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無能勇者の烙印  作者: 汐倉ナツキ
第二章

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『いつも』の日々③/回帰





 ───夢を見ていた。




『ふむ、経験者とはいえ新入生にしては中々の手応えだった』

『……っ!』

『負けを悔しく思えるならお前はまだ強くなれる。励めよ汐倉』


 真昼達ズッ友剣道部は全員別々の高校に進学した。

 家から少し離れた緑ヶ丘高校に進学した真昼は一人の先輩に負けた。

 歴九年目の特技の剣道で。

 文句の付けようが無いほど、完膚無きまでに。


 入学したての真昼は上原と同じ高校、同じクラスになれた事に浮かれていた。

 あと高校デビューって事でスマホをゲットした事にも浮かれていた。

 スマホの件で浮かれてたのは高校受験の時からだが、取り敢えず救世主(メシア)楽しい。


 有頂天になった真昼の鼻っ柱を叩き折った先輩は努力する天才(・・・・・・)だった。

 真昼は生まれて初めて天才というものを見た。

 それも日々修練を欠かさず日に日に強くなっていく天才を。


 敗北した悔しさに歯を食いしばった真昼は中学まで天才と出逢わなかったから順調だっただけの井の中の蛙だった事を自覚した。

 だからこそ真昼は───。


『ぜってー勝つ』


 真昼は天才に、赤坂征司郎に勝ちたいという欲が芽生えた。

 柄じゃないのは分かってる。

 けど無性に証明したくなったのだ。

 凡才でも天才に勝てるという事を。


 それから真昼は稽古中に赤坂を注視した。

 天才の挙動を余さず頭に入れる。

 手首の動き、足捌き、子技。中でも大まかにこの三つの要所を意識して見る。

 そして観察した動きを自分が納得するまで何度も繰り返す。

 あとはそれを自分流に昇華して落とし込む。

 見取稽古で凡人の真昼でも再現可能な動きを模倣。挑む。


『今のは俺の動きか。最近稽古中やけに視線を感じてたが、なるほどそういう事か。確かにお前は強くなったが俺には届かなかったな。また次も魅せてくれ』


 まだ足りない。


 今の真昼に足りないものを取り入れる。

 今まで以上に竹刀を速く振り上げ、速く振り下ろす。

 反復し体捌き、足捌きを研ぎ澄ます。

 走り込み肺活量を少しでも増やし体力を向上させる。

 剣道における集中力を引き上げる。神経を研ぎ澄ます。

 試合中に二度と気を抜かないように。死に物狂いで。

 また挑む。


『短期間でここまでやるようになるとは……汐倉と同じ歳の俺であれば負けていたな。少し驚いたぞ。また次も魅せてくれ』


 まだ足りなかった。


 赤坂の『心』『技』『体』の熟練度は異常の一言に尽きる。

 気を逸らせない。

 体現する技術はほぼ無限のバリエーション。

 細身なのに力強いし機敏で体力も多い。

 全くと言えるほど隙が無い。

 だというのにこの天才、努力を辞めないとはどういう了見だ。まじで。


 このままじゃ追い越すどころか一生追い付けない。

 そもそも赤坂は三年生で受験生だ。

 卒業するより遥か前に引退だってする。

 勝ち逃げされてしまう。

 果てしない焦燥感が真昼を蝕む。


 そんな時だった。


『最近のお前には焦りが見える。強くはなったが精細な動きが欠けてきている。何か理由があるなら話してみろ』

『焦り、理由……? 分かんないっすか……俺は、何をどうやっても赤坂先輩に勝てない。一本も決められない! 有効打突に届きすらしない! 何なんだ先輩は……天才の癖に努力を怠らないで! 一瞬でもいいから立ち止まれよ! 何なんだよクソが! 勝ちたいのにこんなの勝てる訳無いじゃないか!』


