メレルド村②/釘宮征人の夢見
メイドを先頭に俺達は宿に戻った。
途中、御子柴さんは弱々しい顔つきになり、繋いだ手も力が入ってなかった。
昨日のメイドは⎯⎯残忍だった。
キリスとアトゥリエが魔物の大群に敵わないと見るや平然とマリネルを囮にして俺達をこの村へ避難させた。
およそ全員を助けられるだけの力があったにも関わらず。
何をしようと無表情で、まるで感情の無いロボットのようなメイドに御子柴さんは恐怖しきっている。
俺だって恐ろしく思っているが、庇護下に入ってる現状で何をできるはずもなく、下手を打たないようにする事しか出来ない。
批判的な言動、またそれに準ずる行いは何があっても今だけは侵してはならない。
「セイト様はこちらの部屋で療養されています。私は外で控えていますので、御用がありましたらどうぞお声掛け下さい」
「どうも」
オレは会釈をして案内された部屋に入った。
御子柴さんは俺の腕に顔を隠していた。
……メイドの見透かすような目が怖いのは分かるが、誤魔化すくらいはしてほしい。
せめて最低限挨拶やお礼くらいは。
がちゃりと音を立ててドアを閉めた後、一息吐いた。
気の置けない人と一緒に居るのは疲れる。
釘宮と同校で転移以前から面識があるにも関わらず御子柴さんは相変わらず俺から離れる素振りを見せない。
「釘宮、メイドから起きたって訊いたから来たぞ」
大して親しくもない人の見舞いになんて行った事すらない為、少しぶっきらぼうな物言いになってしまった。
「……汐倉君、わざわざ来てくれてありがとう」
しかし釘宮は気分を害した素振りも無く、こちらを向いて力無く微笑んだ⎯⎯のは一瞬で、俺の腕に引っ付いてる御子柴さんを見てピシッと固まってしまった。
「二人とも随分と仲良くなったんだね……男、というより人に寄りかかった先輩は初めて見たよ……」
「別に仲が良い訳じゃない。昨日の件でお互いを精神安定剤にしてるってだけだ」
「違うでしょ? 私達恋人同士でしょ?」
まだ言うか……本当に聞き分けの無い人だなぁ。
御子柴さんの口から恋人と聞いた釘宮は「まじで?」みたいな顔して若干信じかけてるし。
「俺達は恋人じゃないし、婚約者でもない。御子柴さんの気持ちは分かったが受け入れるつもりはないって、さっきそう言ったはずだ。それに俺には⎯⎯」
「キスしたじゃない!」
あー、釘宮が「手を出したんなら責任取れやクズ野郎」みたいな蔑んだ目になった。
俺が中々折れないからこの人、外堀から埋めるつもりか?
「キスしてきたのは御子柴さんだし、俺の寝込みを襲ったのも御子柴さんだろ⎯⎯釘宮、おかしいのはどっちか分かるな?」
「えっと……あ」
ギクッと体を震わせた御子柴さんを見て俺を悪く思うのは違うと考えたのか釘宮は口篭った。
けど、御子柴さんはまた性懲りも無く⎯⎯。
「同衾だってしたじゃない!」
と、釘宮に聞かせるように叫んだ。
「同衾って……御子柴さんが汐倉君と寝た……って、事ォ!?」
釘宮は「マジか!」という顔をして俺を凄い奴を見る目で見てきた。
いや何でそんな目で俺を見るんだ?
その目はおかしくね?
