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無能勇者の烙印  作者: 汐倉ナツキ
第二章

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占い師の老婆


 次の解放目標であるサンブルックス・カルメロルツ領。

 その道中にあるビルポタス・カルメロルツ領の街で物資補給の為に一日停泊する事になった。

 ビルポタス・カルメロルツ領の前に通ったロアルナ・カルメロルツ領は山脈や渓谷など道になってない道が多かった故あって突破するのに一〇数日も時間が掛かった。


 馬車とか馬の役割をする魔物など重い物はアリスがふわふわと浮かせて移動していたからこの日数で済んだが、アリスがいなければもう一、二ヶ月は掛かっていた。

 間近で目の当たりにして改めて便利な神の贈物(ギフト)能力だと思わされた一件だった。


 それはともかく。


 ───ビルポタス・カルメロルツ領。

 その最北の街に来た真昼達は大通りでしつこい客引きに遭っていた。

 護衛の役割を果たしているアリスと離れ離れにならないように手を繋いでいた真昼だったが、案の定アリス以外とはぐれてしまっていた。


 一泊する宿は共有してるからその件に関しては問題無いけど、問題なのはそこまで辿り着けるかという事だ。

 最悪アリスに浮かせてもらえばいいけど、なるべく目立ちたくない身としてそれは下策。


「そこの坊や、ちょいとお待ち」

「───っ!?」


 突然、ガシッと腕を掴まれた。

 皺だらけの乾燥した手が真昼の腕を拘束した。

 無視しようと振りほどこうとするが、ステータスに差があってかどう足掻いても振りほどけない。

 弱いと選択肢すら与えられないと溜め息を吐く。


 仕方無く振り向くとそこには胡散臭い格好した皺だらけのお婆さんがいた。

 黒い服装。

 フードを被ってサングラスを掛けている。

 真昼も目隠ししたり黒い聖装束だったりと胡散臭いのはお互い様だが、無遠慮に他人の腕を掴む無礼者には訝しげな表情を隠せない。


「む? なんだこの老婆は……」

「お嬢ちゃんも坊やの連れならこっちにおいで」

「むむむむ……」


 眉を顰めたアリスから「どうするのだ?」と視線を受けた真昼は首を横に振る。

 揉め事を起こして面倒事になるくらいなら大人しく付いて行こうとジェスチャーした。


「話はついただろう。さあ、おいで」

「はぁ……」


 真昼は溜め息混じりに返事した。

 腕を引っ張られて連れてこられたのは年季の入った薄汚れた天幕。


「ご老人、あらかじめ言っておきますが貴女に渡す金品はありません。そして私達に危害を加えようものなら───命の保証は出来ませんが」

「物騒な事を言う坊やだね。安心しよし。こんな歳老いたババアにそんな大それた真似が出来るかい」

「それはどうでしょうか」


 すでに鑑定眼で視ている。


 この婆さんはCランク相当のステータスだ。

 職業は『占い師』とある。

 そしてみすぼらしい天幕の中には俺と同い歳の女がいる。

 婆さんと同じく黒いフードをかぶるCランク相当のステータス。

 苗字が違うし面影も無いから血縁関係じゃない事が窺える。


 アリスがいるなら予想を超える不意打ちさえなければ身の安全は保証されたも同然だが、こいつらにどんな隠し玉があるか分からない。


 鑑定眼を欺く何かをこの薄暗いどこかにあったならその時点でジ・エンド。二人のランクはC相当だから気を抜かなければどうという事は無いが……この無意識で油断する癖どうにかならないものか。


