メレルド村③/汐倉真昼の諦念
カルメロルツ王城に戻るのは明日の朝。
当面の問題は整理した。
情けない話だが全て釘宮任せだ……昨日まで苦手な奴だったはずなのに、急に頼もしくなってなんだか不思議な気分になってる。
今は勇者三人揃って宿屋一階の食事処で昼食を摂っている。
「メイドは昨日の現場でカルメロルツの騎士の様子を見てくるらしい」
「そうなんだ……確か、騎士達はあの魔物の処理をしてるんだよね」
オレは釘宮の言葉に頷く。
「キリスはあの魔物をランクBとか言ってたから、それを屠れる騎士達は少なくともランクA相当の実力を持っていると考えるべきだ」
「あの魔物は僕も手も足も出なかったよ……メイドさんが居ない今の内にレベルを上げるべきかな?」
「意味が無いと思うわ。付け焼き刃っていうのもそうだけれど、そもそもどれだけレベルを上げればいいのか……」
真面目な顔で話に乗ってくる御子柴さんに違和感を感じる。
これまで数々の醜態を晒したからだな。うんうん。
「俺はランクEの魔物相手でトントンの実力だ。それに比べて釘宮の鎧に激突してケロリなマリネルが見習いレベルだから、この世界の人間は下手すると一般人でも俺より強い可能性が高い」
「私も満足にレベルを上げられなかったからそうかもしれないわ……こんな事なら、無理してでもレベルを上げるべきだったかしら」
「話が戻ってますよ御子柴先輩。レベル上げの話は置いておきましょう」
一息付いた後、釘宮がボソリと呟いた。
「……今なら三人で逃げれるかも」
その小さな一言が聞こえた俺と御子柴さんは息を呑んだ。
「今ならメイドさんは居ないし、チャンスは今しか無いんじゃ⎯⎯」
「私が居なければ、どのようなチャンスがあるのでしょうか?」
「───っ!?」
釘宮はビクッと仰け反った。
俺達も驚いた。
突然現れて釘宮の耳元で囁いたメイドは佇まいを直し、改めて釘宮に問う。
「私が居なければ、どのようなチャンスがあるのでしょうか?」
無表情で無機質なメイドに俺達全員はまるで死神の鎌を首元に突き付けられてるような錯覚を覚えた。
このままはマズイと思った俺はメイドを誤魔化すべく深呼吸して釘宮に顔を向けた。
「……メイドが来たんじゃ誤魔化せないな」
「誤魔化す?」
メイドは目を細くする。
釘宮と御子柴さんは「白状する気なの!?」と言わんばかりの驚いた顔をした。
「実は俺、野菜の類が大の苦手でしてね」
俺の皿に乗ってる野菜をフォークで刺して釘宮の皿に乗っけた。
「釘宮は野菜好きで俺は野菜嫌い。俺は嫌いな野菜を食べなくて済むし、釘宮は好きな野菜を多く食べれる。でもこういうのは行儀が悪いから俺達以外が見てない隙に……ってつもりだったんだけど、バレちゃ仕方無いか」
メイドは俺から釘宮に視線を移す。
釘宮は「うんうんうん」と素早く頷き俺の言葉を肯定する。
「まあ、いいでしょう」
メイドは何を思ってるのか分からない無表情で詰問を取り止めた。
ほっ、何とか危機は乗り越えたみたいだ……。
「騎士から通達です。本日の夕方には昨日の魔物を狩り尽くせる算段との事です。予定通り明日の朝、王城に帰投します。勇者様方は本日この村でごゆるりと英気を養われて下さい」
それだけ言い残し、メイドは宿屋から去って行った。
メイドの存在による圧迫感が無くなり、俺達は「はぁー」と深く息を吐いた。
「汐倉君! 君、胆力があり過ぎるよ!」
「こればかりは釘宮君に同意するわ! 突然ビックリしたわよ! 真昼君!」
二人の勢いに気圧されながらも俺は返す。
「でも見逃されただけだ。多分、全部聞かれてた」
「うーん……やっぱり?」
「逃走を企てた私達を見逃すって……」
御子柴さんの考えてる通りだ。
俺達が何を考えて何をしようともカルメロルツからは逃げられない。
さっきのメイドの行動はその事実を突き付けるに足るものだった。
「騎士もそうだしメイドさんも含めてカルメロルツの王城に居るのって、もしかしなくてもランクAクラスしか居ないんじゃ……」
「…………」
「…………」
「…………」
釘宮が絶望の事実を口にして場に沈黙が訪れた。
いや待て、だとして見方を変えてみると……。
「じゃあ魔王の国ギルナクス帝国とやらはランクA以上の化け物がゴロゴロいるって事か?」
「国じゃ対処出来なくなってきたから私達を召喚したって言ってたわよね」
「魔物を操って物量作戦してるって話だけど、それ込みでもこの世界魔境過ぎない?」
「…………」
「…………」
「…………」
また沈黙が訪れた。
そもそも釘宮に庇ってもらうのも難しい話になってきた。
状況を並べると勇者は成長後ならカルメロルツの騎士を一蹴する力を手に入れられる。
だけど、今は成長する時間が無い。
さっきの事からも分かるように俺達より強いメイドが俺達を随時監視している。
どう足掻いてもジ・エンドか……?