 駄々のように漏れ出た真昼の心からの叫び。

 真昼の情けない言葉は休憩中の先輩や同級生にも訊かれてる。

 でも、そんな事すら気にならないほど真昼の焦燥感は大きかった。


 そんな真昼に赤坂は───。


『先輩には敬語を使えぇええええ!!』

『ぶぶべらァ!?』


 バチーンと強烈なマジビンタを食らわせてきた。

 真昼は頬を押え呆然としていた。

 あとから訊いた話だが他の部員も全員呆然としてたらしい。

 真昼が赤坂との勝ち負けに執着してるのを知ってるだけに余計に。


『え、えー……え?』

『叩いたのは悪かった。謝る。断っておくが俺は汐倉が嫌いで叩いた訳では無い。そう、俺達はいずれ社会に出る事になる。そんな時敬語を使えなきゃ確実に不利になる事は必至。同期に遅れを取るのは明白なのだ』

『それは……そうでしょうけど、今……っすか?』


 真昼の言葉に部員全員が『うんうん』と頷く。


『まあそれはさておき……』


 部員全員が『こいつ雑に流しやがった』と真昼に同情した。


『汐倉真昼』

『っ、はい』


 突然真面目な顔をした赤坂。

 さっきまでの落差から脳内がバグった真昼は反射で返事を返した。


『この後、俺の祖父が開いている赤坂道場に来ないか?』

『……………………え?』


 それから真昼は部活終わりに赤坂と件の道場に行った。

 幸いにも道場は緑ヶ丘高校の近隣に建てられていた。

 帰りの心配は必要無さそうだと真昼は胸を撫で下ろす。


 というよりすげえと語彙力の欠片も無い感想を真昼は抱いた。

 赤坂家と剣道場がガッチャンコしていたのだ。

 こんなん初めて見たと驚嘆する。

 小学校まで通ってた三輪道場は道場だけの建物だったから余計にすげえとなった。


 しかしそれはしょうがない部分もある。

 真昼の地元と比べて緑ヶ丘市は比較的田舎で土地も広い。

 マンションすら少ない有様なのだ。

 それはそうとすげえのはすげえ。


『いつまで蓬けている。入るぞ』

『あ、はい!』


 赤坂に連れられ道場に入る。

 まだ稽古は始まってない。

 訊くと十九時開始らしい。

 取り敢えず真昼は道行く人に片っ端から挨拶した。


『征ちゃん! また後輩連れて来てくれたのか!』

『うちは若いのが少なくなっちまったからなぁ!』

『おう兄ちゃん! 今回に懲りずまた通ってくれよ!』


 真昼が赤坂の二個後輩だと知るや否や道場の皆は歓迎してくれた。

 どうやら赤坂の同級生部員や一個下の後輩部員も一度この道場に来た事があったらしい。

 けどキツかったのか二度と来なくなったみたいだ。


 普段の真昼なら三輪道場以外の道場は敷居すら跨がない。

 しかし今は世にも珍しい熱血期間実施中。

 強くなれるならドンと来いだった。

 その日から真昼は赤坂と共に部活終わりは道場通いをするようになった。


 赤坂のような人材がいる。

 なら三輪道場より厳しい稽古内容なのは明白。

 その予想通り、ここは地獄のような稽古内容だった。

 通い始めの頃は吐いた。

 ゲロゲロ吐いた。

 道場の常連に他人のゲロを片付けさせて申し訳無いと思いながらもゲロは止まらなかった。


 だけどゲロを吐かなくなってから真昼の動きは劇的に変わった。

 今まで以上に動けるようになったのだ。

 これまでは自分で限界を決めつけて成長を阻害していた。

 それまでの限界を超えた真昼はまだ強くなれる。


 そんな矢先にである。


『───はい?』

『訊こえなかったのか? 俺は高校卒業を機に剣道を辞めると言ったのだ』

『いや、訊こえましたよ。だから『はい?』って言ったんです』


 いつものように道場への道すがら真昼と赤坂は雑談に興じていた。

 しかし今日の赤坂の口から出た内容は真昼が考えすらしてなかった事だった。


『県外の大学に通う事になってな。遠いから一人暮らしの許可が出た。だがそうなると定期的に実家に通うのは無理があるし、仕送りを無心するのも心苦しい。大学に行きながら俺はアルバイトしようと思っててな』

