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無能勇者の烙印  作者: 汐倉ナツキ
第二章

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ギルナクス遠征


 嵐が襲う大海原。

 絶え間無く降り注ぐ雷鳴が鼓膜を響かせ、荒れ狂う高波が不平衡を強制してくる。

 カルメロルツ西岸部からギルナクス帝国に辿り着くべく出航した。


 ───巨大戦艦。


 その中で宛てがわれた一室に釘宮征人はいた。

 すぐ隣の部屋にはシンクレシオがいる。

 まるで一挙一動を監視されてるような気分だ。


 いや、事実監視の目的もあるのだろう。


 そうでなければ王族の専任騎士を主から遠ざける訳が無い。

 釘宮征人は失われた記憶を取り戻し、一度目の転移時に獲た経験値を全て再取得したのだ。であるならば、もはや並の騎士では太刀打ち出来無い領域にいる。


 だからこその監視である。


「御子柴先輩は、美菜子ちゃんと同じくカンベルトが万全な保護を約束してくれた」


 王城にキリューゼルと宰相がいるのが不安だけど、今は信じるしかない。

 エリサフリスの手記を繰り返し読んでいたところ、不意に扉をノックされた。


「誰だ」

「私です。セイト殿」

「そうか」


 その一言で開けていいと受け取った男は扉を開け、部屋に入った。

 部屋にいた釘宮は侵入者を見て顔を顰める。


「シンクレシオ、君は暇なのか?」

「そう邪険にしないで下さい。私はルーシェル様の騎士ではありますが、カルメロルツでは肩身が狭いんですから」

「それは君が過去に起こした行動の結果だろ。後から愚痴愚痴言うのは騎士の行いじゃない」

「ははっ、相変わらず耳が痛い」


 変わらない軽薄な態度のまま苦笑いを浮かべるシンクレシオに釘宮は眉間に皺を寄せる。

 釘宮は訊いている。

 過去に起こしたシンクレシオの所業を。


「とっとと出ていったらどうだ? 恥知らずのシンクレシオ」

「取り付く間も無いですね……分かりました。今日のところは退散します」

「永劫来るな」


 職業『勇者』の基本機能、空間格納で仕舞っていた聖剣を掌に出現させ、シンクレシオの首元に突き付けた。

 気安い態度のシンクレシオでも白く輝く聖剣に内包された熱量には堪らず冷や汗をかかずにはいられなかったらしい。


「…………これは手厳しい」


 ゴクリと唾を飲み、シンクレシオは部屋から去って行った。

 要件を何も言っていなかったが、それは初日に済ませている。


 ───ルーシェル様の派閥に付いて下さい。


 最大限便宜を図ると条件を付けて来たが、釘宮はノーと返した。

 ルーシェルの派閥では御子柴撫子と筒井美菜子を守れないと判断したが故の拒否。

 しかし、この様子だと釘宮がイエスと言うまで通い続けるつもりだろう。


 悪天候で気分も暗くなり、全てが憂鬱に感じて溜め息を吐く。




 ▼




「──機は熟した」


 カルメロルツ王都の北西に位置する商店街。

 夕陽が地平線に差し掛かった瞬間に盗賊団『黒霧』の団長、ヴィストリスは顔を上げた。


 奴隷商の商品蔵。

 暗い路地に位置するこの場所の所有者である小太りの奴隷商人に腰掛けていたヴィストリスは立ち上がり、商品蔵から出ていった。




 薄暗い商品蔵に残された小太りの奴隷商人はバタンと閉じられた扉に視線を向ける。

 足音も遠く離れた。

 緊張からの解放から奴隷商人は深く息を吐いた。


「へへっ、あいつは馬鹿だ。痛めつければ密告はしないと思ったか……? 甘いんだよ! お前達は騎士に殺される! 俺を痛めつけた報いを受けろ! へ、へへへっ!」


 小太りの奴隷商人は商店街の大通りに行こうと出入口の扉に手を掛ける。

 巡回してる王国の騎士に通報する為だ。


 あの時、自分を痛めつけた男に「なぜ」と問い掛けた時。

 ───道徳無く人を使役するその浅ましさを理解出来無い人間には死んでも分からない。

 そんな戯言を吐き捨てられたが、訳が分からない。


 人を飼うのは強者の特権。

 そして人に飼われるのは弱者の義務だ。


 価値を示さず、勝ち取らない者に権利など無い。

 世界はそうして回っている。例外は無い。


「そういえばあいつ、俺に変な事を言ってたな……」




 ───お前はここから出てはいけない。

 ───お前は夕陽を浴びてはいけない。

 ───お前は人と関わってはいけない。




「何が『お前はここから出てはいけない』、だよ! 脅威がいなくなってんだ! なら出るに決まってんだろう間抜けが!」


 扉を開け、外に一歩踏み出した。


「あ……?」


 ───違和感。

 身体中に流れる魔力が激しく脈打つ。

