釘宮征人の目覚め
ここ、は……どこだ?
僕は……寝ていたのか?
腕が動かせない。
足も……拘束されてるのか。
何か、思考がぼやつく。
頭が上手く働かない。
「ほう、もう目が覚めたか。カルメロルツの睡眠薬は我が国の騎士でさえ三日は意識を戻さぬというのに」
睡眠薬……そうか、薬を盛られて……盛られて?
いや違う。
薬を盛られる前……僕は何をして───。
『待って下さい! 真昼君がどこかへ行くのなら私もついて行きます!』
『その女を引っ捕えろ!』
『やめろぉおおお!!』
『ま、真昼君ッ!?』
『な、なぜだ……この男はレベルも低く、能力値も我が国の騎士の誰とも比べ物にすらなっていなかったではないか!』
『汐倉君! その選択肢は僕に無い! 僕達は三人で生き抜くんだ!』
『やりますね……セイト殿。私もこのままじゃ敵わなそうだ』
『リリアン。場を収めよ』
そう、だ……僕はあの時に気を失って!
御子柴先輩! 汐倉君!
二人は今どうなってる……どこにいるんだ!?
そして僕も……僕は今、一体どこにいる!?
「ここはどこか、それは目の前の全てを見ればじきに分かる」
僕の思考を読んだように言う男は───カンベルト・エル・カルメロルツ。
この国のラスボスだ。
そして実行犯のルーシェルさん達曰く、僕達をこの世界に呼び寄せるように指示した張本人。
そんな男がなぜ僕の前に……?
「この女に見覚えはあるか? 勇者セイト・クギミヤ」
カンベルト王は僕にカプセルの中を見るように誘導する。
そうだ、カプセル。
この広い空間の中でこのカプセルだけが異質な空気を放っている。
周りには束ねられたケーブル、巨大な近代兵器のような物の数々、この世界の文字がびっしり書き連ねられた紙の山。
その中心点にはそのカプセルだけがあった。
カプセルの中は薄青い液体で満たされていて、中には裸体の小さな女の子がいた。
黒髪で、幼い容姿……その姿を見た瞬間、彼女がこの世界の人間じゃない事を本能で察した。
「そう、その女は儂らの世界の人間では無い。貴様と同じくしてニッポン人の血を引いておる」
「こ、の外道が! 僕達だけじゃ飽き足らずこんな小さな子まで……一体どれだけ僕達を弄べば気が済むんだ! お前達は!!」
「違うな……貴様が言うべき台詞はそれじゃない」
「何、だと……!?」
怒りで頭が沸騰しそうだ。
コイツ、訳の分からない言葉回しで僕をおちょくってるのか?
僕は今冷静じゃないぞ……お前の首なんて今更躊躇しない。
ガシャンと手足首から金属がぶつかる音が聴こえた。
あの時の力が出せない。
拘束を外せない……クソ。
「儂がこの世に誕生するよりも前……そう、今よりおよそ一〇〇年前、カルメロルツは勇者を召喚した」
何だ……お前は何の話をしている?
「当時の記録に筆者の知りうる全てが書き記されていた」
混乱する僕を横にカンベルト王は懐から古ぼけた手記を取り出し語り始めた。
「召喚された勇者は今代と同じく男二人に女一人。男の内一人はマヒル・シオクラと同じく能力値が著しく劣っていた……それはなぜか」
「…………」
「そこには貴様も───召喚されていたからだ」
「なっ!?」
カンベルト王の言葉に目を見開く。
「そんなはずは無い! デタラメを言うな! 僕は───」
「此度の召喚で不具合が起き、貴様のこの世界に来てからの記憶は曖昧になった。だからこそ今の貴様に以前のような力は無く、貧弱に過ぎる」
何か、胸がザワつく。
なんでだ……?
僕は御子柴先輩と成桐学園の校門から召喚されて、汐倉君と出逢った。
その、はずだ……。
『ようこそいらっしゃいました! 異界の勇者様方!』
誰かの声がチリッと脳裏に浮かぶ。
不思議な……懐かしい感覚───違う!
何かを! 魔術か何かを使われてるんだ!
僕にこんな記憶は存在しない!
