みんなの前で推理
奏家に到着っ。えっと、時刻は、十三時三十一分。まずいっ、お店で時間を潰しすぎたっ。少し遅刻か。
「お待たせして、申し訳ありませんっ。ちょっと、準備がありまして」
私は、ダイニングキッチンへと繋がる扉を開けて、嘘を混ぜつつ、謝罪。
「良かったですー。逃げたのかと思ったのですよー」
昨日と同じ出で立ちで、ななみ先輩が、胸をなで下ろす。
いやいやっ、逃げたら、私、国際指名犯だからっ。
「皆さん、お集りのようですねっ。それでは、これから、犯人を言い当てたいと思います」
中央の円卓テーブルの椅子に腰掛けている容疑者三人を一瞥した後、あごに手を当て、かっこ良く決めポーズを取る。
「ちょっと待って。犯人は変質者じゃないの?」
小枝子さんが、私に質問を投げかける。
「小枝子さん、どうして、そう思われたのですか?」
「だって、ここにいる三人に、犯行は無理なの。私たち三人はアリバイがその時間存在しているの」
「いいえっ。ある人のアリバイは完璧ではありませんっ」
「ある人って、誰のこと? 私は、田井中さんと雑談をしていたし、小枝子さんは、キッチンで食器を洗っていた。裕二も家にちょうど帰ってきたところだったのよ?」
果歩さんは確認を取るかのように聞き返す。
「いるんですよっ。不可能を可能にしてしまった人が」
「いったい、誰なの?」
小枝子さんは、痺れを切らしている。
ここで、もったいぶっても仕方ない。
「それは、あなたですっ。裕二さんっ」
ぴしっと人差し指で、裕二さんを指す。
決まったっ。
「え? 俺?」
「待ってください。裕二は、犯行時間、館駅に帰る途中だったのですよ? その裕二がどうやって太司を刺したのですか? まさか、裕二と駅員が幼馴染で共犯だったとでもいうんじゃないでしょうね?」
「もちろん、そんなこと言いません。果歩さんっ」
「じゃあ、どうやって?」
「簡単な方法ですっ。果歩さん。家まで、はやく帰ってくれば良いのですっ」
「早く帰る? どうやって?」
果歩さんの頭の上には、クエッションマークがたくさん浮かんでいる。
「一般的に考えて、家にはやく帰ってくるために、一番有効な方法とはなんでしょう?」
「それは、スピードをあげて帰ってくることではないの?」
「もちろん、スピードをあげることも、はやく帰ってくるための方法の一つです、小枝子さん。しかしながら、ここは住宅街。スピードを出せたとしても、たかがしれていますし、強引にスピードを出したり、信号無視をすれば、人目につきすぎますっ」
「普通に考えればそうよね」
果歩さんは頷きながら、納得する。
「それじゃあ、どうやったの?」
「人目につかずに、はやく帰ってくる有効な方法が存在するのですっ」
「その方法は?」
みんなが固唾を飲んで、私をみてくる。
「それは、信号に引っかからないことです」
……
一瞬にして、空気が凍りついた。
うん、このリアクション、想像の範囲内だよっ。
まあ、仕方ないけどっ。
「信号に引っかからない? そんなこと、信号機の管理局でもないと、人為的にできるわけないの」
小枝子さんは、そんな奇妙奇天烈な方法、存在しないと断言してくる。
「もちろん、人為的にはできません。しかし、犯行をする前から、裕二さんが、計画を立てていればそれは、可能になるのですっ」
「どういうこと?」
「あらかじめ、信号の時間を調べておいたのですっ。後は、青の時間帯を調節しながら運転するだけですっ」
答えはシンプル。信号に引っかからなければ、時間的余裕はできるっ。
「なるほどー。だからー、昨日、ななみに、時差式信号が青の時間帯と、押しボタン式の信号の位置を聞いてきたんですねー」
押しボタン式の信号が含まれていれば、通行人という名の不確定要素が含まれるが、時差式信号ならば、その心配はない。
「調べた結果、押しボタン式信号を通らずに、時差式信号のみの経路を発見しました。普通なら、この家から最短距離で車移動すると、平均十五分かかります。しかし、経路を計算しながら車を進ませると、平均九分三十秒で行けます。この、五分三十秒の空白の時間を犯行にあてたのです」
「なるほど。そこまでは筋が通っているの」
小枝子さんも納得してくれたようだ。
「つまり、犯行のあらすじはこうです。館駅でアリバイを証明してもらった裕二さんは、館駅を出た後、信号の時間を計算しながら帰宅。そして、余った時間で太司さんを刺したのですっ」
