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無能勇者の烙印  作者: 汐倉ナツキ
第一章

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無能の烙印



 あの後、俺も騎士に引き摺られ移動させられた。

 城の地下の奥深くに向かってるようだ。

 階段を降りて廊下を渡ってを繰り返している。

 次第に照明も疎らになり薄暗くなっていく。


 その道中、厳重な警備を敷かれている異様な部屋があった。

 何となしに鑑定眼で閉じられた部屋の中を視た。

 部屋の中には⎯⎯⎯女の子がいた。


 癖毛の目立つ紫髪の……一〇歳前後だろうか。

 少女は薄汚れたドレスを身に纏い、何をするでも無くただベッドの上に居座っている。

 その瞳は空虚で頬は痩せこけていた。


「ああ、そいつが例の?」

「そうだ」

「いいなぁ、俺達はずっとこんな暗い場所で監視の仕事だ。お前らが羨ましいぜ」


 少女の警備……いや、監視の騎士と俺を引き摺る騎士が喋り出した。

 まだ幼いのにこんな地下深くに監禁されてんのか……。

 新しい情報に思考の渦に潜り込みそうになった俺は頭を振る。

 こんな世界じゃ考えるだけ無駄だ。

 それに俺にはもう───関係無い。


 しばらくして騎士は話を終えて再び俺を引き摺りだした。

 数一○分後、騎士が足を止めた。

 目を向けると突き当たりに着いたみたいだ。


 終着点には扉しか無い。中から鉄の臭いが漂ってくる。

 ⎯⎯⎯血だ。

 噎せ返るような死の臭いに吐き気を催す。

 俺の血もこの臭いに追加されるのか……。

 当事者なのに、もはや他人事のように無関心な自分を思わず笑いたくなる。


「ぐあっ!?」


 扉が開かれ、俺は中に突き飛ばされた。

 散々引き摺り回されて身体中痣だらけだというのにまた新しい痣が追加された。

 度重なる衝突にもう痣の痛みには慣れてしまった。


「知ってるか? 出来損ないの勇者」


 騎士の一人が俺に話し掛けてきた。

 しかし俺にはすでに言葉を返す余力すら無い。

 だから倒れたまま反応出来無かった……出来たとして反応するつもりも無かったが。

 俺の無反応がつまらなかったのか騎士は舌打ちした。


「まあいい。俺達の国カルメロルツは勇者を召喚した。その勇者には普通じゃ有り得ねぇ莫大な力が宿ると言われてる……ここまではお前も知ってるよな?」


 初日に散々訊いた話を騎士が復習がてらに語り出した。


「で、そこで本題だ。一つ、異なる世界から人間を転送する。二つ、転送した人間に異常な力を植え付ける。この二つを行うにはあの日、あの召喚の間にいた魔術士ら程度の魔力量じゃ到底無理だった。じゃあどうやって召喚の儀を成し遂げたのか。そうさ。そこで⎯⎯⎯こいつらの出番って訳だ」


 騎士が扉の入口から部屋の奥を見ながら声を響かせた。

 反響した声からしてここは部屋というには余りにも広い場所だったようだ。

 鑑定眼を使い、視界の外から今いる場所を視る。


 どこかと管が繋がったカプセルが無数に鎮座していた。

 暗いせいか先の奥まで視えない。

 全てのカプセルの中には人間が入っていた……。


 いや、人間だけじゃない。

 耳が長かったり角が生えていたりと異形の存在もあった。

 あの人達に装着されたマスクからこぽこぽと気泡が浮き上がってる。

 意識は無さそうに見えるがまだ生きてる。


 そして、端には夥しい数の死体が転がっていた。

 これらが噎せ返るほどの血の臭いを漂わせていた。


「入口手前の八○余人はあの日魔力を吸われ過ぎて死んじまったからな。手前のカプセルに入ってるそいつらは新入りだ。数が減れば補填される。他国民、移民、難民、自国民問わずな」


 騎士は「自国民の場合は流石に人を選ぶが」と注釈を入れた。

 俺もこの国の養分にされるのか? いや……。


「だがよぉ、お前には魔力が無え。カプセルに入れるにはゴミで役立たずだ。当然ゴミはこいつらの仲間にはなれねえ……おいおい、悲観する事は無い。養分としての仲間にはなれねぇが底辺の仲間にはなれるんだからなぁ」


 カプセルの中に囚われている者の人種、種族は疎らだ。

 底辺の仲間とは手前のカプセルに収容されている人間の事だろうか。


「それにしても不思議だよなぁ。勇者召喚の魔法陣に仕込まれた術式に狂いは無かった。例に漏れず問題無く事が運ぶはずだった。なのにお前はゴミのまま召喚された。魔力が全く無い勇者なんて話訊いた事が無え……まあ、さっきのアレを見りゃ誰だって分かる。お前はもう一人のガキに全てを吸い上げられた絞りカスだったって事がな」


 俺が弱かったのは、釘宮が原因……?


