お人好し
「ん、んん……」
長らく朦朧だった意識が覚醒した。
俺はゆっくりと右目を開いた。
木目の天井がある。
それにベッドで仰向けで寝た体勢。掛け布団を掛けられている。
左目は……視界が黒い。
目を開いたのに目の前は黒。
真っ黒で何も見えない。
目の中の筋肉は動かせるが眼球はもう動かない。
あの時確かにぶっ刺されたんだ。
やっぱり失明したか。
ただ、左目があった場所には異物感を覚える。
眼球じゃない何かが埋め込まれてる?
いや違う。どうなってる?
確かあの後俺は魔物に……一体ここはどこなんだ。
ポキポキ鳴る首を動かし辺りを見渡す。
そして真隣を見た瞬間、俺は───。
「ぎゃああああああああああ!?」
叫んだ。
それはもう恥も外聞も無い見事でお手本のような絶叫だった。
けど寝起きで叫んだ為かすぐさま「けほけほ」と咳き込んだ。
「んがっ。何だうるせぇ……もう朝かよ」
俺の絶叫の原因。
隣で眠ってた巨漢の男が欠伸をしながら目を覚ました。
パッと見でも分かる二メートル超えで体格が良い。
筋肉なんてモリモリでバキバキだ。
巨漢の男は寝惚けた顔のまま立ち上がり身体を伸ばして骨をゴキゴキと鳴らした。
爆竹みたいな爆音だった。マジで怖い。
巨漢の男はしばらくボーッとした後、ゆっくりと俺の方に顔を向けてきた。
何だ……っ、俺は食べられるのか? 食糧なのか!? と肌が粟立ったまま俺は動けないでいた。
「おっ、坊主! やっと目を覚ましたか!」
「え」
巨漢の男が嬉しそうな顔をした。
その後すぐに俺をひょいっと米俵を担ぐようにし部屋から出た。
「……っ」
何だこの状況は……俺はどこに連れて行かれる? そもそもこの男は誰だ?
寝起きというのも重なり、本人の意思に反し真昼の脳は理解を諦めていた。
「おうお前らぁ!」
「あ! ガルセルドさん! おはようございます!」
「あんたにしては、早いお目覚めだね」
ガルセルドと呼ばれた巨漢の男は「おう」と応えた。
ここは見る限り食事処……この建物は宿屋か。メレルド村のような。
ひとまず人食いオークの村じゃ無さそうな事に安心した。
「ようやくガキが目覚めたぜ! ほれ!」
俺は首根っこ掴まれて椅子に座らされた。
猫か俺は……首ちょっと痛かったし。
テーブルの向かいには女の人が二人。
その内の一人が頬杖突いて口を開いた。
「あんた、今の気分は?」
「え」
「……ねえガル、この子に何も教えないで連れてきたの?」
「お、そういえばそうだったな!」
ガルセルドは「ガハハ!」と豪快に笑った。
頬杖を突いていた女性は呆れた顔を浮かべ背もたれに寄り掛かって溜め息を吐いた。
「まあいいか」
女性は俺の顔を見た。
「あんたは試しの森で魔物に襲われて倒れていた。で、私達はあんたを助けた。あんたがここにいる経緯はこんなところだよ」
「おいマク、言葉が足りねえんじゃねえか?」
「マクナさんが率先して助けて、治療もしてくれたんですよ! あと服と義眼もそうです!」
「うるさい」
俺は少し頬が赤くなったマクナと呼ばれた女性の顔を見た。
そうだ。俺の服は引き裂かれ使い物になってなかった。それと目の異物もそうか。
それに何より、身体に痛みも無い。
あの時と比べて極めて快調……この人が。
「あの、マクナ……さん。助けてくれて、どうもありがとうございました。本当に、助かりました」
俺は深々と頭を下げた。
「ん。事情はその焼印でおよそ察したから敢えて訊かないけどさ、私はただあんたがほっとけなかったから助けただけ。そんなに畏まらなくてもいいから」
「でも、命を救われた上に……服と義眼も……」
「だから………あ、忘れてた。あんたさ、凄い物持ってんじゃん」
マクナは意地の悪い顔をして「これ」と指輪を取り出した。
全てを見透かすような不気味な瞳を宝石で装飾したデザイン。
ムカつくがルーシェルに貰った俺の生命線。
弱者足る俺に欠かせない必需品。