「でもー、それは、理論上の話ですよねー? もしー、道が混んでいたりしたら、犯行はできないんじゃないんですかー?」
「裕二さんの場合、今回が成功じゃなくても良いのですっ」
「どういうことですかー?」
ななみ先輩は不思議そうだ。
「つまり、今回失敗しても、また次に挑戦すれば良いのですっ。小枝子さん、太司さんの入浴タイムは、決まっているのですよねっ?」
「ええ。そうなの」
「今回、犯行に失敗しても、また次があるのですっ」
そう、今回が成功じゃなくても、何回も挑戦すればいい。
成功するまで。成功させるまで。
「そうかー。今回が最初で最後のチャンスではないのですねー」
「そんなの、証拠にならないだろ。アリバイが崩せただけじゃないか。俺を犯人に仕立てあげたいなら、証拠をだせよ」
裕二さんは、怒りを露にしながら、小枝子さんの立っている方向へと歩く。
往生際がわるいぞっ。裕二さんっ。
じゃあ、とっておきの証拠を出そうじゃないかっ。
「証拠は太司さんが、教えてくれました」
「兄貴が?」
一体なんのことだ? と裕二さんは首を傾げる。
「果歩さんっ。あなたがお風呂場へ行く途中、『いけ』という声をききましたね?」
「はい。確かに聞きました」
「それは、太司さんが、残したメッセージなのですよっ」
「メッセージ?」
「そうです。その前に、一つ確認させてくださいっ。小枝子さんっ、太司さんは、テレビが好きだと伺いましたが、間違いありませんか?」
「そうなの。主人はテレビ好きで、よく、お笑いやバラエティ番組を見ているの」
「太司のテレビ好きと、メッセージ、どこが関係してるんだよ」
裕二さんは、そんなの関係ねえなと、私の推理を一蹴する。
「関係おおありですっ。太司さんが残したメッセージには、重大なヒントがあるのですっ。みなさん、『逆再生』というものを知っていますか?」
「逆再生?」
「はいっ。ビデオに撮って、逆再生させると、意味が通じるというものですっ。一度やってみましょうっ」
ななみ先輩が用意してくれたビデオの前で、
「いか」
とだけ話す。
「それでは、ななみ先輩、逆再生をお願いします」
「はいー。それでは、みなさん、よく聴いてくださいねー」
ビデオの中の私は、「あき」とだけ言っていた。
「こんなふうになりますっ」
『おおっ』という歓声。
「逆再生とは、ローマ字を逆から読むことで、意味が通じます。つまり、いかの場合、いかをローマ字で表すと、I・K・Aですっ。それをひっくり返すと、A・K・I。あきになるのです」
「なるほど」
「それでは、『いけ』……というとどうなるか、実験してみましょう」
と、言いつつビデオの前で、
「いけ」
とだけ言う。
「それでは、逆再生をお願いしますっ」
みんな、ビデオに注目している。
ビデオの中の私は「えき」とだけ言っていた。
「これでわかりましたね? きっと、太司さんは、裕二さんの姿を見た。そこで、『いけ』というメッセージを残したのですっ。このことから、犯人は、裕二さんなのですっ」
私が、犯人を断言した瞬間、バタンと、木製のドアが閉まる音。
「いや、裕二さんは、犯人じゃないね。はずれもはずれ。大はずれだ、美穂」
背後から聞きなれた声がした。
ふりかえると……そこには……警察官の格好をした……ちさ姉?
この声と喋り方、マドだと思ったのだが……
ふと、ちさ姉の足元に目をやると、マドは倒れていた。
マドも警察官の格好をしている。
ちさ姉は、倒れたマドを見下ろしながら、
「あら? ちょっとお灸がきつすぎたかしら?」
と、反省の一言。
えっ? お灸って、ちさ姉特製のあれのこと?
マドは、なにをやらかしたの?
「美穂さん。貴女にも、後でやってあげますからね」
「えっ? ちょっと、待って。何で? ちさ姉?」
「それは、美穂さんが危ないことに手を出したからですよ」
そんな麻薬みたいなことしてないはずだけどっ……
「もし、犯人が暴れだしたら、どうするおつもりでしたか? それに、立食パーティーはどうしたのでしょうか?」
うう。返す言葉もない。
「ちさ姉、でも――」
「デモもストライキもありません。それとも、美穂さんはハンガーストライキで、抗議するおつもりですか?」
ちさ姉の作ったご飯を、ハンガーストライキなんかできないよっ。
ううっ。世界を言葉で平和にしたかっただけなのに……
あれっ? でも、なんでちさ姉、私がここに居ることを知ってるんだろう?
「円葉先ぱーい。大丈夫ですかー?」
えっ?
「僕は大丈夫」
「どうしてー、こーなったのですかー?」
えっ? えっ?