『俺、まだ先輩に勝ててないんすけど。勝ち逃げっすか?』

『ふははは、そう睨むな。お前は強くなっているだろう。この前の大会、新人戦の個人戦でも優勝したじゃないか。だというのに俺との勝ち負けに執着して一体何が不満なんだ』

『……………俺は、高校に進学してから生まれて初めて『天才』というものを見ました』


 その未来が避けられないならと真昼は語った。

 己の心中を。

 赤坂征司郎という男を目の当たりにしてから芽生えた自分勝手な欲を。

 赤坂本人に拗ねたようにぶつけた。


『なるほど……しかし解せないな』

『何がですか』

『前提が間違えている。俺の実力は努力すれば誰もが辿り着く程度の力でしかない。確かに世界に天才は存在する。だが俺は天才でも何でも無い』

『なら何で上達スピードが人より速いんすか。俺だって追い付けないのに』


 赤坂は立ち止まった。

 数歩遅れて真昼も立ち止まった。

 数秒顎に手を当て考えた後、赤坂は語り出した。


『俺は物心付く前から竹刀を握っていた。幼い頃から剣道に触れてきたのだ。祖父は喜んでくれたが両親はいつでも辞めていいと言ってくれた。学校の友達と遊んでも良いと。だが俺は学校の奴らがする遊びに興じた事は無い。剣道だけが俺の人生だった。だからじゃないか? 俺は人より剣道に打ち込む時間が長かっただけだ。ただそれだけの事だ。ただそれだけの話なのさ』

『…………』


 黙り込む真昼に赤坂は溜め息を吐く。


『納得した訳じゃなさそうだな、その顔は』

『だったら……俺が先輩に勝てないのは、俺の努力不足って事ですか?』

『まあ、そういう事だな』

『───っ!』


 残酷な肯定。

 中学生の頃、先輩に問われ真昼は言った。

 剣道に必要な精神『心』『技』『体』その全てが劣っていると。

 だから勝てないのだと。


 その言葉は今、赤坂から真昼に戻ってきた。


 だが、その全てが赤坂より劣ってる事は真昼も自覚している。

 ただ納得出来無いのだ。

 少しの努力でこれまで勝ててきた自分が、これまで以上に努力したというのに勝てない存在に。


『お前は俺を羨んでるのか?』

『……そう、かもしれないです』


 そう、無意識に真昼は憧れていた。

 目の敵にしていたはずの存在の実力を羨んでいたから。

 憧れたから努力出来た。

 いつしか赤坂は真昼の目標になっていたのだ。


『ふむ、だがな汐倉。お前が俺を羨んでるように、俺もお前を羨んでたんだぞ。実はな』

『え?』

『不思議か? まあそうだろうな。それを自覚した時は俺も不思議な思いをしたものだ。汐倉、お前は剣道以外にも情熱を注げるものがあるだろう? ほら、あのー……』

救世主(メシア)っすか?』

『そうそれ!』


 赤坂はスッキリした顔で真昼に指差す。


『部員の中で俺に追い付こうとする者はこれまでもいたがいつしか横道に逸れて張り合ってくれなくなってな。だが汐倉は横道に逸れてるが俺に張り合ってくれた唯一の存在だ。俺と違い剣道以外にもリソースを割いてるのに強くなった』