 テーブルの上には水晶玉、タロット、他にも占いの道具が豊富にあった。

 この世界で『占い師』が職業として表示されるくらいだ。

 実力は本物なのだろうが、生憎と占いに興味は無い。


「老婆よ。先に言っておくが私達から金を取ろうとしても無駄だぞ。私達は金を持っていないからな!」


 天幕に入ったところでアリスがデカい胸を張って堂々と情けない情報を開示し、釘を刺す。


「あ、お婆ちゃん……なんか、お客さんじゃ……無さそうだけど、その人達は?」


 奥から出てきた戸惑った様子の女。

 どうやらおかしいのはこの婆さんだけらしい。


「わたしの客だよ」

「おい! 貴様らに渡す金は無いと言ったはずだぞ!」

「金はいいのさ。坊やから発せられてる色があまりにも珍しくてね。だからつい連れてきてしまった。でも、お嬢ちゃんを視るなら有料だよ。視るのは坊やだけさね」

「む、むむむ! ずるい! ずるいぞ! なら私も無料で視てほしい! ほしい! ほしい!」

「良い歳して駄々がうるっさい小娘だねぇ……じゃあ坊や、さっさと済ませるとするさね。こっちに座りな」


 ようやく腕を解放された。


 俺が椅子に座った後、女がわたわたと慌ただしくアリスに椅子を持ってきた。

 アリスは唇を突き出しブスッとした顔でガタガタと音を立てて用意された椅子に座った。

 だいぶ機嫌が悪いな。


 天幕の中は外とは対照的に暗い。

 光源は蝋に灯された火一つだけだ。

 なんだか不気味な雰囲気を醸し出しているが、鑑定眼越しの視界だと雰囲気の影響は受けない。

 明暗も調節可能だし、俺の目に映るのはただ散らかっただけの場所だ。

 雰囲気も何も無い。


「ああ、珍しい星が視えるねぇ……昔に一度同じ星を視たきりだから、この星を視るのは何一〇年振りになるんだろうねぇ」

「御託はいりません。早く終わらせて下さい」

「……せっかちな坊やだ。まあいい」


 婆さんは水晶玉に両の手をかざす。

 かざした手をゆらゆらと揺らし、ブツブツと何かを唱える。

 すると水晶玉に色が浮かび上がった。

 それは絵の具を水に垂らした時のような色の広がり方だった。

 婆さんは水晶玉にズイッと顔を近付け、口を開く。


「近い未来、再び尊厳を奪われる。その時の傷は治せず療養に入るがまた絶望の淵に立たされる。可哀想にねぇ……こんなにも呪われてる運命を背負ってる人は初めて視たよ」


 何でそんなお先真っ暗で最悪な未来しか視えてないんだよ。

 近い未来って言ってるし……これなら訊くんじゃなかったか……。


「……………………ん? その先が視えないね。決して死んでる訳じゃない。なのに視えない……こんなのは初めてだよ……」


 婆さんは「まさか、この坊やが数一〇年前の占いに出た特異点……」とか何とかブツブツ呟いてるが、何なんだ訳が分からん。


「もう少し詳しく占ってみるかね」

「いえ、不要です」


 真昼は席を立ち、アリスに「行こう」とジェスチャーする。


「未来は不変では無い」


 そう、不変であれば俺がこの世界に堕とされたのも、あの人があんな目に遭ったのも、あいつが意識を奪われ連れ去られたのも、全部がすでに決められていた事になってしまう。

 俺の左目が抉られたのも、烙印を焼き付けられたのも全部、全部、全部。


「私を占った。目的は果たしましたね。であるならば、私達がこの場に留まる道理はありません」


 不愉快だ。


 不快感で虫唾が走るくらいなら始めから婆さんの手首を斬り……いや、神の贈物(ギフト)を使って躱せばよかった。

 占いに興味は無いけど、占いって魔力には何かこう……抗えないじゃん。

 興味は無い。

 気にはなるけど興味がある訳じゃないんだ。本当だヨ?