「部屋にこもって、美穂の推理を見ていたら、千里が急に入ってきて、モニターを見ると、一瞬で全てを悟ったんだ」
「わたくし、機械音痴ですが、耳だけは良いですから」
「僕、密閉型ヘッドフォンをしていたんだけどな……」
マドは口を尖らせながら話す。
「あー、じゃー、先輩の指揮官のもとー、ななみとー美穂さんが捜査していたこともー」
「ことの成り行きは、全部、はいてしまった」
「じゃー、この、ボールペン型カメラもー、イヤリング型集音機もー、要りませんねー」
言いながら、ななみ先輩は、胸ポケットに入れていたボールペンと、耳につけていた大きなイヤリングを取る。
今になって状況がやっと飲み込めた。
つまり、モニター越しで、私のこと馬鹿にしてたってことね。
私はずっとマドに操られていたの? あーあ、生きるって何だろう?
もう、頭きたっ。
マドの泣き顔でもみないと、この怒りは収まらないっ。
拳を握りしめ、マドへと飛びかかろうとした次の瞬間、
「おっと、美穂、拳をひっこめろ。僕、美穂の見当違いな推理の訂正をしてないんだけど?」
マドの制止。
「私の推理のどこが間違っているっていうのよ?」
「前提が間違っているんだよ」
「前提? 一体どういうこと?」
「今、説明するよ」
言いながらマドは奏さんの家のソファに倒れ込む。
おいっ、今から、私の推理の間違いを指摘するんじゃないのっ?
もしかして、これはいわゆる、逃げというやつですか? 本当は私の推理が合っていたけど、悔しいから、嘘をついたってこと?
それなら、素直に最初から横になってなよっ。
ソファの上で横になったマドに抗議の視線を向けると、マドは、目を瞑りながら、
「気持ち悪い」と、呟いた。
「あら? そこまででしたか?」
「だめだ。ちょっと、タイム。千里、責任取って愚妹の推理訂正、任せた」
「仕方ありません。了承しました。僭越ながら、申し上げます」
「ちょっと、待って。ちさ姉、今回の事件の犯人が分かっているの?」
「ええ。円葉姉様の部屋にあった資料を読みましたから」
にっこりとスマイル。
マドから犯人を聞いたのではなく、資料を読んだと答えるちさ姉。
「え? ここまで来る時間を差し引いても、情報を得る時間は、十分もなかったよね?」
「十分もあれば、十分ですよ?」
ちさ姉は不思議そうに顔を向けてくる
十分て……
さすがは、私の姉、ちさ姉。
「じゃあ、話を聞かせてっ。どうして、私の推理が間違っているの?」
「円葉姉様もおっしゃっていましたが、前提が成り立たないのです」
「その前提って?」
「太司さんが、『いけ』という言葉を残すためには、太司さんは、裕二さんが駅に行っていることを知っていなければなりません。太司さんは、そのことを知っていたのでしょうか?」
「それは――」
知っていたかもしれないし、知らなかったかもしれない。
「わたくしの記憶が確かならば、裕二さんは会社を出た後、駅に直行していたはずですよね? 残業のように、帰宅時間が遅くなれば、電話の一本があってもおかしくありませんが、今回は、駅で旅行のための切符を買うという行為。家には連絡しないことが予想されますが、どうですか?」
「その日は、ずっと家にいたけど、裕二さんどころか、誰からも電話はなかったの」
小枝子さんが言い切る。
ううっ。言い返せないっ。
「それに、同じ状況で、もし、美穂さんが知り合いに刺されて、それを誰かに伝えようとする際、知り合いが今まで居た場所を逆再生で叫ぶでしょうか?」
きっと、叫ばないなっ。
「美穂さんが、太司さんと同じ立場になったなら、犯人の名前を直接呼びませんか?」
おっしゃる通りですっ。
「あと、果歩さんの証言によると、裕二さんは、悲鳴の後、すぐに果歩さんと合流していましたよね? そこは、どのようにお考えになるのですか?」
ううっ。なにも言えない。
「それに、逆再生のことは、裕二さんが犯人だという物的証拠になりませんよ」
あっ!
アリバイ崩しと、太司さんのメッセージばかりに気をとられて、物的証拠を忘れていたっ。
「それとも、他に物的証拠があるのですか?」
ないです。
……ってことは……
あれ? もしかして、推理を間違えた?
取り返しのつかない失敗をするところだった?
「いや、でも、ちさ姉。小枝子さんと裕二さんは最近仲が良いと噂されていて――」
「噂は噂じゃろがい。証拠がないじゃろ」
裕二さんが、私を睨んでくる。
それもそうだ。
あれ?
――ということは――私――
――なんの罪もない人を――私――
――罪に問おうと――私――
――私――
――わたし――
――ワ、タ、シ――
――
いやーーーーーーーっ
あ、れ?
意識が――
何も、――
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※この夢オチをご所望なら、第一部分エピローグ~夢~ へ戻って、終わりなき夢オチをお楽しみください。
他の夢オチが良い方、犯人が知りたい方は、そのまま次へ読み進めてください。
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