「追加のお飲み物持ってきましたー!」
重苦しい雰囲気になったところにちっこい子がコップの乗った丸いトレイを持ってやって来た。
この子は多分、この宿屋の店主の娘だろう。
昨日の夜も食事処で接客してたのを見た記憶がある。
「ありがとう。小さいのに家のお手伝いかな? えらいね」
「いえいえ〜、おねえちゃんと物心ついた時からやってるのでもう習慣です!」
「そうなんだ。あ、そういえばこの宿屋って⎯⎯」
釘宮の奴、やっぱりコミュ力高いな。
すでにあの子も釘宮に懐いたし。イケメンだし。
はー、こういう奴が長生きするんだろうなぁ……。
御子柴さんが俺ににじり寄って来た。
「昨晩の話もそうだけれど、私達⎯⎯楽観過ぎたのかも」
「ああ、改めて絶望してたところだよ。ははは……」
もう乾いた笑いしか出てこない。
一体全体どうなるんだろうな、俺。
自発的に行動しても意味は無い。
流れに身を任せるしか為す術は無い。
ホント、魔術士至上主義とかそういうのが考え過ぎだったらいいんだけどなぁ……これも楽観過ぎか。
ゴメンね皆の衆!
皆の副部長はここまでだ!
皆元気でね!
……でも最後に心残り。
上原と一緒に花火を見たかった。
それが無理でも、せめて上原の笑顔が見たかった。
違う。
俺はどうしようもなく上原に逢いたい⎯⎯死にたくない。
口角が下がり、口元にシワができる。
眉を顰めて眉間にもシワが寄る。
意識せず険しい顔が出来上がった。
出逢ったばかりの俺を案じてくれた二人にはこれでも感謝している。
自分達も大変なのに中々出来る事じゃない。
釘宮と御子柴さんは良い人だ。
ステータスだって俺の比じゃない。
重宝されるべき潜在能力がある。けど⎯⎯。
…………どうして俺だけがこんなにも恵まれてないんだっ!
そんな不平不満が何度も頭に浮かぶが、無い物強請りなのは自分でも分かっている。
ダメだ。こんな考えは……。
御子柴さんだって魔物の命を奪って後悔してた。なのに俺の為にレベルを上げると言ってくれたんだ。
釘宮だってデメリットしかないのに俺を助けるって選択を第一に入れてくれた。
この人達は本当に人間が出来ていて、本当に良い人達なんだ。
だからこそ自分の事しか考えられない、そんな自分が嫌になる。
俺は⎯⎯上原が好きだ。
どうしようも無く好きなんだ。
中学の入学式の日に校門で一目惚れして、同じクラスになって嬉しくなって、席が隣になって仲良くなった。
二年三年は違うクラスになったけど、高校に上がってからはずっと同じクラスで過ごした。
上原といる時間はいつも嬉しくて、楽しくて、幸せだった。
もしかしたらこの幸せは俺には過ぎた物だったのかもしれない。
一生分の幸せを体感してた皺寄せが今来ただけなのかもしれない……だったら、仕方が無いか。
そう、仕方の無い事だ。
これはきっと順番なんだ。
幸せと、不幸せの。
生きる事は諦めたくない、か。
俺が言った言葉だけど。
釘宮と御子柴さんには申し訳無いが、もう──諦めた。
御子柴さんは俺じゃなく釘宮を好きになるべきだし、その方が正しいし当人達も幸せになれる。
だから覚悟はしておこう。
倫理観が著しく欠如したこの腐った世界で、この二人の幸せな門出と幸せな行く末を祝福する。
そんな覚悟を⎯⎯。




