レアーレの願い⑥/祖国からの追跡者
「ちょーっと待ったー!」
突然脇腹に衝撃が走り、身体が浮く。
それを自覚する前に吹き飛んで壁に激突した。
「ぐはっ……!?」
真昼は激突した痛みで動けない。
それと急なイレギュラーの横槍に若干の思考停止を起こしていた。
視線を離した一瞬の隙に部屋の虫物を残らず一掃されたのもその一助となっているだろう。
嫌な臭いと共に虫物の体液が緩やかに床一面に広がる。
細剣は吹き飛ばされた時に堪らず手放してしまった。
その為、真昼が壁に激突した後にカランと鈍い音が部屋に響いた。
「そいつを殺されると困るんだよ。ああ、先に言っとくけど、俺達は君と争うつもりは無い。そこの男、レアーレ・バルトラードを捕らえに来たんだ。王様からの命令でね」
乱入してきたニコニコと笑う男は厚い生地を扱ったどこかの制服を着ている。
橙色を基調とした白主体の上下の制服。
ズボンの裾を巻き込んだ革製の黒ブーツ。
見下されたような視線に真昼は正気に戻るや苛立った。
「人を蹴り飛ばしておいてふざけんな。そもそもこっちはそいつに四人も殺されてんだぞ。王様がどうとか言われても関係無い。譲れる訳が無いだろ」
「つーか誰だお前」と毒突く真昼。
「ふーん。でも、こっちはそいつにウチの国の兵士、民間人含めてざっと二〇〇〇人も殺されたんだぞ」
ニコニコと人の良い笑顔をしていた男は感情が抜け落ちたように目を細める。
「だったら俺にも譲れる訳が無い、だろ?」
二人の間に緊張が走る。
というより男から放たれる強者特有の威圧感に真昼に緊張が走る。
「おーい兵士長! まーだレアーレの野郎を捕まえれて無いのかぁ?」
間髪入れずに別の男が現れて張り詰めた空気が少し軽くなった。
「まぁね。カシウスも見てみなよ。弱いのにある程度戦える小動物がいる」
「ああ? こいつが小動物ってタマかぁ? 兵士長の方が小さいだろ───身長が」
「あはははー、これは一本取られたー」
「遊んでねーでさっさと仕事を……」
二人が余裕振って戯れてる隙に真昼は祝符を使い受けたダメージを回復する。
これは真昼を敵としてすら見ていないから出来た事である。
真昼は自覚している。
この場の立場として目の前の二人が上で、自分が下だという事を。
危機的状況。こういう場面には何度も遭遇しているが、やはり慣れない。
「へー、面白い玩具だね。そんな便利そうなのウチの国じゃ滅多にお目に掛かれないよ」
「そーんな道具があっちゃ回復魔術の使い手は商売上がったりだなぁ」
「カシウスが要らなくなるね」
「俺の価値は回復だけか!?」
二人でコントを始めた。
そんな二人の様子を見て真昼は眉を顰める。
「お前達は……」
「そうだね。君に納得してもらう為にも名乗っておこうか」
ニコニコと笑う男は背を向け制服に刻まれたイリオスの紋章を見せ、顔をこちらに向けたまま言う。
「俺は軍事国家イリオス王国正規軍所属、第三陸軍兵士長ソルト=マズラクール。まあ、こんなご大層な肩書きしてるけど、ただのバトルジャンキーさ」
「自分で言うなってのぉ」
「イリオス……だと……?」
アリス。そしてレアーレの故郷の国名。
そして海を挟んだ先にある遥か遠い国だ。
そんな国から刺客が来るとは……。
そういえばこいつ、レアーレが二〇〇〇人殺したとか言ってたな。
だったら一〇年も見付けられなかったのは何故だ? 何故に今のタイミングで現れた。
それも正規軍。
最近はタイミングがとことん悪過ぎる。
カルディッシュで上手くいき過ぎたしっぺ返しでも受けてるのか?