「信頼に足る人を作りな。その人が坊やを救う事もあるかもしれない」

「……ご助言に感謝を」


 勿論、婆さんには中身の無い口だけの感謝と見抜かれてるだろう。

 もう出会う事も無さそうだし、どうでもいい事だが。

 天幕を出た後、アリスが腕にぎゅっと抱きついてきた。

 力加減はしてくれたようで、腕は無事だ。


「老婆の言う信頼に足る人なんて作る必要は無いな! なぜならば! すでに! 私がいる!」


 ふふんとドヤ顔を晒すアリスに思わず吹き出してしまった。


「むむ!? なぜ笑う!? ここは笑うとこではないだろう!?」

「いや、アリスが頼もしくてさ。あまりにも」

「頼もしい? そうか、頼もしいか……。ふっふっふ! で、あろうよ!」


 アリスの髪を軽く触れるように優しく撫でた。


「ありがとうね。アリス」

「む? ……ふふ。もっと撫でるがよい!」


 そのまま真昼達は大通りの人通りを掻き分け、宿に向かって行った。

 その最中、より喧しいエリアに遭遇する。

 大衆エリアと離れたこの場所は、少し治安の悪さを印象付けさせる。


 ……というより、普通に治安が悪い。

 荒くれ冒険者とかボディガード連れた成金とか……まあ、治安が悪い奴らが跋扈している。

 絡まれたら面倒だ。

 幼さが残っててもアリスは完全無欠の美人だからな。

 絡まれそうな気はする。

 遠回りが面倒だからってこんな場所通るんじゃなかったか。後悔先に立たーず。


「ん? アリス、あれは?」

「む。ああ、あの人集りは奴隷競売だろうな。ここは奴隷市か」

「こんな目立つとこで白昼堂々とよくや……あー、そういやここは人権意識皆無の異世界だったな」


 こんな大っぴらにとかもはや昔の西洋……歴史の教科書の中の世界だ。

 長らくこんなクソみたいな場所にいたら時代逆行しそうだ。脳みそが。


「イリオスでも奴隷は珍しく無かったのだが……マヒルは奴隷反対派か」

「まあ……いや、どうあれ郷に入ってしまったからね。郷には従うよ」


 しっかりと野蛮な文化ではあるが。


「これがアリス達の普通なんだろ」

「むむ、普通……と言われれば普通……なのか? いや、私は奴隷を使役した事無いからな!? 売り買いした事も無い! マヒル的にクリーンクリーンな身の上だからな!?」

「別に何も言ってないでしょ」

「弁明じゃないぞ!? 一応、伝えておこうと思ってな!」

「ああ、そう……」


 鎖に繋がれてる奴隷達は全員諦めた表情を浮かべている。

 それに群がるは治安の悪い民衆。

 大声で競りを盛り上げるは他人の不幸を食い漁って肥えた商人。

 それらを見て真昼は目隠しの中で眉を顰める。


 ───吐き気がする。


 だが、外にいる時は常に起動している鑑定眼が気になる情報を捉えた。

 奴隷の中にいる一人の子供の名前の情報を。

 これは……使える。

 前言撤回する気は無いが、使えるものは使わせてもらおう。


「そこの方」

「なんだ? 見ての通り俺は競売に忙しいんだ。お前みたいな変なガキに構ってる暇は……いや、隣の別嬪ちゃんをくれるってんなら話は別だが───」

「《私の指示通りに動け》」

「ああ、分かった。何をすればいい」


 近くで競売を眺めていた金を持っているように見えた男に神の贈物(ギフト)を掛けた。

 ステータスはBで装備的に冒険者だろう。

 特に厄介事が起こるわけでも無く、目当ての奴隷を購入させる事に成功した。

 それから、その奴隷はしっかりと譲り受けた。


 実に平和的に突発的な目的を達成する事が出来た。

 ピースアンドピース。

 俺の神の贈物(ギフト)は基本、効果が永続する。

 すでに利用価値が薄れた冒険者然の男は未だに支配下にある。

 だったら適当に俺の団体のパトロンの一人にでもなってもらうとするか。






「それで、カヤもあの坊やを占ったんだろう?」

「う、うん……こっそりと……」

「人と関わりなって言ってるのに、この子ときたらまったく……で? 何か気になる事でもあったのかい?」


 占い老婆にカヤと呼ばれた女は占った内容を思い出したのか引き攣り強ばった顔をした。


「えっと……おばあちゃんは、さ……先が視えなかったって、言ってたでしょ?」

「そうさね。あるのに無い。坊やの先の未来は空洞のようで、ポッカリ抜き取られたように何も視えなかった」

「私は、違った……」


 声を震わせるカヤに占い老婆はサングラスを外す。

 カヤと呼ばれた少女は親に捨てられ途方に暮れていたところを老婆が拾ったという過去がある。


 同情からそのまま育てていたが、一つ誤算があった。

 老婆が目を離した隙に、老婆がいつもやっている占いを見様見真似で行ったカヤを目の当たりにした時だった。


 老婆は目を剥いた。

 たまたま拾った捨て子が己の生業とする占いの才能が有り余っていたからだ。

 そんなカヤが強ばった顔でさらに先の未来を視たと言ったのだ。


 真面目な顔を作り、目を合わせて問い掛ける。


「……カヤ、何を視たんだい」

「おばあちゃんが視た先でも彼は何度も絶望を繰り返す。その先に彼は……」


 カヤの脳裏に過ぎるのは己の水晶玉が映した悲惨な光景。

 天が裂け、海が荒れ、地が割れる。

 まさに天変地異。

 空から絶え間無く陸地に降り注ぐ巨大な燃え盛る鉱物。


 それら厄災は全世界を恐怖に陥れた。

 人災であるのに被害規模は天災と、およそ人の手で起こされたものとは思えない。

 彼は、嗤っていた。

 愉快からか、怨恨からか、諦念からか。

 彼の声は世界中に響き渡っていた。




「彼は、この世界を───滅ぼしてた」




この老婆は占領前のカルディッシュでノーランドを占った人。補足として一応。

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