あの指輪は『魔術阻害の指輪』だ。
天才錬金術士のコーリッシュが手掛けた最上級の一品。
身に付けるだけで自身に干渉する魔術全てを阻害する至高の魔導具。
「こんなデザインの指輪、指に付けちゃ目立つもんね。あの時、回復の魔術が効かなくて焦ったよ。まさか足の小指に付けてたとは思わなかったけど」
「……っ!」
そうだ。俺はずっと警戒していた。
だから奥の手は目の見えないところに隠していた。
マクナは片手で指輪を遊ぶように弄び、俺を挑発するように見ている。
薄ら笑いを浮かべる彼女も分かっている。
その指輪が俺に必要な物であるという事を。
そして俺はすでに視ている。
鑑定眼でこいつらのステータスを。
だからこそ俺には何も出来無い。
カルメロルツの騎士なんか比べ物にならないステータスを有するこいつらには。
指輪を持つマクナはランクAの上澄み。
後ろに佇むガルセルドは文句無しのランクS。
マクナの隣に座る頭を隠した敬語口調の少女はランクB。
指輪を取り返そうにも、これじゃ無理だ。
返り討ちにあって死ぬだけだ。
「…………っ」
「…………ぷっ、あはははは!」
「くっくっく」
「もう、意地悪は駄目ですよ! 二人共!」
突然楽しそうに笑い出す二人に少女が注意した。
何だ……なぜ笑ってる?
事情を読み込めない真昼は不安な表情を隠せずにいた。
「いや、ね。思ってた以上に良い反応してくれたからさ」
「そんな必死な顔すんな坊主……くくっ」
「だから意地悪は駄目です! レオ怒りますよ!」
むーむー唸るレオにマクナは「ごめんごめん」と人差し指で涙を拭った。
「ほら、返すよ」
「あっ!?」
ポイッと投げられた指輪を両手でキャッチした。
「意地悪したのは悪かったけどさ、指輪が欲しいだけなら私はあんたを助けてないよね」
「あ、そうか。それもそうか……」
冷静に考えれば分かる事だった。
指輪が欲しいだけなら俺を助けるなんて無駄な労力は使わない。
俺は彼女に揶揄われてただけだったようだ。よかった。
「まあ二週間も寝たきりだったんだし、頭が回らないのもしょうがないね」
「二週間!?」
俺はそんなに寝ていたのか。
唖然とする俺を横にガルセルドは厨房にメニューを注文していた。
「あんたもお腹空いてるでしょ。何か頼んどきな」
「いや、今は手持ちが……」
「分かってるよ。あんたが何も持ってないのはさ。だからここは持つって言ったんだよ。遠慮とかいいから早く頼みな」
「……っ!」
この人は何でこんなにも良くしてくれるんだ。
ありがとうと感謝を伝えようとしたら目を細くされ睨まれた。
お礼も言わせてくれない。
マクナはほっとけないから俺を助けたと言っていた。
その言葉が本心だとしても、俺はやはり疑ってしまう。
それはなぜか。
この人達がこの世界の住民だからだ。
感謝はしている。
見ず知らずの俺を助け介抱し、服と義眼を与えてくれた。
これ以上無いほどの恩だ。大恩だ。
だが、それでも俺は───。
▽
今、俺達は荷馬車で移動している。
マクナは俺を国外に送るからと言っていた。
至り尽くせり過ぎる。
荷馬車は丁度街で目当ての国に出発する行商人が護衛を募っていたから一同で相乗りさせてもらったのだ←脅したとも言う。
あれは行商人が気の毒な事件だった……。
ただ国外といってもカルメロルツの支配領域らしい。
国名はカルディッシュ。
その昔カルメロルツが戦争を仕掛けて侵略した国の一つだそうだ。
またあの国か……。
本当に見境の無い蛮族だな。
カルメロルツ本国にいるよりは比較的安全だからカルディッシュまで送ってくれる。
なぜそこまでしてくれるのか訊いてもマクナは「ほっとけなかっただけ」としか答えてくれない。
ガルセルドとレオーネは訳知り顔だったけど教えてはくれなかった。
けどガルセルドが「これはマクのプライドの問題だ」とだけ教えてくれた。
俺を助けた理由。
そして俺を助ける理由。