 気が付けばポタポタと鼻から血が流れていた。


「何で、血が……っ」


 まずは喉が渇く。口の中の水分が急に奪われた感覚。

 次に目が乾く。堪らず瞬きを繰り返す。


「何だ……何なんだこれは……っ!?」


 口から出た声は掠れていた。

 水分が、今は水が欲しい。水を飲みたい。だが、まずは通報しなければ。

 不穏分子の報告は王国民の義務だからでは無い。


 これは仕返しの為だ。

 淡々と自分を痛めつけたあの男への。


「とにかく、大通り……大通りに出れば人が……」


 足に力が入らなくなる。

 ガクンと力が抜けたように膝をつき、四足で地を這って大通りに向かう。

 大通りに近付くに連れてパラパラと髪の毛が抜け落ちる。

 よく見れば脂肪で肥えていた指、手の甲、手首、腕。

 それらが皮と骨だけの細い枝のようになっていた。


 視線を移動させれば先程までみっちりジャストフィットで身を包んでいたはずだった服がスカスカに。

 明らかにサイズが大き過ぎる服に変貌を遂げていた。

 いや、変貌を遂げているのは服では無く……。

 その服の隙間から中を覗くと浮き上がった肋骨と背中とくっつきそうな凹んだ腹部が姿を現した。


 そして左胸。

 心臓のある位置に黒い紋様が薄く拡がっていた。

 奴隷商人という負が付き纏う仕事をしてると暗い情報が嫌でもそれなりに耳に入る。


 この黒い紋様は──呪いだ。


「ひぃいいい……ゲホッ、がハッ」


 噎せながら血を吐く。

 こんな貧民のように痩せ細ったものは自分の身体じゃない。

 奴隷商人は今見たものは全て幻覚だと気が狂いそうになる意識を逸らし、大通りに急ぐ。急ぐ。急ぐ。


「へ、へへ、へっ……や、やっと……」


 大通りまであと少し。あと少しで辿り着く。

 その時には例え声が出せなくなっていようと異変に気付いた誰かが自分を騎士に通報する。

 手遅れになる前に医療機関に運ばれる事が叶う。


「ねえ、おじいさん」

「………………?」


 商店街の子か近くにいた男児がとてとてと近寄ってきて話しかけてきた。


「おじいさんはなんでねっころがってるの?」


 お爺さん? 俺に言ってるのか? と奴隷商人は混乱する。

 自分はまだ四〇代だと言い返したいが、喉から完全に水分が抜け切っている為、噎せてしまう。


「わっ!? おじいさんびょうき!? だいじょうぶ!?」

「ゲホッ、ゲホッ」


 心配する男児が奴隷商人の背をさすろうと触れた瞬間。

 ドクン! 心臓部から一層と大きな魔力の脈動を感じた。


「が、グギギギ……がはっ!?」

「おじいさん!? ねえ、だいじょうぶ!?」


 自身が吐き出した血に濡れた地に伏した奴隷商人は死んだ。

 死ぬ前に奴隷商人は思い返し、後悔した。




 ───お前はここから出てはいけない。

 ───お前は夕陽を浴びてはいけない。

 ───お前は人と関わってはいけない。




 少し前に告げられた三つの文言。


 あの男は高位の呪術士だ。

 そうでなければ大した儀式も無く『死』を条件にした呪いをわずか時間で他人に掛けられる訳が無い。


 三つの文言に従っていれば少なくともこんなすぐに死ぬ事は無かった。

 だけど、条件を三つも満たしてしまった。

 今更いくら後悔しようがもう遅い。






 其を───『呪詛を寄贈(プレゼント・)せし大呪術士(マレディクスィオ)』。



 それが俺に、ヴィストリス・リュウゲンクローズに発現した神の贈物(ギフト)の名だ。


 初めは使用するに面倒な制約がいくつもあったが、能力が成長した今では対象に触れるだけで能力が発動する。

 そして予感がある。


 もうしばらくで俺の神の贈物(ギフト)呪詛を寄贈(プレゼント・)せし大呪術士(マレディクスィオ)』はさらなる飛躍を遂げる。

 そんな予感がだ。


「本当なら完全な神の贈物(ギフト)能力をカルメロルツに披露する予定だったが、予想以上に王国の動きが早かったからな」

「ヴィス様ぁー! 拉致被害者を取り扱った奴隷商はカルメロルツ王都内から九割九分九厘は消滅しましたー! 他の奴隷商人はヴィス様の見えない首輪に怯えて奴隷を解放してカルメロルツから逃げ出してます! まあ、動かない愚鈍な奴隷商人もいますがー!」


 レオーネからの報告に頷いて返す。


「そうか。では、作戦は次のフェーズに移行する」

「はーい! いひひひひひひひっ!」


 俺達は盗賊(義賊)ではあるが、決して正義の味方では無い。

 見殺しにする人間もいれば、助ける人間は選ぶ。

 俺達は俺達の価値観で動く。


 その行動の結果に何が待ち受けていようとも、目標を達成するまで──俺達『黒霧』は止まらない。


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