カルヴァーナ教徒②
───宗教国家アルミス。
あの日、その国の信仰通信部室に一つ報告が入った。
『カルメロルツにて新しい信仰を騙る不届き者がいる』
その文言を聞き届けた信徒は激怒した。
邪智暴虐の邪教徒を討ち滅ぼさんと決意した。
男はアルミス生まれのアルミス育ち。
カルヴァーナ教徒に囲まれ今の今まで成長してきた生粋のカルヴァーナフリークだ。
「カルヴァーナ教に栄光あれ!」
だから、諜報兼先行部隊として迷いもせず邪教徒を容認してる別大陸に乗り込む。
一刻も早く邪教徒を根絶やしにしなければならないからだ。
編隊し、調教した魔物で荒野を駆け、雪山を迂回し、戦争中の国々を構わず通過。
東へ。ひたすら東へ。
脇目も振らず突き進んでいく。
国を六、七越えた辺りで大陸の最果てである東海岸に到着した。
冬であれば海に氷が張って、そのまま海を渡れたが──未だ冬には程遠い。
船が必要だが、カルヴァーナ教徒達は船を持っていない。
その為、港を見境無く襲撃して船をドロップさせる作戦に出た。
「船を寄越せぇええええええ!」
信徒達の襲撃してた時の表情はまさに醜悪。正しく悪鬼羅刹。
教義だけに殉じる人間とは、得てしてこのようになってしまうのか。
「や、奴らだ! カルヴァーナ教だ!」
「あの黒に白のラインが入った服は間違いねぇ!」
「みんな逃げろぉぉぉぉ!」
港住民や漁師はカルヴァーナ教の教服を見た途端、脇目も振らず逃げ出した。
地元を護るという大義を抱え、応戦しようと無駄な事を知っているからだ。というより、カルヴァーナ教には手を出すなというのが全世界の共通認識だからだ。
ものの数一〇分でがらんと空になった港で出航の準備を進めるカルヴァーナ教徒達。
「首を洗って待っていろカルメロルツ! いくら大国として名を轟かせていようと、邪教徒を囲うなら我々の敵だ!」
▽
半日も掛からず大陸間の移動は終わった。
──カルメロルツ・フランクール領。
カルメロルツの北西にある元王権主義国家だ。
今では軍縮させられ、本国からの度重なる視察で歯向かう気概すらへし折られている。
この国では食べ物を頂戴(略奪)した。
遠征で減り散らかした物資を補給する為だ。
抵抗する原住民の抵抗に遭い、何一〇人か犠牲になったが、必要な犠牲だった。
フランクールに駐在している本国の騎士はカルヴァーナ教徒と理解した途端に逃亡した。
それに関しては仕方がない。奴は新人だった。
しかし、そのおかげで報告が遅れ、カルヴァーナ教徒の侵攻を阻止出来なかった為、後に吊し上げられ、絞首刑になったらしい。
それに関しては仕方がない。奴は戦犯だった。
そんなこんなで運も味方に付け、カルヴァーナ教徒は進撃する。
あとは南下してカルメロルツ本国に攻め入るのみ。
「これは、我らが主を貶めんとする邪教徒を討ち滅ぼす聖戦と心得よ!」
▼
カルメロルツの王都に着いたのは、それからおよそ二週間後の事。
アルミスから出立して一ヶ月が経った。
夕陽が地平線に沈みゆく中、王都内で騒音と悲鳴が響き渡った。
「……? まだ襲撃の指示は出していない……どこの部隊が先走った?」
「いえ、この騒ぎはどうやら我々とは違う組織がカルメロルツ王都に奇襲してるようです!」
「何だと……? ──いや、私達に不都合は無い。このまま作戦を継続する!」
「は!」
取るに足らない騒動。そのように判断するのは当然の帰結だった。
こちらとしても騒動はいずれ起こしていた。
遅かれ早かれというやつだ。
「報告します! 襲撃犯の正体は盗賊団『黒霧』との情報が入りました!」
「『黒霧』だと?」
義賊団気取りのコソ泥がなぜこんな大胆な動きをする……?