「そうでも無いと勇者だとしても異質過ぎるぜ。何だったんだあのガキの力は……」


 例えそうだとしても今やその事実に何の意味も無い。

 今更過ぎて「だからどうした?」としか思えない。

 全て終わった事だ。


「まー、俺はお喋りだからよ。上じゃ誰の目があるか分からねえから口閉じてるしか無かったんだ。久々にベラベラ喋れて俺は満足した───だからこれからは上の命令を遵守する番だ」

「ぐっ!?」


 騎士に上から押さえ付けられた。


「焼き判……焼き判……どこいったっけ?」


 不穏な事を言う騎士の傍ら、俺は俯せだった姿勢から無理矢理仰向けに押さえ付けられた。


 先程確認したカプセルの中に収容され囚われている人間。

 その手前の人間には一つだけ共通点がある。

 それは───胸に焼印がある事。

 騎士が俺の服を裂いて上半身が露わになった。

 地下の地面が押し付けられた背中を冷やす。


「よし、熱も充分……準備は整ったな」


 赤く熱を帯びた焼き印。

 それは地下の冷気に触れ、激しい音と共に蒸気を上げている。

 騎士は焼き印を少しの躊躇もせず俺の胸部に押し付けた。




「ひっ───ぎぁああああああああああああああああああああッ!!!」




 熱い……というより痛い。

 痛い痛い、痛い!

 悲鳴と───肉が焼けた音が広い空間に鳴り響く。


「あぁあああッ!! ぎぃいいいいいいいいッ!!!」

「何だよやっぱり声出るじゃねぇか! 良い声で鳴いてくれるぜ!」


 騎士が下品に嘲笑ってるのが訊こえてきた。

 しかしそれを気に留める余裕は無い。


「や、やめッ───がッ!?」


 胸部の痛みだけが俺の意識に注目されている。

 だからこそ気を紛らわせる事も出来無い。

 痛みからひとときすらも逃れられない死ぬほど痛い苦痛。


 やめろ!

 痛い!

 やめろやめろやめろやめろやめろ!


