閑話~入学式の裏側で~
――同時刻――
「円葉先ぱーい。見てくださーい。これ、昨日、先輩の家の近くで起きた事件の資料でーす。先輩、ミステリー大好きですよねー?」
満遍なく敷かれたマットの上に寝転がりながら、気の抜けた甘ったるい声で、横に細長いフレームの眼鏡をかけた女性は尋ねてきた。
やはり、持ってきてくれたか。ななみ。だが、何故、部活発表前の薄暗いステージ脇で渡す? タイミングはいつでもあっただろうに。
次が、僕たち科学部の発表なのに。
ななみ、もうちょっとTPOをわきまえろよな。多分、今まで、渡すの忘れていたとかそういうことだと思うが。
とりあえず、資料の入った封筒を受け取る。
お、重い。これを家まで運んだら、間違いなく筋肉痛だ。
「僕、紙の資料、重いから嫌いだって、何度も言ってるよね? 電子化してROMに焼いてくるとか。なんとかしてきてよー。ななみー」
わざと聞こえるように、大きなため息をつきながら、端の方にあった跳び箱の上に資料を放置。
「ななみー、円葉先輩がー、紙の資料を嫌うのは知っていましたよー。だけどー、情報は速さも命じゃないですかー? 今朝の調べで判明した、新鮮そのものの情報をフレッシュなままー、お届けしたかったんですー」
まあ、ななみの言うことも一理ある。
自主的に情報を提供してくれただけでも、良しとするか。
ありがとうとは、口が裂けても言わないが、まあ、感謝だな。
「ななみ、そんなことより、例のものは持ってきた?」
「例のものですかー?」
ななみは、マットから立ち上がり、思い出すように、例のもの、例のものと呟き、二つおさげを束ねているシュシュを両手で弄びながら考える。
「あー、はいー。ななみは、先輩の言った通りのものを持ってきましたー」
ななみは、へにゃっと敬礼。
「よし。それを僕に渡すんだ」
軍隊の隊長風に言ってみる。
「はい。先輩のー、退部届け」
……
「誰がそんなものを持ってこいといった?」
僕より、身長と胸が十五センチも大きいからって、図に乗っているのか?
「だってー、先輩がー、退部届け作れってー、言ってたじゃないですかー? 筆跡鑑定士まで呼んでー作ってもらったんですよー?」
筆跡鑑定士の仕事は筆跡を真似ることを生業にしていないと、執事やメイドは、ななみに教えなかったのだろうか? あいかわらず、会話のない家庭だな。
「僕の退部届けじゃなくて、ななみの退部届けが僕は欲しかったの」
ため息をつきつつ、ななみにも理解できるように説明。
すると、ワンテンポ遅れて、
「えー、ななみのですかー? また、筆跡鑑定士さんを呼ばないといけませんねー」
と返してくる。つっこむところは、そこじゃないだろ。
「あー、でもー、ななみの退部届けなんだからー、ななみが自分で書けば、筆跡鑑定士さんはー、必要ないですー」
と口にしてから、
「待ってくださーい。ななみー、まだ、部活を止める気はないのですがー」
泣顔になる。
そこだよ。つっこむべきところは。
まあ、ななみの天然ボケぶりは今に始まったことじゃないからな。
「科学部を辞めちゃったらー、ななみー、どこにも居場所がなくなっちゃいますー」
「冗談だよ。冗談」
ぽろぽろとこぼれ落ちるななみの涙を、ハンカチで拭いてやりながら答える。
「悪い冗談はやめてくださーい。演劇部に居た時には、変な脚本を書いたせいでー、本当に辞めさせられたんですから」
「だから、悪かったって。僕のお家で、近いうちに、美味しいケーキでも食べさせてやるから」
まあ、僕が作るのではなく、千里がつくるんだが……
「本当ですかー? 先輩の家でー?」
「おそらくね。誘うのは僕ではないと思うが……」
「? ……先輩は時々何を言っているのかわからないですー」
「こっちの話だよ。ほら、ネクタイまがっているぞ」
ななみの青ネクタイを、直したふりして、会話を仕切りなおす。
「それでは、これより、ブリーフィングを行う。心して聞くように……」
僕とななみしかいない室内で、何十人もいるかのように振る舞う自分が少し情けなく思えた。




