
住宅街の脇道は目につきにくいことも考えると、目撃者がでてくる可能性は限りなく0だなっ。
目撃者情報も期待できないか……
悲観的なことを考えていると、
「うわー、人がいなくてー、狭い道ですねー。しかも、高い壁ですー。こんなところで襲われたら、誰にも気づかれませんねー」
能天気なお嬢様先輩が空気を読めないことを口に出す。
確かに、今、私がこの場で変質者に襲われたら誰にも気づかれない可能性の方が高いだろうけどさ。
お嬢様先輩、もっと空気読もうよっ。
「犯人は、現場に戻ってくるということが一般的に言われてますけどー、本当なんですかねー?」
このお嬢様、さらっと、怖いこと言った。何故この場面で?
足を進める気がしなくなったんですけどっ。
「あれー? 美穂さん、歩く早さが遅くなってますけどー。もしかして、怖いんですかー?」
「こ、怖くなんかないですっ。そ、捜査ですから、し、慎重に進んでるだけですっ。証拠を見落とさないようにっ」
緊張感を保ちながら、一本道のつきあたりを左に曲がろうとした時、
「きゃー」
お嬢様先輩の悲鳴。
ばっと勢い良く振り返る。
「どうしましたかっ」
まさか、本当に変質者が?
「いたたたた」
視界には、転んでいるお嬢様先輩の姿。
「あー、すみません。躓いてしまいましたー」
どうやら、エアコンの室外機のファンを置くブロックに足を引っ掛けてしまったようだ。
お嬢様先輩はドジっ娘属性もあるらしい。
くまなく下を見ながら進んできたつもりだが、私が通った時には、気づかなかった。
ちょうど、お嬢様先輩が脅し始めた頃だっ。注意もせずに、無意識にブロックを避けて歩いていたのだろう。
「それにしてもー、このブロック、出すぎじゃないですかー? 危ないですー。よいこいしょーっとー」
言いながら、ななみ先輩は、しゃがみ、ブロックを手に持って奥に入れようとしていたななみ先輩だったが、よほど重かったのか、ブロックに両手を添えて、全体重をかけて押し込みはじめた。……って、ブロックを押し込みはじめた。
「ふー、これでー、大丈夫ですー」
「いや、大丈夫じゃないですってっ。先輩っ。『一仕事してやったぜ』みたいな顔してますけど、これって現場保存した状況を壊してるじゃないですかっ」
「現場保存―?」
あ、だめだ、この人。現場保存の意味が分かっていない。
「事件現場で勝手に物を動かしているのがばれたら、最悪の場合、捕まっちゃうんですよ」
「大丈夫ですよー。最悪の場合は、美穂さんに責任を押し付けますから―」
まじ、最悪だ。
「いいから、さっきのブロック、元に戻してください」
「えー、さっきのブロックー、重かったんですよー。ななみには無理ですー」
責任が私に押し付けられても困るので、私自ら、ブロックを引き抜く。
……って、このブロック、見た目以上に全然重くない。おそらく、五キロもないだろう。ななみ先輩、どんだけ力がないんだ? いや、そんなことよりも、警察にばれないように、元通りに見えるようにしなきゃ。
「えっと、こんな位でしたっけ?」
「えーとー、たぶん、そんな感じでしたー」
「次から、むやみやたらに物を触らないでくださいねっ」
「わかりましたー。気を付けますー。それよりも、捜査を再開しましょー」
本当にわかっているのか、不安になりながらも、促されるまま、犯行現場に向かう。
外側はどうなっているのか、観察する。窓は磨りガラスのスライド式で、その窓は黒い檻のような柵でおおわれていた。手前の窓だけ十センチほど開いている。
おそらく、黒い檻と窓の隙間を縫って、包丁をいれたのだろう。
磨りガラスを観察すると、ところどころに血飛沫が、黒い星をかたどっていた。
窓の中を覗き込む。お嬢様先輩の言う通り、一番低いところで、百三十センチくらい。小学校高学年くらいの身長なら、誰でも手の届く範囲だ。
ここで、窓の高さが、百六十センチくらいだったら、犯人が絞り込めるのに。
嘆いていてもしかたない。捜査を続けよう。
なにかトリックを仕掛けたようなところはないか? 目を凝らして窓をくまなく探す。
何も発見できない。
窓を覆う黒い柵にも壊したような形跡はみつからなかった。
「お嬢様先輩、地面に何か不審なものはないですかっ?」
「だめですー。めぼしいものは見つかりませんねー。なにかを掘った跡とかもありませんしー」
風呂場を後にし、先へと進む。
やはり、塀に囲まれていて、エアコンの室外機が2つ以外、特に目ぼしいものは見つからない……
「キャー」
悲鳴?