それはマクナの内面に関わるものみたいだ。
それを出逢ったばかりで外様の俺が知る必要は無い。
ガルセルドの言いたい事は分かるけど、簡単に納得は出来無い。
なんせ見ず知らずの人に世話を焼かれ今も尚助けられてる最中なのだ……俺は何も返せないのに。
納得など出来ようはずも無い。
「あ」
「ん〜……この音は盗賊ですね! パターンも一致してます!」
マクナの漏らした一文字に反応したレオーネが耳をすますように両手を頭にパタパタさせていた。
普通耳をすますなら耳の横じゃないか? と思ったがここは異世界だし元の世界の常識じゃ計れない何かがあるのだろうと勝手に自己完結する。
「ひぃいい!? あんた達、あんだけ金払ったんだから頼むぞ!? 私と荷物をしっかり守ってくれよ!?」
御車台から行商人の焦った声が訊こえてきた。
「そう慌てんなオッサン。商人は常に冷静であるべきだぜ」
「そんなの時と場合に寄るだろう!?」
「あははー! それは! そう! ですね!」
危機に晒され慌てる行商人とそれでも平常運転のガルセルド達。
どっちがおかしいかと言われれば……まあ、ガルセルド達の方だけど。
でも鑑定眼で見たところ盗賊のステータスはこの三人に遠く及ばない。
三人の態度は余裕の表れなのかもしれない。
最高でランクC相当。最低でランクD。
この盗賊達、レベルもある程度高いし三人には及ばないにしても俺よりは確実に強いんだよな。
思わず溜め息が出る。
「マク、レオ! あいつら全部オレが貰っていいか!」
「駄目って言っても行くんでしょ? あんたは」
「まーったく意味の無い問答ですね!」
ガルセルドが二人に確認を取るが二人からは容赦の無いアンサーが返ってきていた。
「ガハハ! おいオッサン! オレァ今からあいつら殺って来るけどよォ! 馬車は停めなくていいぜ!!」
しかし彼は気にする事無く雄叫びを上げ盗賊に突っ込んでいった。
その際、荷馬車はガタッと大きく揺れた。
「すっごぉ……」
盗賊を相手に暴れまくるガルセルド。
それを荷馬車から見ていた俺は思った。
人間てあんな簡単に吹き飛ぶものなのか、と。
確かにあの時、勇者の裏コードか何か知らないが釘宮も騎士を吹き飛ばしていた。
でもガルセルドは何も無しに純粋なパワーだけで盗賊を吹き飛ばしているのだ。
ランクS。
文字通り───レベルが違う。
数一〇秒後、一通り盗賊を片付けたガルセルドは物足りなそうな表情で荷馬車に帰ってきた。
爆速で盗賊から離れる荷馬車に勢い止まらぬダッシュで。
ちょっとした恐怖を感じた。
「なんだァあいつらは……盗賊だってのにてんで手ごたえがねぇじゃねぇか」
「盗賊って言っても、結局はピンキリだからね」
「ガルセルドさんの基準は高過ぎなんですよ。逆に世界に轟く三大盗賊団と比べられる方が可哀想ですよ?」
「あー、腕が鈍っちまうぜぇ……クソがァ!」
ガルセルドは見た目通り戦闘狂らしい。申し訳無いけど普通に怖い。
「所持品は?」
「あいつらと同じでシケてやがった。ほれ」
床に投げ落としたのは複数の麻袋型の財布だった。
あの短時間で盗ってきたのか。
感動すればいいのやら呆れればいいのやら。
「そ、そういえば訊いた事がある! 昔と変わり果てたカルディッシュに馴染めない元国民が都市部を出て犯罪行為に走っているって噂を!」
「あんた、それを知っててよくカルディッシュに行こうと思ったね」
「だから護衛を雇ったんじゃないか!」
「あ、確かに」
俺は行商人とマクナが繰り広げるボケボケな会話が面白くて思わず笑ってしまった。
「あはっ! あはははは!」
「ククッ、ようやく笑ったな坊主」
「あーよく考えたらそうですね! マヒルさんずっと笑ってなかったですもんね!」
「だって! 会話が……っ、あはははは!」
「そうだ、人生笑ったもん勝ちなんだぜ! ガハハハハ!」
合ってるようで合ってないガルセルドに呆れるマクナだった。
