エピローグ~真実~
待ち合わせた公園に到着し、腕時計に目をやる。午後三時五十七分。
約束の三分前ですねー。最後の打ち合わせって、一体何のことでしょー? ベンチにでも座って待ってますかー。
ベンチに座ろうとすると、後ろから声がした。
「遅れてすみません。待たせてしまったでしょうか?」
足音もなく、小走りしながら、声の主は近づいてくる。
「今きたところですよー。お疲れ様ですー。千里さんー」
「お疲れ様です」
お互いに深々とおじぎ。
「お風呂場殺傷事件の『脚本』はどうでしたかー?」
「わたくしの希望以上のものでした。ななみさん、ありがとうございました」
「どーいたしましてー」
それは、良かったですー。前は、似たような脚本を書いて、演劇部を退学させられてしまったのでー。
「美穂さんが、マンションの前で見たという変質者というのも……」
「あー。あれは最上ですー」
変質者役のために、ななみのバタフライフレームのサングラスをつけた最上は、全然似合ってなくてー、可笑しかったですー。
「でもー、どーしてー、こんなお芝居をする必要があったんですかー?」
ななみには理解しがたいことなので、直接、千里さんに尋ねる。
「理由の一つとして、円葉姉様の性格を治すためです」
「マド先輩の性格ですかー? 確かに、マド先輩は意地悪ですけどー、そこまでひどいものではないと思いますがー」
「意地悪な性格ではなく、円葉姉様の面倒くさがりな追求心のほうです」
「追求心って、良いことじゃないんですかー?」
円葉先輩は、いわゆる研究者タイプですー。
「追求心があることは良いのですが、問題は面倒くさがりのほうです。自分の不思議を自分で調べるのではなく、他人の力を借りて、調査させる根性を認めるわけにはいきません」
「そうでしょうかー?」
「今回は、お芝居で、安全だと知っていたからよかったものの、もし、今回の事件がお芝居じゃなく、実際の犯行現場だったとしても、同じことを要求したと思います。現場を捜索させて、危険な目にあわせていたに違いありません」
犯人が誰であれ、きっと、先輩ならそうしていたでしょうねー。
「そのようなことを二度とさせないために、体に教える必要があったのです」
「なるほどー、じゃー、美穂さんが可愛そうですよね?」
ななみはー、最初から役を演じると分かっていたのでー、別になんとも思いませんがー、美穂さんは、マド先輩の調教に巻き込まれただけですー。
「いいえ。美穂も美穂で、わたくしのためなら、自分の命をなげうってでも尽くそうとするタイプの人間なのです。もっと自分を冷静に見つめなおさなければ、きっとわたくしのことを最優先させて、後先考えずに行動してしまいます」
なるほどー。美穂さんは大切な人のためなら、視野が狭くなるタイプですねー。
「状況によっては、わたくしを心配させることもあることを伝えなければなりませんでした」
だから、二人に考えさせるための舞台を用意して欲しいとお願いしにきたわけですかー。
突然、事件の舞台を用意してくれと頼まれた時は、びっくりしましたが、これで納得ですー
「ななみにー任せてくれれば、こんなの、ちょちょいのちょいですよー」
まあ、ななみのお小遣いの元を辿れば、ななみのパパのお金の力なんですけどー
「ありがとうございました。でも、まさか、こんなに凝ったものになるとは思いませんでした。ニュース番組も作り物なんですよね?」
「もちろん、そうですよー。ちょっとばかし、小林家の電波をジャックさせていただきましたー」
「こんなに凝らなくても良かったですのに」
「やるからには、リアルを追求しないとですよー」
「リアルということは、あの奏家の人達もなのでしょうか?」
「あの人達はー、オーディションで選別した人達ですー。もしも、事件が解決しなかった時はアドリブで演技ができるように訓練していたんですよ」
まあ、美穂さんの推理以外は、ほぼほぼシナリオ通りだったのでー、アドリブもほとんどありませんでしたがー。
「そうですか。それは、申し訳ないことを致しました」
「何がですか?」
「迫真の演技だったので、お芝居と分かっていながら、思わず『細雪』を投げてしまいました……」
「いえいえー。リアルさが増して、良かったですよー」
「冷蔵庫修理代も含め、かなりの費用がかかってしまったのでは?」
眉をひそめながら、千里さんは申し訳なさそうに尋ねてくる。
「一ヶ月ぶんのお小遣いの範囲なので、気にしないでくださーい」
「ですが――」
「ななみはー、日頃お世話になっている円葉先輩の妹さんのためならー、出来る範囲でお手伝いさせていただくのですよー」
「重ね重ね、ありがとうございました。二人には、今後一切、この事件に関わるなときつく言っておきましたので、これ以降のことは、何もなさらないでくださいね」
「そうですかー? 事件解決のニュースも作成する予定だったのですがー」
「絶対に作らないでください。お芝居はこれで終わりですから」
目に力を込めて、千里さんはお願いしてくる。
「わかりましたー。最後の打ち合わせというのは、ニュースを作成しなくていいことですかー?」
「え、ええ……」
千里さんの態度は一変し、とても居心地が悪そうに目を泳がせる。
あれー? このことじゃなかったんでしょーか?