「コーリッシュの指輪は一度たりとも外しておらん。想起されるのは全て貴様の真の記憶」
「そんな……デタラメ……くっ」
否定しようにも頭の中から記憶が湧き出てくる。
経験してないはずの、あるはずの無い僕の記憶が───。
『釘宮先輩……水上さんはどこに行ったんですか?』
知らない女の子が……いやカプセルの子が不安だと僕に言っている。
『わたくしは貴方をお慕いしています。ですから───』
草原で魔物に囲まれる中、ドレスを着た女性が僕に抱き着いている。
『勇者よ、ギルナクスに赴き魔王を討て』
カルメロルツの玉座で王冠を付けた厳格な老人が僕達三人に命じた。
『助けて……せんぱい……』
身に迫る危機に女の子は涙を流して、よく話題に出す元の世界の先輩に助けを乞う。
『愛しの先輩じゃなくて悪かったな……だが助けに来たぞ! この国が見捨てた───最弱の勇者がな!』
年長者で、剽軽者で……それでいて頼もしい彼が。
「あ、ああ……っ」
そうだ。ようやく思い出した。
この世界を三人で戦い抜いた日々。
僕を愛し、そして僕が愛した女性。
僕達の裏でカルメロルツから追放され、遅咲きで僕に拮抗した実力を手にして戻ってきた勇者───水上葉治。
そしてカプセルの中にいる女の子。勇者───筒井美菜子。
掛け替えの無い僕の仲間達。
彼女は汐倉君の後輩だったのか。
思えばいつも汐倉君の話をしていたな。懐かしい。
でも、美菜子ちゃんは……。
『この世界は狂っている。いい加減気付け釘宮君……いや、いい加減認めろと言うべきか』
『水上さん、一体何を……!?』
南西最大の国家。
魔大陸と呼ばれるその全域はギルナクス帝国の領域だ。
そこで僕達は湧き出る魔物を殺し、向かってくる魔族を屠っていた。
これは、その最中で起きた事件。
突然だった。そして唐突だった。
水上さんの手で僕達に同行したカルメロルツの騎士が一瞬で───皆殺しにされた。
『本当は自分でも分かっているんだろう? 私達が召喚されるより遥か昔から世界中で起きてる国家間の戦争、その後始末の為に私達は兵器として利用されてるだけなのだ』
『それ、は……』
『それだけで済めばまだ幸せかもしれない。ギルナクスを落とした後、カルメロルツは私達を使い新たな戦争を画策している。そこに大義など無い。不必要な悲劇を生み出し血腥い戦地がさらに拡がる事になる』
『…………っ』
『このまま魔王を倒したとて私達が元の世界に帰れないのは確実。筒井君も元の世界に残した家族、友人、そして愛する先輩に二度と逢えないまま生き永らえるのは辛いだろう。何より筒井君は優しい心の持ち主だ。騙し騙され、殺し殺されが日常化したこの世界は彼女にとって毒だ。だから───』
僕の隣にいた美菜子ちゃんが『こぼっ』と口から血を流した。
『なっ、美菜子ちゃん! 水上さん……なぜ!?』
『これ以上の討伐遠征は間違いなく筒井君の精神を苛み、心を蝕む。どれだけ身体が健康であろうと現に鈍い方の私達でさえそうなのだ。だからこそ筒井君はもう楽にしてあげよう』
僕は姿勢を崩し倒れる美菜子ちゃんを支えて白の回復魔術を掛ける。
外傷は無い。
だというのに美菜子ちゃんの口から血が溢れて止まらない。
これは水上さんの黒の魔術だ。
『これはレベルの高い魔族でも即死する魔術なのだが、皮肉だな』
『ごほっ、み、ず……かみ、さ……』
『美菜子ちゃん! 喋らないで! 動くと毒の回りが!』
苦しむ美菜子ちゃんを水上さんが可哀想なものを見るように眺める。
『筒井君の数ある技能の中に『状態異常耐性』があるのは知っているな。しかし私の技能には『状態異常耐性無効』がある。つまり技能は関係無い。これまで幾度と無く私達を救ってきた職業『勇者』に付属する基本機能が筒井君を延命させ苦しめている』
苦しさで涙を流す美菜子ちゃんが僕の腕を掴む。
僕に何かを訴えてる。
でも、その口からは言葉じゃなく血が溢れてきて───。
『水上さん! 美菜子ちゃんに掛けた魔術を解いて下さい!』
『これを皮肉と言わずして何と言う! 私は大人だ! だが君達は未成年で、まだ子供なのだ! だからあの時、国を追放されても私は帰ってきた! 例え君達が強かろうと私には君達を守る責任がある!』
『だったらなぜ! 美菜子ちゃんを殺そうとした! なぜだ!』
『この世界に救いは無い! だからこれ以上筒井君に命を奪わせる前に………これは慈悲だ! 筒井君の心を守る為の慈悲なのだ!!』
そう言い残し水上さんは砂埃の中に消えていった。
僕は美菜子ちゃんに白の魔術で回復を掛けていた為追いかける事は出来なかった。以降美菜子ちゃんは目を覚ます事無く、大きな傷を残した僕達はカルメロルツに帰還した。
その数日後、ギルナクスで水上さんはカルメロルツから離反した事を公表した。
ギルナクス帝国の───魔王として。
思い起こされるのは事件以前の事。
水上さんが僕達にこの国から逃げようと持ち掛けていた時の記憶。
あの時も水上さんは僕達を慮って動いてくれていた。
でも、あの時の僕はそんな事にも気付かなくて……。
『ねえ君!』
『何?』
『何って……ああ、いや、困ったな。なんて言ったらいいものか……』
そのしばらく後に僕はこの時代に召喚された。
無責任にも、全てを忘れて。
「このカプセルは……延命装置、か?」
カンベルトが頷く。
このカプセルは延命装置であり、同時に『勇者』の力を解析、吸収する実験装置でもあった。だがカンベルトは敢えてその事実を口にはしなかった。
釘宮は筒井美菜子が曰く一〇〇年経った今でも生存している事実に安堵する。
汐倉君に顔向け出来無くなるところだったと頬が弛む。
そこで当時の疑問が浮かび上がってきた。
「水上さんはあの時、なぜ僕だけ攻撃しなかったんだ……」
「その答えはここにある」
カンベルトが古ぼけた手記を釘宮に掲げた。
その表紙を見せられた釘宮は目を見張る。
おそらくカンベルトの言う記録がこの手記。
しかし釘宮が目を見張った理由は手記の著者───エリサフリス・エル・カルメロルツの名。
一〇〇年前に釘宮と出逢い、愛瀬を重ね、愛を育み、釘宮と心を通じ合わせた唯一の女性。
一〇〇年前の第一王女である。
「エリサ、フリス……っ」
カシャンとその音が聴こえた時には手足の拘束が外されていた。
この場には釘宮を除きカンベルトのみ。
隠蔽の気配は無い。
今、王に護衛はいない。
丸腰の状態だ。
現在の釘宮程度ならば簡単に降ろせると判断したのか、それとも……。
「僕の拘束を解くだなんて……何のつもりだ?」
警戒を露わにする釘宮を前にカンベルトは口角を上げた。
「儂らの間にこれは必要無いでしょう───」
「───父さん」
無能勇者の烙印 第一章 勇者ノ往ク末 完
これは、閑話なのか……?