『好きだからやってるだけですよ』

『その好きが羨ましいんだよ。俺は剣道しかない人生だったから───今度は剣道(それ)以外の生き方を見つけてみようと思ってな』


 赤坂は微笑んでいた。

 真昼は少し居心地が悪くなって顔を背けた。

 いや、気恥しくなったから顔を背けたのだ。


『だからまずはアルバイトっすか?』

『ああ、以前俺も触発されてそーしゃるねっとげーむとやらをプレイしようとしたのだが勝手がよく分からなくてな』

『ジジイっすか』

『誰がジジイだ!』

『うわっ!?』


 真昼は髪をわしゃわしゃと乱雑に撫で回された。

 止めさせようと抵抗するが赤坂に力で勝てない為、途中からなされるがままになった。無念。


『汐倉』

『……はい』


 乱雑に撫で回すのを止めた赤坂は真昼の頭に手を乗せたまま話を再開した。


『お前は眼が良い。いずれ剣道以外でもその眼がお前を救う事もあるかもしれない』

『夜更かしで年々視力は落ちてますけど』

『茶化すな。俺は真剣に話している。よく訊け』


 赤坂は真昼と目を合わせた。

 己に向けられる真剣な表情に真昼は息を呑み佇まいを直した。


『お前にはこれから幾多の困難が待ち受けている。その眼だけでは敵わない事態にも遭遇するかもしれない。だがこの言葉だけは覚えておけ───諦めるな』

『諦めるな……』

『そうだ。一寸先は闇で、目の前が何も見えなくとも諦めなければいずれ活路は斬り拓ける。厄介な困難は斬れ。俺達は───剣道家だ』


 赤坂はそれだけ言って真昼の頭から手を離し歩みを戻した。

 真昼はあとを追い掛ける。


『先輩、一体何の話ですか!』

『何、今は分からなくていい。人生の訓示のようなものだ!』

『人生の訓示って……ゆうて先輩俺と二つしか違わないっすよね!?』

『ぶわぁっはっはっはっは!』

『先輩ー!?』


 その日、真昼は初めて人を尊敬した。

 かっこいいと思った。

 赤坂征司郎という男が。

 この男の生き様が。

 だからこそこの日、この時、この瞬間の出来事は真昼の胸に永遠に刻まれる事となった。


 いや、永遠に斬り刻まれる事となったのだった。




 ───夢を見ていた。




『汐倉先輩汐倉先輩汐倉先輩!』

『どしたーん』

『先輩に教えてもらった救世主(メシア)ってソシャゲ昨日家に帰ってからやってみたんですけど、スゴいです! めちゃくちゃ面白いです!』


 ⎯⎯⎯格技場二階。

 そこが公立緑ヶ丘高等学校剣道部の場所だ。

 あれから時間は過ぎ去り、三月に赤坂先輩は新天地に引っ越した。

 真昼は進級して二年生になった。

 そんな真昼に興奮した様子で話し掛けてきたのは新入生で剣道部入部希望の女子生徒、筒井美菜子だった。


 今は部活動体験入部期間中の為、稽古は緩い。

 だからあまりにもうるさくしなければ私語に注意は無い。

 無駄話をする暇もあるのだ。


『ふふふ、そうだろ? よし、今からフレンド登録しようか』

『いいんですか!? やったー! フレンドになりましょう先輩!』

『善は急げだ筒井後輩! いざ行くぞ! スマホのある部室ぶへぁ!?』


 筒井を連れ、部室に向かおうとしたところ後ろからバシッと脳天に竹刀を食らった。


『うがごごごご……っ』

『だ、大丈夫ですか? 汐倉先輩……ひっ!?』


 痛みで蹲り頭を押える真昼に筒井が寄り添って心配してくれた。が、後ろの何かを見て怯えた。

 そんな真昼達を見下ろす下手人は巨峰……じゃなくて同級生の水島夏羽だった。


『汐倉、あんた赤坂先輩が卒業してから腑抜けたんじゃない?』

『……何だと?』

『だってそうでしょ? 赤坂先輩がいた時のあんたはギラギラしてた。今の不意打ちだって竹刀で防ぐか避けるくらいできたでしょ』


 剣呑な雰囲気をぶつけてくる水島に真昼はどっちも否定しない。

 その様子に周りは『マジかよこいつ』と戦慄していた。

 筒井だけはキラキラした目で真昼を見ていた。

 ふ、尊敬の眼差しは気持ちが良い……けどこの子に腑抜けたうんぬんは訊こえて無かったのかもしれない。


 水島夏羽は二学年に上がって同じクラスになった同級生だ。

 そして真昼以外で赤坂道場に通い続けた唯一の剣道部員。

 真昼は赤坂が剣道を辞めていなくなったから張り合いが無くなり通うのを止めたのだが、いつの間にか水島も止めてたらしい。理由は知らん。


『腑抜けたとか好き勝手言ってくれるけど、俺は何も変わってねえよ』

『っ、変わった! 変わったの! あたしはずっと見てたんだから間違いない! だから……』

『ずっと見てた? 水島が、俺を? 何で?』

