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夢オチだったとしても……  作者: いたあめ(しろ)


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3/12

初登校

 外へ出ると、青々とした草木、風で舞い散る桜の花に、目を奪われ、自然と足がとまってしまった。

 今日から、この道を通うのか。なんだか、わくわくしてきたっ。


 両手を胸の前で組み、まっすぐ腕を伸ばして、そのまま上へと持って行き、大きく伸びをする。それから、胸いっぱい空気を吸い込み、春の香りを満喫。

 このまま、何時間もここにいれそうな気がするよっ。

 ……って、いかん、いかん。学校に向かわないと。まだ、マンションから、十メートルも進んでない。

 とりあえず、足を動かさなくてはっ。




 歩き始めて五分後、ドクン、ドクンと激しい心臓音。

 あれ? 中学時代、バスケットをやっていたから、この程度の運動じゃ、心臓への負担は、ないに等しいはずだけど?

 何故だろう? うっすらと汗もにじみ出る。

 今日は暑いけど、夏というわけでもないし。

 何なのだろう? このドキドキは?

 わくわくがドキドキに変わったのだろうか?



 いや、違う。そういう感情じゃない。

 あるいは、ちさ姉への恋が今この瞬間に芽生えたとか?

 いやいや、ちさ姉への愛は私が生まれた時から持っているし。

 んー、なんだろう?

 考えながら両腕を組み、二の腕をつかむ。


 ん? 両腕を組んで、二の腕をつかむ?



 ……はっ、私、今、両手に何も持ってないじゃん。

 いわゆる、手ぶらじゃん。

 この汗は冷や汗のあぶら汗だったの?


 もー、入学式早々なにやってんの? 私っ。

 中学三年の時は、置き勉だったから、全然違和感なかったよっ。

 はやくかばんを取りに行かないとっ。



 来た道をダッシュで戻る。

 家の周辺に着くと、私のかばんを持ったちさ姉と、マドが歩いていた。

 マドは、私を視認すると、いやらしい笑みを向けてくる。

 息を切らして走った私にちさ姉が大丈夫ですか? と聞いてきた気もしたが、それに答える余裕もない。

 ちさ姉は首をかしげながら、ぽつりと何かを呟く。



「――場――ってないはずですが――でしょうか?」

 よくは聞き取れなかったが、今は、遅刻しないことが先決だっ。

 かばんをちさ姉から受け取り、学校に向かって走り出した。

 走る――走る――ただひたすらに――メロスのように――

 いい感じに体も温まったっ。もっと、スピードをあげよう。



 ……と、思った刹那、ずきん。

 足下に痛みを感じる。まさか、ひねったか?

 ……いや、違う。これは、足裏の痛みだっ。

 どういうことだ?

 冷静に痛みの原因を探り出す。



 そうかっ。ローファーだ。この履物、靴底が薄いから、スピードを上げると、着地の時のエネルギーが、直に伝わってくるんだ。走れば、走るほど、ダメージが増えていくっ。

 今まで、ランニングシューズとかバスケットシューズとかスポーツ系の靴しか履いたことなかったから、分からなかった。

 今度から、遅れそうな時は、運動靴を用意した方が良さそうだ。

 スピードを出し過ぎて、足を痛め、走れなくなって遅刻なんていったら、それこそ元も子もない。

 痛みをぎりぎり我慢できるペースで走ろう。きっと、そのスピードが最高速度だ。



 はぁ、はぁ。結構走った気がするが、まだ、中間地点位か。

 この調子だと、遅刻するっ。


 入学式早々、遅刻したら、

『美穂ちゃーん、入学式に遅刻なんて、前代未聞だよ。しっかりしてよね』

 ……って、マドに馬鹿にされるっ。

 マドに馬鹿にされるだけならともかく、マドに触発されて、ちさ姉まで、

『美穂さん、姉であるわたくしまで恥をかきました。美穂さんとは絶縁です』とか言われちゃったら……

 家で誰も、私をかまってくれなくなるっ。そんなの嫌だよっ。



 絶対、遅れちゃ駄目だ。

 遅れちゃ駄目だ、遅れちゃ駄目だ、遅れちゃ駄目だ、遅れちゃ駄目だ!

 心の中で呪文のように唱える。

 もう、足の痛みなんか、かまっちゃいられないっ。

 全速力で走る、走る、走る――

 あっ。信号が。赤に。

 こんな時に限って――

 息を切らしながら、あたりを見回す。生徒らしき人影は見当たらない。

 うわっ。これって、かなりのピンチ?