「いいかい? 汐倉君。御子柴さんは成桐学園の高嶺の花なんだ。かっこよくて成績が良くて運動もできて家はお金持ち、そんな男がアプローチしても全く靡く素振りすら見せなかった赤い薔薇を君は出逢って三日も経たずに落としたんだ⎯⎯当然、同じ男として君に尊敬の念くらい抱くさ」
「いや違うし。誤解だし。止めろし」
咄嗟に言い返したら変な口調になってしまった。
「隠さなくていいんだよ──僕は祝福するから安心してくれ」
「僕分かってます感出してるけどお前、全然分かってないから。最初から最後まで全部間違えてるから」
「真昼君! 照れなくていいのよ! 私達、昨日の夜あんなに肌を重ねた仲じゃない!」
「は、肌ァ!?」
「肌っていっても手だろうが! 誤解を招く言い方するな!」
「御子柴さんにここまで言わせるほどの仲、か。同じ男として、僕は君に⎯⎯敬意を表する!」
「俺の話はスルー? ねえ、訊いてる? 俺の声届いてる!?」
人の話を訊かないのが成桐学園生徒の特色なのかって疑ってしまうほどこいつらは俺の話を訊かない。
初対面じゃ人を量れないというのは本当だったらしい。
目の前の黒髪正統派美少年と黒髪正統派美少女がまさか下ネタの類いでここまで大盛り上がりするとは思いもしないもんなぁ……。
俺は遠い目をしながらこいつらが黙るのをじっと待つ事にした。
早く黙ってほしい。
▽
数一〇分してようやく黙りやがってくれた。
一段落着いたとも言う。
それから俺は御子柴さんが余計な事を言わないように手で口を抑える形で黙らせて、釘宮に正しい事情を説明した。
「……確かに、こんな状況下に置かれたらそうなるのも無理は無いか」
「釘宮は……その、大丈夫なのか?」
「僕もまあ、死にそうだったし……人生で初めて気絶したし、人の死を目の当たりにしてショックだったのは間違いないよ」
釘宮の手は震えていた。
こいつもこいつで非日常過ぎる体験に参ったらしい。
「唐突でスマンが釘宮に確認したい事がある」
「えっと、どうしたのかな? そんなに改まっちゃって……」
「訊いてくれ釘宮、お前はカルメロルツの人の為に頑張るとかなんとか言ってたな。その考えは今でも変わってない⎯⎯そういう認識でいいのか?」
俺の探るような鋭い眼光に晒され、ゴクッと喉を鳴らした釘宮はおずおずと口を開いた。
「……いや、昨日の一件で分からされたよ。僕と無関係の国と国民より自分の命の方が大切だって気が付かされた。だから⎯⎯その認識は間違ってるよ」
「そうか、それはよかった。御子柴さんから釘宮は正義感満載で融通が利かないって訊いてたからてっきり」
釘宮は耳が痛いと苦笑した。
「確かに、昨日までの僕は自分の信じた正義を貫いてたからね。でも⎯⎯夢を見たんだ。僕の存在しないはずのもう一つの記憶を。微かに見た」
「……夢?」
刹那、白い光がチリッと脳裏を過った⎯⎯。
「そう。自分以外の誰にでも正義がある。それを認められるだけの理由が、その夢にはあったんだ」
「理由はどうであれ、それは俺達的にも喜ばしいニュースだ。だから、情報を共有しよう」
「そうだね。これでようやく僕達は本当の仲間になれた」
俺は釘宮に昨日御子柴さんと話し合った追加情報を伝えた。
冷静になれば普通に優秀で、話はすんなり進んだ。
他人の為に正義感を振りかざすのは自分の身の安全を確保できた時だけにするって言ってたし、思考回路が昨日以前とは雲泥の差だ。
もはや別人だ。真面目に誰だこいつ。
「……なるほど、それが事実なら確かにメイドさんには注意した方がいいかもね」
「ああ、二人纏めて助ける力はあったはずなのに平然とマリネルを囮に使ってたし、冷酷無慈悲なサクリファイス作戦はお手の物って慣れた感じで危ない思考回路の持ち主だ」
「僕が失神してた時にマリちゃんもあの魔物に食べられたんだね……」
少し暗い顔になった。
けど、釘宮はその事実を受け入れる事ができたのか、どこか納得したような表情を見せた。
……マジで誰だよこいつ。
「それでなんだけど、俺は釘宮にお願いしなければいけない事があるんだ」
「お願い?」
釘宮は首を傾げる。
「ああ、俺のステータスは二人のと比べるまでもなく貧弱過ぎる。だから⎯⎯俺を助けて下さい」
「え? 助ける?」
頭を下げる俺に「なに、どういう事?」と釘宮は困惑し更に首を傾げた。
結論から話すのは流石に端折り過ぎたか。
だからどうしてそのような結論に到ったのか俺はその過程を説明した。
御子柴さんと昨日話した内容とほぼ同じ内容を話した。
途中で話の腰を折ると思ってたのだが予想は外れた。
釘宮は事実と仮定した推測を「確かに」と受け入れてくれた。
「……でも、汐倉君に味方するのは僕からしたらデメリットしかない⎯⎯そうだよね?」
釘宮は挑発するような視線を俺に向けた。
少し鼻につく物言いだったが、言葉の通りだ。
そして、その言葉が釘宮の口から出た事が今日一番の収穫だろう。
よかった。都合の良いタイミングで釘宮が生き方を変えてしまうほどの夢を見ていて。
「んン゛〜〜〜〜っ!?」
突然御子柴さんが唸った。
恐らく何かを喋ろうとしたのだろう。
しかし、俺が余計な事を言わせないように彼女の口をずっと手で抑えていたから言葉にならなかったらしい。
唸り声とともに吐き出された湿った吐息、それと同じくして俺の手に触れたのは⎯⎯生温かい舌だった。
舌だ……ったァ!?