「えっとー、それじゃあ、ななみは、失礼しますねー」
帰ろうとすると、
「あっ、待ってください」
千里さんが引き止める。なんでしょー?
「この後、お時間はありますか?」
「はいー。今日は一日空いてますがー」
「実は、今日、特別な日なのです」
「特別な日、ですかー?」
今日は四月八日ですよねー? 何かありましたっけー? えーと、ゴールデンウィークの二十五日前記念とかですかー?
「今日、四月八日は、円葉姉様の誕生日なのです」
「えー? 円葉先輩の誕生日って今日なのですかー?」
ななみの情報網を駆使してもー、円葉先輩の情報を全然得られませんでしたからー、これは、大きな収穫ですー。
あれー? でもー、円葉先輩の情報ならー、最初から千里さんに訊けば良かったよーな……
考えてる途中で、千里さんが、話しかけてくる。
「この後、我が家でパーティーをするのですが、よろしかったら、ななみさんもと思いまして」
だからー、千里さん、四月十日予定のものを、二日早めてー、事件の脚本に『誕生日』というキーワードを付け加えてほしいとお願いしていたのですねー。
「家族でお祝いなのにー、ななみが入っていいんですかー?」
家族の時間って、大切だと思うのですがー。
「是非。一緒にお祝いして頂けたら、美穂さんも、円葉姉様もきっと喜びますよ」
屈託のない笑顔で、千里さんは勧めてくる。
「それなら、プレゼントを用意しないとですー。最上ー」
最上に伝えるために、大きな声で腕を振り上げると、千里さんが、右手でななみの手首を優しくつかみ、力なく首を横に振る。
「プレゼントは、もう頂いていますよ。誕生日に思い出は最高のプレゼントです」
「でも……」
円葉先輩は、事件が、お芝居だと気づいてないはずですー。
「デモもストライキもありません。お礼をさせてください」
私の心を察してか、千里さんは、ななみに微笑みかける。
「もしかして、先輩の誕生日にはケーキが用意してありますかー?」
「? ……ええ、ありますよ」
円葉先輩、もしかしてここまで未来が見えていたんでしょうかー?
「円葉先輩全てお芝居だったと気づ……」
ななみが言葉を紡ごうとすると、千里さんは左手人差し指をななみの唇に持ってきて、首を横に振る。
「円葉お姉さまには、喜んでいただけたと思います。日常とは異なる、ミステリーを堪能できたのですから!」
「本当にそうでしょうかー? ななみはー、円葉先輩を喜ばすことができたのでしょうかー?」
「脚本をー、ななみのようなー、三文小説家ではなくてー、もっと良い方に依頼した方がよかったのではないですか?」
正直、自分で脚本を作ったのは、自信がありませんでした。
「いいえ、円葉姉様の言葉を借りるなら、心が大切なんです。それに、ななみさんの脚本、とっても良かったと、わたくしは思います」
千里さんの言葉を聞くと、自信がわいてきましたー
「エアコンの室外機のブロックにわざと躓いたことや、出演者の年齢を考慮して、卓君を一回も記憶喪失という設定にして、一度も出さなかったところとかなど、どこをとっても素晴らしかったです」
ななみは光栄です。こんなにも褒められたことなかったですからー。
「それに、円葉姉様がどのような推理をしたとしても、役者の方が合わせてくれるよう頼んでおいていただけたのでしょう?」
「はいー、円葉先輩の推論がめちゃくちゃになってしまってー、もしも、推理が大外れしていても、役者の方達は合わせてくれたでしょうねー」
「そんな無茶な推理をするとは思えませんが、仮に、円葉姉様の推理が支離滅裂だったとしてもですか?」
「はいー、もちろんですー。例え、先輩の推理がめちゃくちゃで、夢オチだったとしても」
読んでくれた方、本当にありがとうございました。
楽しく読んでいただけたなら、幸いです。