「大丈夫ですか? お嬢様先輩?」
「またー、エアコンの室外機から出ていたブロックに、引っかかって、転んでしまいました」
「またですか?」
私は、無意識に避けていたようだ。
「なんで、こんなにブロックがあるんですか?」
「たまたまですよっ……」
「……って、なんでまた、ブロック動かそうとしているんですか?」
「えー? だって、通行に邪魔じゃないですかー」
このお嬢様は、学習能力がないのか?
「だから、現場保存に協力してください」
…………
家の外回りをしてみたが、一周して同じ場所に戻ってきてしまった。
手がかりはゼロかっ。
残念。でも、ここで諦めたらだめだっ。
外に手がかりはないかもしれないが、中にはあるかもしれないっ。
お嬢様先輩に、中へ入ろうと促し、今来た道を戻っていく。
途中、お嬢様先輩の携帯が鳴り出した。
「え? 最上、それは、本当ですか?」
お嬢様先輩は声を荒げている。捜査に何か進展があったのだろうか?
「どうしたんですか?」
「新情報ですー、犯行に使われた凶器がー、被害者の家から一週間前に紛失した万能包丁だったのですよー」
ということは、もし、外部犯だとしたら、今から一週間前に被害者宅で包丁を盗み、昨日、その包丁で犯行をしたことになる。そんなリスクのあることを、変質者の類がするだろうか? 答えはノーだっ。計画的犯行だとしても、そのようなハイリスク、ローリターンなことは考えない。
つまり、犯人は、内部犯ということになるっ。
「包丁を持ち出せる人はだれだったっけ?」
「全員じゃないですかー? ほら、小枝子さんが言ってたじゃないですかー?」
そういえば、全員が料理すると言っていたなっ。
「じゃあ、包丁に指紋は?」
「家族全員の指紋がついていたそうですー」
全員か……
「家族全員以外の指紋はついていたのっ?」
「いいえー、家族以外の指紋はついていなかったそうですー」
凶器から分かったことは、ほぼ内部犯で間違いないということだ。
「内部犯の可能性が高いとなるとー、美穂さんが犯人の可能性はー、ほぼほぼなくなったわけですねー」
まだ、私を疑っていたんかいっ。心の中で突っ込み。
「さあー、美穂さんー、事件の真相に迫っていきましょー。中に何か証拠があるかもしれませんー」
確かに、お嬢様先輩が言うように、何か手がかりが残されているかもしれないっ。
促されるまま、玄関に入った。
警察の人の捜査の一環だろうか? 玄関から、廊下まで、びっしりとビニールシートに覆われている。
「先輩、これって、土足のまま上がっていっていいんですか?」
「土足のままでいいに決まってるじゃないですかー」
おお、こういう時のななみ先輩は、頼もしく見えてくるっ。
「だってー、普通ー、家に入る時ー、靴を脱ぐなんて聞いたことないですよー」
はいっ?家に入る時、靴を脱がない……?