奴らの目的は分からないが、第三勢力としての力量は申し分ない戦力だ。
ならば、ここは奴らを利用するが吉。
「王城に部隊を送れ! 粛清するのだ! 神を騙る異端者共に目に物見せてやれ!」
▼
「ヴィス様〜」
唇を尖らせ眉を顰めながら寄ってきたレオーネ。
ヴィストリスは彼女に対し、軽く手を挙げて「止まれ」と動きを制する。
「カルヴァーナ教徒か。数年振りに動きがあったと聞いてはいたが、やはり目的はここだったか」
二人のいる屋根上に音も無く着地する影。
「マクナか」
「団長、あいつらマヒルを狙ってる」
「マヒル? ああ、前に話してた奴だな」
関連の記憶を辿ったヴィストリス。
その様子を見たマクナは深く頷く。
「そうか。ああ……いや、なるほど──メシア教か」
自力で答えを導き出したヴィストリスは、ようやくマクナの顔を見る。
「そう。多分、マヒルが創った……マヒルの為の組織」
「この世界で宗教を創るのは悪手だが、着眼点は悪くない」
人は、自分の足で立てるほど芯が太くない。
だからこそ何かに縋る。
家族、友達、恋人。そして権力や財力を笠に着た支配者。
カルヴァーナ教は人々の不安心を煽り、信者を増やしていると訊く。
己の芯に仮置きしているモノを侮辱されれば反抗もする。
下手に放置すれば己そのものが揺るがされかねないからだ。
事実、カルヴァーナ教は他宗教の存在を否定している。
「それで、偽の情報を流して時間稼ぎか。用意周到だな」
「団長……っ」
「ああ、マクが言いたい事は分かってる」
「それじゃあ!」
前のめりになるマクナを制止するヴィストリス。
「許可は出す。だが──」
「上手くやれ、だね」
▼
「それから私達は、半数以上の数を減らされてからようやくカルメロルツ本土に邪教徒はいないと諜報からの情報を得て、カルディッシュに襲撃を仕掛けました」
「ほとんどすれ違いだったのか……こいつら行動力ハンパねぇ……こわぁ……」
時は現在に戻り、場所は───サンブルックス・カルメロルツ領。
ルーシアに神の贈物を掛けた後、サンブルックスに点在していたカルヴァーナ教徒を少ない時間で全員捕らえた。
で、今神の贈物で色々聞いてたんだが……まじでキモいなこいつら。
生き方バーサーカーかよ。
「邪教を創り上げた下手人はカルディッシュにいた。この情報は間違っていませんでしたが、如何せんすでに古い情報でした」
「だろうな。で?」
「東の都で権力者を捕まえ、賄賂で情報を得ました」
「うーわ。やっぱ力持ってる奴全員に神の贈物掛けるべきだったか……?」
「賄賂で口を割らなかった場合に備えて拷問の準備をしていましたが、無駄に終わりました」
「拷問で口割ってたら百歩譲って許せたけど、甘い蜜啜って口割るとかゴミ過ぎぃ……」
反省するが時すでにお寿司。
よし、次は全員に掛けるか。
「マヒル! ダメだぞ!」
「うおっ」
アリスに肩を掴まれ、ぐわんぐわん揺さぶられた。かなり激しめに。
「や、め……三半規管弱いんだって、俺……っ」
「うるさいうるさいうるさーい! 今まで黙ってたがダメなものはダメだぁー! マヒルは神の贈物を使っていくと記憶が無くなっていくのだろう!?」
「あー、そだね」
俺の他人事のような物言いにカッと目を見開き顔を赤くしたアリス。
彼女はブチ切れながら揺さぶられまくってグロッキーな俺を怒鳴りつけてきた。
「私も、ラベッタも、酒カスも! 神の贈物を使うにあたって副作用など無い! マヒルは異界人だからか勇者だからか……原因はよく分からぬが、デメリットを抱えている。私達にはそんなもの無いというのに!」
冷静さを欠いたアリス。
彼女は真剣な顔で俺の目を見つめている。
事態をそんなに重く見ていない俺とは雲泥の温度差だ。
隣ではレアーレが「だから私は酒カスではないと何度言ったら……っ」とブツクサ言ってるが、眼力すごいアリスから目を逸らせない。
こんな時どんな顔すればいいの?
「マヒル君、軽く訊いたところこの世界に来てからの記憶が消えてるのよね?」
「そだね」
ラベッタの質問にすかさず是と答える。
少なくとも元の世界の記憶は無くなってないと思う。記憶が無くなってても分かんないから何とも言えないけども。
「この世界の記憶がリセットされる状態になるのか、それとも元の世界の記憶も無くなるのか……前例が無いから確かな事は言えないけど、私もアリスさんと同じ意見。神の贈物に制限は掛けるべきだと思うわ」
「んー、だったらレアーレに代役を……でもそうなると違和感が出るだろうし……。俺の神の贈物を使わない場合、俺の神の贈物分の働きはどう穴埋めするんだ?」
俺の疑問にアリスとラベッタは口を噤む。
「神の贈物を試運転したカルディッシュ攻略では休まず動き続けて一ヶ月掛かった。当然、神の贈物を使わないとなるとその何倍も時間がかかる事になる。サンブルックス解放にも時間制限があるし、なにか代案があるなら教えてくれ」
何も意地悪で言ってるんじゃない。
単純に効率の問題だ。
二人が俺を心配してるのは分かってるし、その心遣いは嬉しいが──。
「レアーレ、スマルド。二人には想定より動いてもらう事になるが、異論は?」
ラベッタはともかく、アリスのお願いなら聞いてあげるべきか。
「え〜? 僕は勇者召喚の解析して送還する魔法陣の作成に忙しいし〜」
「貴様の意見はハイかイエスだけだ。それ以外の返答なら……っ!」
渋るスマルドに険しい顔で凄みまくるアリス。
「…………はい。ご要望のままに……」
本気で渋ってた訳では無いのか、残念そうな顔ですぐに降参したスマルド。
「と、いう訳だ。マヒル、こいつを使って何か作戦を練れないか?」
「……と言っても、スマルドにできるのは機械いじりくらいだろ? あーいや、そうだな。情報を擦り合わせてから色々と作ってもらうとするか」
「何やら酷使される予感がするんだけど……」
スマルドは萎れた顔で方を落とした。