 遅刻は断固阻止しないとっ。


 歩行者用のボタンを連打する。

 変われ、変われ、変われ、変われっ。

 なんで変わらないんだよっ。

 頼むから変わってくれよっ。

 待ち時間の数分が悠久のようだ。

 変わったっ。

 青になった瞬間、全速力で駆け出した。

 学校の目の前まで到着。腕時計で時間を確認すると、八時五十七分。

 まずいっ。こういう時は、中学の時の男子が使ってたおまじないを使うしかないっ。



 集中して――

 時よ止まれ。この、世界。

 私が思いを込めている最中、ピリリリリリ……私の携帯が鳴り響く。

 ポチッ

 何を思ったのか、そのコール音に出てしまった。電話の向こうからは、

「無駄な抵抗はやめて、さっさとお家へお帰りなさい……」とマドの呼びかけ。



 無駄な抵抗? なんのことだ?

 遅刻しないために走ることが、無駄な抵抗だとでもいうのか?

 わけが分からないので、電話を切って、また走ることに集中した。

 薄ピンク色の校舎が近づいてくるにつれて、私の動悸も激しくなる。

 携帯のコール音がまた鳴り始めていたがそんなの、無視っ。

 八時五十九分。何とか校門までって……



 え?



 校門が開いてない。

 黒い柵は開かれることなく、私の行く手を阻んでいる。確認。

 なんで? なんで?

 ピリリリリリリ……

 さっきから鳴り響いている携帯電話にでる。

「だから『無駄』だって言ったのに……」

 マドがキャキャっと笑いながら言う。

「はぁ、はぁ……どういう……こと?」

 息が切れて、言葉が言葉にならない。



「まあ、知らないのも無理ないか。うちらの学校の式典は、午後からしかやらないんだよ。入学式はもちろん、卒業式もね」

 マドはひょうひょうと言ってのけた。

「でも、入学式のプリントには……はぁ、はぁ」

「まだ分からない? 入学式のプリントは、われわれ生徒会が作成しているんだよ。封筒に封入するところまで」

「ってことは――」

「そう。みほのプリントだけ、時間を換えておいた。この僕、生徒会長の円葉様が直々にね。一年生は、十三時三十分集合。だから走るだけ無駄だって教えてあげたのに」

 マドは言葉を続ける。


「走り際にちさとが言ってたことに疑問を持つかと思って、内心、冷や冷やしていたのだよ」

 ちさ姉が言っていたこと?


『――場――ってないはずですが、――でしょうか?』

 もっと思い出せ。


『入……場もまだ作っていないはずですが、何故……集合なのでしょうか?』

 もっとだっ。


『入学式場もまだ作っていないはずですが、何故こんなにはやい集合なのでしょうか?』


「ああーっ」

 自然と声に漏れてしまう。

 私はプリントさえも信じることがままならないの? 信じるってなんですか?

 教えてください。今すぐ。

 見えるものが全てじゃないってこと?


「まっ、人生色々あるさ。んじゃ。」

 プッツン。


 くっそー、マドめっ。このまま、暴走したい気分だ。

 うぉぉぉぉーって叫びたい。しないけどっ。

 結論、マドが悪い。ムッキー。いつかギャフンと言わせてやるんだからっ。

 私は息を整えながら、今来た道をとぼとぼと歩いた。

 空を見上げると、高い空へとのびる入道雲。白い綿菓子のような雲の下では、桜が雪のように舞っていた。

 ああ、誰か、私に人並みの幸せを……



 桜並木が終わり、あとちょっとで家に着く前のT字路で、黒いパーカーで頭を包み、サングラスをかけ、マスクまでしている男を見かけた。

 怪しい……とか思ったら失礼だよね。

 花粉症で悩んでいる人かもしれないし。もしかしたら、私に幸福をもたらす使者かもしれないし。何事もポジティブに捉えなきゃっ。

 まずは、ちょっと様子を伺ってみよう。

 サングラス男は、きょろきょろと辺りを見回し、ゆっくりと歩を進め、電柱の陰に――

 ……って、おいおい。私に幸福をもたらす使者様、なにをそんなにこそこそしてるの?

 本当に怪しい人に見えますよ?



 びゅう

 突然吹いた向かい風。

 いったー、目に砂が入っちゃったよっ。

 ……って、あれ? 消えた――

 目を擦っている間に、花粉症らしき人はどこかへ行ってしまっていた。どうやら、ただの変質者だったらしい。

 まあ、私とは無関係だから良いかっ。そんなの放っておいて、家に帰りますか。



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