『〜〜〜っ! もういい!』


 怒ったのか顔を赤くした水島はさっきまでいたところに戻って行ってしまった。


『突然突っかかって来て突然去って行って、何だったんだ……あいつ』

『先輩って……意外とニブチンなんですね』


 この時、筒井が呆れた顔を向けてきた理由を真昼はまだ知らない。




 ───夢を見ていた。




『おーい汐倉! 保健委員会に提出する記録書ちゃんと書いてる〜?』

『書いてるよ上原。流石に期限が明日だからこれ以上サボれないし』


 返答しつつ真昼はシャーペンで書類に活字を羅列する。


『え〜、ホントに〜?』

『うざ』

『あー! またそんなこと言う!』


 この時、水島は最後尾席から俺を睨んでたらしい。理由は知らん。


『って、別に業務確認する為に話しかけたんじゃないんだよ!』

『うん。それで?』

『えーっと、明後日土曜で夏祭りでしょ? よかったらでいいんだけど……一緒に行かない?』

『二人で?』

『……二人で───だめ?』


 そうだ。

 この時、俺は上原と約束した。


『明後日、絶対に、一緒に花火を見よう』

『……うんっ!』


 約束、したんだ。

 緑ヶ丘の祭りにわざわざ上原から誘ってくれて。

 その事実だけでもすごく嬉しくて、俺もすごく楽しみにしていた。


 ───なのにッ!


『な───何だこれはっ!?』


 俺の声と同時に全員の驚愕を含んだ絶叫が部室内に響き渡った。


『せ、せんぱ〜い……なんですかこれ〜!?』

『……っ!』


 真紅の輝きを放つ魔法陣が部室の床を支配する。

 それから蒼、黄と複数の魔法陣が出現した。


 それら全てを飲み込み世界が黒く染まりゆく。

 自分以外に何も無い漆黒の世界。


 俺は見ていた。

 この残酷な世界に召喚されてからずっと。

 冒険者が無惨にも魔物に殺される姿。

 人を簡単に生贄に出来る無表情の女。

 カルメロルツに巣食う被虐趣味の下衆。






「吐き気がする」


 この世界に幸福など無い。

 この世界に救いなど無い。

 この世界には、何も無い。


「だから俺が、この世界を───」


 深い濃霧が掛かった暗闇の中に光が差した。

 眩しい光に俺は目を細める。

 この光は、あの時の記憶か……。


『汐倉』

「……はい」


 わしゃわしゃと頭を乱雑に撫で回すのを止めた赤坂先輩は俺の頭に手を乗せたまま話を再開した。


『お前は眼が良い。いずれ剣道以外でもその眼がお前を救う事もあるかもしれない。お前にはこれから幾多の困難が待ち受けている。その眼だけでは敵わない事態にも遭遇するかもしれない。だがこの言葉だけは覚えておけ───諦めるな』

「諦めるな……」

『そうだ。一寸先は闇で、目の前が何も見えなくとも諦めなければいずれ活路は斬り拓ける。厄介な困難は斬れ。俺達は───剣道家だ』


 そうだ。俺は始めから……。


『でも───生きる事は諦めたくない』


 御子柴さんに言った言葉は赤坂先輩から贈られた人生の訓示。

 あの日から胸に斬り刻まれた玲瓏足るその言葉が俺を助けてくれた。ひとときは諦めてしまっていたけど、でも。それでも。

 俺はずっと⎯⎯⎯先輩に助けられていた。


「本当に、赤坂先輩には敵わないな……っ」


 それは剣道でも、人としても。

 もしかしたら技能の『鑑定眼』も眼が良いと言ってくれた赤坂先輩が与えてくれたのかもしれない。

 絶体絶命だったあの時に魔物を全部殺したのも。


「ははっ、それは流石に無いか」


 一寸先は闇で、目の前が何も見えなくとも諦めなければいずれ活路は斬り拓ける。

 厄介な困難は斬れ。俺達は───。


「もう大丈夫です。すでに俺は誓いました。他ならぬ俺自身に。だから───ありがとうございます」


 先輩。初めて試合をしたあの日から、ただ突っかかってただけの鬱陶しい後輩でしかなかったはずの俺を真剣に見てくれて。

 本当に、ありがとうございました。




 ───夢を見ていた。

 ───夢を見ていた。

 ───夢を見ていた。




「次に夢を見るのは帰ってからにします」




 ───夢を見ていた。

 ───夢を見ていた。

 ───夢を見ていた。




「だから」




 ───夢を見ていた。

 ───夢を見ていた。

 ───夢を見て……。




「まずは厄介な困難を斬る事に専念します」




 汐倉真昼は───『いつも』の夢より覚めた。





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