 やめ───。




「───アあ゛」




 俺は痛みに耐え切れず意識を失った。

 霞みゆく目の前が完全に真っ暗になった。

 最後に憶えてるのは焦げた肉の臭いと下品な嘲笑。

 そして俺の身を蝕む強烈な痛みだけだった。




 ▼




 ───カルメロルツ王国極秘魔導研究施設。


 この施設は先代国王の時代から存在している。

 しかしその存在は公にはされず、知っている者も少ない。

 他国を蹂躙し、国土の拡大を目論む先代国王は世界中から使える魔術士や技術者を拉致しては当人の弱味をチラつかせ従わせていた。


 その横暴が先代国王の野望を叶えるに足る必要なものと確定付けたのは天才と呼ばれる者を支配下に置いた時だった。

 その者の発明は素晴らしく、見事カルメロルツに幾度の勝利を収めさせた。


 先代国王はその者を気に入り、己の側に召し仕えようとした。

 しかしその者は事実上の命令となる要請を拒否した。

 元々意思に反した奴隷雇用だった為、その選択は当然の帰結だった。

 気に入らない返答に激怒した先代国王はその者の処刑を命じる。


 それに待ったを掛けたのが当時宰相を担っていた現国王のカンベルト・エル・カルメロルツである。

 そも、以前よりカンベルトは自国が侵略戦争を仕掛け過ぎて世界中からヘイトを集めている現状を陳情し、それ以上の国土拡大は損失の方が大きいと諌めていた。


 度重なる横入れに腹を立てた先代国王はカンベルトを目の敵にしていた。

 しかしそれはカンベルトも同じ事。

 先代国王は戦上手であったが、政はてんで無能の極み。

 全てをカンベルトに任せきりだった。


 だからこそ先代国王は理解していなかった。

 植民地とした各国の鬱憤。

 余りにも増え過ぎた領地。

 それらを統治をするには優秀な人材が不足し過ぎていた。


 統治にかまければ侵攻され、侵略に精を出せば統治がままならない。

 そんな負の悪循環に終止符を打つ為にカンベルトは先代国王の首を刎ねた。

 先代国王派閥の貴族を一掃し、権威を磐石のものとして戴冠を飾った。


 カンベルトが国王になったとて諸外国からすれば頭をすげ替えただけ。

 何の問題の解決にもなっていない為、反カルメロルツの意識が衰える事は無い。

 その為、まずは植民地支配した国の民を名誉として半自国民化した。


 名誉である国民はそうでない国民と違い手厚い優遇措置を得られた。

 国は食料の生産、資源の明け渡し、人材の派遣などを熟していれば不当な立場を強いられる事は無い。

 ある程度のゴタツキはあったが、カンベルトの手腕で全ての植民地が平定した───表面上は。


 その頃、公爵の勧めでカイルマンが国政内局に捩じ込まれた。


 当時のカルメロルツの勢力圏は自国から少しでもヘイトを逸らさなければいけなかった。

 そうでもしなければすぐさま戦争前の栄光に縋る者が蜂起しかねない。

 だからカルメロルツの国是であった『魔術士至上主義』を風習とし、弱者という捌け口を作った。

 当然それを敢行したのはカンベルトではなく成り上がりのカイルマンである。


 自ら敷いていた国政に乗っかり邪魔立てするカイルマンの目に余る蛮行を目の当たりにしたカンベルトはついには目を閉ざした。

 国内でもトップレベルの有権者。

 公爵が仕掛けてきたとなれば簡単に処断出来無い。


 上手く付き合っていかねば自らが足元を掬われる。

 カルメロルツを守れなくなる。

 カンベルトはその手腕で未だ戦争中であった他国との関係を断交に収め、最悪でも冷戦状態にした。

 敵の意識を睨み合いレベルに減らしたカルメロルツの目下の敵はギルナクスのみ。


 そこからカンベルトは本格的に王国極秘魔導研究施設の運営に精を出し始めた。

 かつてそこに所属し、天才と呼ばれたその者はカンベルトの起こした謀反の隙に逃亡していた。

 そのおかげで魔術はともかく魔導具方面の研究が以前より遅れている。


 王国極秘魔導研究施設の技術部門はその者の造った魔導具、その雛型を頼りに研究開発を進めていた。

 来たる日、ギルナクスを侵攻する際の切り札として。


 しかしそれらは今は昔、半世紀も前の話である。






「勇者を使った魔導具の経過は依然進捗無しです」

「もう一〇〇年も昔の被験体だからな。そろそろガタが出てもおかしくない」

「でも……見た目は若いままの状態ですよね。勇者は歳を取らないのでしょうか?」

「それは不測の事態が起こった時に発現する勇者の固有能力の一種だ。眠ったままの状態でも筋力体力諸々が低下しないように常に肉体が最適化されるんだ……だとして一〇〇年も経てば流石に劣化もするだろう」

「なるほど……」


 その夢のような技術は現代では魔術でも魔導具でも未だに再現出来ていない。

 オーバーテクノロジーの塊足る魔法陣を創った製作者が気になった技術者は先輩技術者に問い掛ける。


「あの魔法陣、一体誰が創り上げたんでしょうか」

「さてな、それは今や歴史しか知らない事だろう」


 ───勇者召喚の魔法陣。


 それは現代では別の形での再現が不可能な代物である。

 失われた(ロスト)テクノロジーでは無い為、その魔法陣を知る国は割と少なくない。

 しかし魔法陣を使用するには召喚に優れた優秀な魔術士複数人と膨大な魔力が必要だ。

 魔法陣を占有したとして、それらを揃えられる国はほとんど存在しない。


 その為、今回実行された勇者召喚は諜報を通した他国にも少なからず影響を与えた。

 だが、今代の勇者を貶めるなどの実態を知らぬ各国はカルメロルツに対する警戒レベルを上げるに留まった。


「ただ、長年アップデートを加えてきた例の魔導具の出来は好調です。試運転出来るに至るまで後三ヶ月といったところでしょうか」

「あの雛型からよくここまで進化させられたものだな」

「そもそも雛型でさえインチキじみた戦略兵器だったんですから、成果は約束されたも同然ですね」


 戦略兵器足る魔導具の製造。

 カンベルトが戴冠してからずっと進めてきた研究開発だ。

 完成すればちょっとした小国であれば一撃で陥落───どころか地図上から滅ぼす事さえ可能な危険な代物だ。


 その情報を密かに得ている国は存在する。

 その国はカンベルトないしカルメロルツを危険視して備えている。

 侵略戦争を繰り広げた大国カルメロルツが世界征服に動いてもおかしくないから。


 しかしカルメロルツの侵攻を渋々と受け入れ、運良く形が残った国の国力はカルメロルツと比べるまでもない。

 だからこそ彼の国は秘策を使う。


 これは───世界を救う戦いであるが故に。


 大義を得た国は各国と連携を取り、正規の手段で対抗策を実行しようとしていた。

 その事実を察しつつも見逃しているカンベルトは相も変わらず目を閉ざしている。


「此度の勇者召喚も所詮は些事に過ぎぬ。儂が真に成すべきは───」


 施設の中央。

 そこに設置されているカプセルの前でカルメロルツの国王は想起する。




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