しかし真昼を見るは慈しむような目だった。
真昼は腹を抱えてた為、その温かい視線に気付く事は無かった。
それから数回の休憩を挟みながら移動して約七時間後、一行はカルディッシュの北の都に到着した。
マクナ達は真昼の意識が戻らない間も南下していたらしく、目が覚めた時にはカルディッシュの国境内だったみたいだ。
だから一日と経たずに到着したのだ。
行商人とはすでに別れている。
マクナとレオーネをニタニタといやらしい目付きで値踏みしてたところをガルセルドに懲らしめられたからだ。
ガルセルドが手を離した瞬間、ぴゅーんと脱兎の如く消えていった。
二人が綺麗なのは分かるが同情の余地は無い。
というかあんな膨れた腹でよく動けるなとつい感動してしまった。
「マヒル。カルディッシュには着いたけど、私はまだ必要?」
俺より二〇センチほど身長が低いマクナは覗き込むように顔を合わせてきた。
「遠慮しないで、頼っていいんだからね」
優しげな表情で言うマクナのとても甘い言葉につい頷きそうになる。
でも、この人達は良い人達だ。
だからこれ以上頼る事は出来無い。
なぜか。それはこの世界で俺が頼った人は残らず不幸に陥った事実があるから。
俺が頼ってしまったのは釘宮と、御子柴さんだ。
だから俺はもう良い人を俺の都合に巻き込みたくない。頼りたくない。
この世界の人達は変わらず好きじゃないけど、この人達は別だ。
「もう、大丈夫です。見ず知らずの俺にこんなにも良くしてくれて、本当にありが───んむ」
「だから、これは私がほっとけなかったから私が勝手にマヒルを助けただけ。何度も言うけど、そんなに畏まるな」
マクナは人差し指で俺の口を塞いだ。
またしても感謝キャンセルされた。
「……っ、でも、それだと俺の気が……あ、そうだ! この指輪貰って下さい!」
俺は魔術阻害の指輪をマグナに差し出す。
彼女は最初に顔を合わせた時レアだからと欲しがってた様子を見せていた。
「マクナさんの献身は金には変えられないけど、この指輪は───」
「それは駄目」
そう言った彼女は俺が差し出した指輪を押し返した。
「この指輪はあんたに必要な物でしょ? だったら貰えない。だからさ、今度会ったら私達にご飯たらふく奢ってよ」
マクナは優しく微笑んだ。
「おっ、そりゃいいな! マヒル、分かってると思うがオレ達は滅茶苦茶食うぜ?」
「もうお腹空いてきました! ペコペコです!」
傍で静観していたガルセルドとレオーネが割り込んできた。
マクナは二人に「あんたら気が早過ぎだっての」と苦笑した。
俺はマクナ達の優しさで目尻に涙が溜まっていた。
鼻もツンとしてる。
「泣くんじゃないの。男の子でしょ?」
首に手を伸ばしたマクナはそのまま俺を抱き締めた。
温かく安心する人肌の温度。
優しく背中をぽんぽんと叩かれた俺はついに我慢出来ず決壊した。
「くっ、ううう……ひぐっ……」
「私、余計な事しちゃった?」
ガルセルドとレオーネは呆れた顔で「うん、うん」と頷いた。
しばらくして真昼が落ち着いた頃に別れの挨拶を済ませ、三人は去っていった。
真昼は後ろ姿を見えなくなるまで三人を見届けた。
「⎯⎯⎯ありがとう」
そのようにマクナが訊けない距離なのをいい事に、自分勝手な感謝を押し付けながら。
真昼が三人と共に行動していた時、マクナは真昼に対してしきりに構っていた。
なぜこんなに構ってくるのか真昼には分からなかったが、構われて決して悪い気分にはならなかった。
見ず知らずだったはずの他人にこうも積極的に接される。
そんな行為は普段の真昼なら絶対に拒否するだろう。
しかし真昼がマクナを拒否しなかった理由は恩だとかそういうものでは無かった。
⎯⎯⎯親愛の情。
マクナから一身に受けた家族愛にも似た感情があまりにも温かかったから。
だから真昼は無抵抗に構われ続けた。
ちなみに本気でマクナを実の姉と交換したいと思ったのはここだけの話である。