「あのっ、もしかしてですけど、先輩って、外国育ちでした?」
「もちろんですー」
やっぱりだめだ。この先輩。日本の玄関で靴を脱ぐという風習を知らないようだ。
「あのっ、携帯で最上さんに土足であがっていいか確認していただけますか?」
「土足でいいって、ななみが言ってるのにー、何のためにー、電話しなきゃいけないんですかー?」
何のためにって……
「念のためですっ」
しぶしぶ、ななみ先輩は、最上さんに電話をかけた。
「土足で入っていいそうですよー」
ななみの言うとおりですー
ぷんぷんしているななみ先輩と共に、まだ、新築の香りが残っている、5LDKの平屋建て一軒家の廊下へと土足であがりこんだ。
「確かー、事件当日ー、果歩さんはー、玄関にいてー、そこからー、裕二さんと合流。その後、キッチンから小枝子さんと合流。話しの流れはあってますねー」
そういいながら、廊下を通って、風呂場まで向かう道が一本しかないのを確認する。ななみ先輩から渡されていた見取り図と同じだ。
玄関を通り、少し行くと左手には、ダイニングキッチンへ繋がるドア。
キッチンへと続くドアをスルーして、そのまま五メートルほど進んで左へ曲がる。
その間、右側には和室が二部屋あるけれど、ななみ先輩からもらった資料には、特別視するようなものは書いていなかった。
あっという間に、風呂場へと続く扉の前に着く。
小枝子さんが怪我をしていて、松葉杖をついていたとしても、三分はかからないだろう。
それに、風呂場までの道のりには、特に変わったものはなさそうだっ。
後は、風呂場だけど……
風呂場の入り口の扉は、プラスチック製で、半透明をより曇らせたような色の扉だった。
内側から鍵がかかるタイプの扉で、外側からは開けることのできないものか……。
鍵の部分は壊されているため、ドアノブが動かないが、特に仕掛けをしているような変わったところもない。ドアには、目立った血痕なども見当たらないなっ。
ドアの調査はこれくらいにしよう。次は風呂場の中だっ。
壁は緑のタイルでできていて、浴槽もそれに合う、薄緑色。一見すると、森のような感覚を漂わせている。浴槽は、大の大人一人が足を伸ばしても入れるほど大きかった。
鏡の前の台には、トニックシャンプーが二つに、女性用のシャンプーが二つ、子ども用シャンプーが置かれていた。リンスは兼用らしく、一つしか置かれていない。
固形石鹸に男性用カミソリ、髭剃り用のムースまである。
風呂場の中はところどころ乾いた血がはねていること以外は、あまり目立った感じはしないなっ。
「全然手がかりがないですねー」
「いや、一つ分かったことがある」
「シャンプーハットがないということですかー?」
何故ここにきてシャンプーハット? ななみ先輩、使っているのか?
「自殺の線が完璧になくなったってことですっ」
「えー? どうしてですかー?」
「ななみ先輩も言ってたじゃないですか。背中に刺すのはおかしいって」
「でもそれは、憶測で……」
「先輩、その憶測が確信に変わったんですっ。この風呂場には、カミソリがあります。もし自殺なら、常備してあるカミソリを使うはずです。包丁を使う道理がありません。これは、大きな進展ですよ」
「なるほどー。自殺の線は、ほぼ百パーセントないということですね」
自殺の可能性を消すことで満足した私たちは、ダイニングキッチンへと向かう。
ダイニング、広っ。ダイニングキッチンへ続くドアを開けての第一印象はこれだった。おそらく、二十メートル四方の大きさくらいかな?
しかも、かなり豪華じゃんっ。
ドアの正面には大きなクーラー。ドアの左脇には三人がけのソファ。中央には、円卓式テーブルと椅子。対角線上の奥には大型テレビが置かれていた。
こんなとこ住んでみたいっ。
「けっこう、狭い部屋ですねー」
薮から棒に何を言ってるんだっ。お嬢様先輩っ。こんなに広いのにっ。
お嬢様としたら、この部屋は狭いのか? トイレくらいの大きさなのか?
うらやましすぎるよっ。お嬢様。くっそー。一度でいいから、私もお嬢様に産まれたかったっ。
……って、今はそういう思考はいらないからっ。今は、キッチンを捜査しに来たんだろっ。
思い直して、キッチンへと向かう。
キッチンの流し場では、洗い途中の食器が放置されていた。
キッチンの状況を見るに、小枝子さんの証言に嘘はないだろう。
だが、念には念を入れて、ななみ先輩に尋ねる。
「キッチンに裏口の類ってありそうですか?」
「ないですねー。あるのはせいぜい、キッチンの横にある窓ですけどー」
お嬢様先輩がその窓から出ようと試みるものの、小さすぎて出れそうにない。
「この大きさなら、きっと、小枝子さんも出られないですねー。それに、結構高いですー。あの怪我では着地も難しそうですしー、外から中に入るのも難しそうですー」
この窓を使うのは無理だなっ。
「なるほどっ」
と頷くと、
「たーすーけーてー」
お嬢様先輩の声。
まさか、変質者……
……って、今回は思わないもんねっ。
お嬢様先輩、この美穂、同じ手は桑名の焼きハマグリなのだよっ。
「あー、窓にはまってしまいましたー。出してくださいー」
お嬢様先輩がじたばたしながら、助けを求めてくる。
やっぱりねっ。
「ななみ先輩っ、今度から、マドには注意してくださいっ」