そう疑いたくなるほどのタイミングの悪さ。
「兵士長が名乗ったんだ。部下の俺も名乗らねぇ訳にはいかねぇよなぁ」
白髪混じりの無精髭の男がニヤリと笑う。
「俺はソルト=マズラクール兵士長の参謀役、カシウス・タイラントだ。早速で悪いが───後ろ、見てみな」
鑑定眼で視野を全体に拡げた。
「っ、お前ら!?」
ゾンビと戦っているはずの信者達がソルトやカシウスと同じ制服の男達に捕らえられていた。
ちゃっかりとソラスとスマルドも捕まっている。
メシアの口調に戻せないほどの手札。
現実逃避したくなった真昼は「最悪の状況だ」とぼやく。
「へぇー、後ろ向かなくても見えてるんだ。君、凄いね」
「どうせ魔眼だろ? 『千里眼』とかその類いの代物。ただの技能だ」
「ふーん……って、あれ? 一番強そうだった女がいないけど」
ソルトは「あっれー?」と首を傾げる。
「あの女は空飛んで逃げちまった。賞金掛かってた女だったから捕まえときたかったんだがなぁ」
アリスは逃げたらしい。
それもそのはず。
こいつら二人はSランク相当の実力者だ。
多勢に無勢。
いくら神の贈物があろうとデカ過ぎる地力の差は埋められない。
いつでも逃げられるのにわずかな賭けに命を懸けるのはバカのする事だ。
アリスはアホの子だが、バカでは無い。
「賞金? 悪い奴だったの?」
「家出だよ家出! 名門武家であるルーベンデルク家が家出した娘の捜索に金を出してんだよ! この前も散々言っただろコンチクショーがよぉ!」
「ああ、『竜殺し』の……それを速く教えてくれよ。久し振りに全力で戦えたかもしれなかったのに」
「だぁーかぁーらぁー……言ったっつってんだろってんだよアンチクショーがよぉ!」
身を乗り出したカシウスは勢い余って唾を飛ばす。
「ゴメンゴメン。それはそうと……」
「都合が悪くなったらすーぐ話逸らすんだから」
「君の仲間は一人を除いて全員捕らえた。こいつらを殺されたくなければレアーレから手を引きなよ」
「……っ」
人質……人質、ね。
「ちなみに素直に手を引けばお前さんの仲間達はこれ以上傷付く事無く自由になれる。逆に妙な真似をすれば全員殺す。これは脅しじゃねぇぞ?」
表情を消したカシウスに、いつの間にやら『再生』で上半身と下半身を繋ぎ直していたレアーレは息を呑んだ。
しかし、レアーレの目は燃え盛る炎のような熱量を秘めている。
その熱量は怒り。
ただビビってる訳では無い様子だ。
真昼は考える。
信者はまた補填すればいいが、スマルドとソラスを失うのは損失だ。
なんせ替えがきかないんだから。
そして欲を言うとレアーレも欲しい。
さっきは死ね死ね言ってたが激レアなギフト所有者である事には違いないし、仲間に加える事が出来れば強力な戦力になる。
こいつらに奪われるくらいなら殺した方がマシだし、横取りされるのは気分が良くない。
レアーレをチラリと見る。
レアーレも俺を見ていた。
目が合ったままレアーレが一瞬だけクイッと顎を上げた。
それを見た真昼は拡げた視野が捕捉した者を認識。
レアーレは魂で知覚したのか知らないが、意図を察して俯きながら「ふぅー」と息を吐く。
それと同時にどこからか重低音が鳴り響き、天井がデカい音を立てて崩れた。
「な、なんだぁ!?」
「ふわぁーはっはっはっは! 私の運命は返してもらうぞ! イリオスの兵士達よ!」
「あ、さっきの女」
「あーの女逃げたんじゃなかったのかよコンチクショーがよぉ!」
「ふわぁーはっはっはっは! とーう!」
アリスは真昼を抱えて穴が空いた天井の先に飛び立つ。
「アリス───」
「む? ふむふむ……分かった」
真昼に耳打ちされたアリスは下に向き直り、手をかざした。
「それ、手土産だ! 遠慮せず受け取るがよい!」
どこからか重低音が鳴り響き、無造作に建物を崩されるのと同時にレアーレはブシャッと押し潰されミンチになった。
「ふわぁーはっはっはっは! ふわぁーはっはっはっは!」
真昼を抱えたアリスは大笑いの声だけを残し、彼方へと去っていった。
事の顛末を呆気に取られながら見届けたソルトはようやく理解が追いついて「ぷぷっ」と吹き出す。
「してやられたねカシウス」
「捕縛対象が呆気無く殺されちまった。こんな辺鄙なところまでわざわざ来たってのが無駄足になっちまったぜ……おいおい俺ァ死体なんて持ち帰りたくないっての」
「ましてやグロミンチにされちゃったしね」
「グロミンチって言うな! 余計に持ち帰りたくなくなったってんだアンチクショーがよぉ!」
「うーん……でも証拠は必要だし、髪の毛だけでも持ち帰るか。じゃあよろしくカシウス」
「え、マジで言ってる……? 俺が……持って帰んの?」
「ああ、と……その前にお前ら───そいつらは殺しちゃってよ」
「もう価値は無い」と言うソルトの冷え切った声音にスマルドは「ひぃっ!?」と悲鳴を漏らす。
「(ぼくはこんなところで死ぬのか……何も出来無いまま……シャルっ!)」
ソラスは後悔を残した。
こんな事なら奴隷になった後でも諦めずに修練してれば結果は変わったのだろうかとタラレバを想起する。
「ひあっ!?」
「がっ!?」
首を折られた信者達に続き、二人も劇的な何かは何も起こらず呆気無く殺された。
半壊した洋館はしばしの静寂に包まれた。
「じゃあ、帰ろっか」
「捜索の為に連れてきたが、別に部隊で来る必要も無かったな」
「王様には髪の毛数本で納得してもらおう。死んじゃったもんは死んじゃった訳だし」
「あーの王様がそんなんで納得するタマかねぇ……生き返らせてから帰って来いとか暴論カマされる気しかしねぇよコンチクショーがよぉ。あーあ、気が重い……カルメロルツに勘付かれる前にさっさと帰るぜ、兵士長」
「うーん……カルメロルツに勘付かれるのもアリ、か」
「アリかじゃねぇよバトルジャンキーがぁ! おら、さっさと帰るぜ」
カシウスがソルトを引っ張る。
「おっと」
身体が浮き上がったソルトは空中で姿勢を制御し、何事も無くシュタッと着地に成功した。
まるで猫のような身のこなしにカシウスは「相変わらずだねぇ」と苦笑いする。
そして外に目を向けて「何度見ても悪趣味だな、ここは……」と枝に串刺しにされた腐った死体を見てドン引きする。
部隊を引き連れるカシウスに続き、イリオスに向かう道中でソルトは北に振り向いた。
「あっちではそろそろ、祭りが始まりそうだね」
予感だ。
戦いに身を置く者としての勘が囁く。
また別の嵐が、カルメロルツに到来する。
そんな予感が。