「うおっ!?」
ぺろっと舐められた。
いや違う。ぺろぺろぺろっと舐められていた。
何度も擦り付けられた生温かい感触にびっくりしてつい彼女の口から手を離してしまった。
転移前ならいざ知らず、今は御子柴さんの方が力が強い。
それなのに力ずくで振り解かなかったのはきっと役得と思ったからだろう。
俺は御子柴さんに黙ってもらえる。御子柴さんは俺に触れられる。
現状においてウィンウィンの状態だった訳だけど、それが破られたのは御子柴さんにとってどうしても許せない事があったからか。
「ふへへへへ……真昼君の手で抑えられて真昼君の匂いに包まれて真昼君の手を舐めちゃったぁ……すぅーーーはぁーーー……ふへへへへうぇへへへっ!」
なんだこの変態は……っ!
想像すらしなかった御子柴さんの酷い姿に俺は開いた口が塞がらないほど唖然とした。
「そんな顔してるけど汐倉君も初対面の時と比べて相当キャラブレてるよ? まあ、こんな御子柴さんは僕も見た事無いけどさ……」
「そうよ! 真昼君は最初、口数の少ない要件人間と思ってたけど、結構荒い口調になるし、表情も豊かだったし、情熱的だったし、とっても優しかったものね! 新しい真昼君の一面……ふへへっ、ふひへへへへへへへっゲホッ、ゲホッ……ゲふへへへへっ!」
怖い。怖いよ。あとその言い方は誤解を生むからやめろ。
「コホン⎯⎯いえ違うわ。誤魔化さないで釘宮君。デメリットとか言って貴方、真昼君を助けない気?」
御子柴さんが急に凛とした真面目な雰囲気を纏った
コホンと咳払いしただけで今までの醜態が全て無かった事になると思ってるかのような態度。
彼女の頭がバグってないか疑ってしまう。いやバグってんだっけ?
釘宮も御子柴さんの変化に戸惑ってるみたいだし……普通にこの人が分からない。
「いつの間にか話戻ってる……っていうか、えっと、御子柴先輩⎯⎯何か勘違いしてます?」
「勘違い? いえ、貴方は確かに……」
釘宮が言った御子柴先輩は勘違いしているという言葉。
俺も一瞬駄目だったかと諦めたが、部活メイトに似たような言い回しをする奴がいたから釘宮の言葉の真意に気が付けた。
「御子柴さん」
「なぁに? 真昼君っ♡」
真面目モード時との落差が激しい甘い声で返事をしながら、ぐるんと顔をこちらに向けた御子柴さんの目の中にはピンク色のハートマークが大量に散りばめられていた。
なにこのピンクなエフェクト……幻覚?
「釘宮は助けるって言ってくれてたんだよ」
「え? でもそんなの一言も……」
「やっぱり汐倉君は気付いていたみたいだね。僕の茶番劇に」
「……茶番劇?」
御子柴さんは「何言ってんだこいつ」と呆れたように眉を寄せた。
待て、今のあんたがそんな顔をする資格は無い。
「そうです、茶番劇。いわゆる様式美ってやつですよ」
「こんな遠回しな様式美、俺は嫌いだけどな」
「私も嫌いよ真昼君。同じ考えって事はやっぱり私達相性が良いみたいね」
「意見が一致しただけで相性の有無を語れるなら世界中がカップルだらけになるんだがそれは」
「カップルッ!? …………うぇへへへへへっ!」
もうヤダこの人、無敵過ぎ……。
もはや初対面から昨日まで見せてた凛とした佇まいは夢だったのではと疑ってしまうレベル。
それほどまでに彼女は酷く弛み切った顔を俺達に晒していた。
「ひとまず、この人は放置しよう。話が全く進まない」
「そ、そうだね……」
「放置ッ!? そんなのイヤよ! 真昼君! 全力で私に構っふもごもごもご……」
「はいはい喧しいから黙ろうか」
彼女が再び騒ごうとしたところ、黙らせようとさっきと同じように口を塞いだ。
しかし、塞いだら塞いだで「フゥーッ、フゥーッ」と激しく息を吐いたり吸ったりし出した。
時折「うへへ」という笑い声も交えて⎯⎯こいつ俺の手の匂い嗅いで興奮してやがる!?
「釘宮⎯⎯いや、釘宮様、この喧しい女子を一時的に黙らせる魔術をどうか御行使して頂けないだろうか!?」
「さ、様? いや、そもそもマリちゃんに魔術教わってないし、むしろあんな魔術こんな魔術使えるって自慢しかされてないから僕は魔術のまの字も使えないよ」
「あっそう。いや、そりゃそうか……」
スンとした。
どうやら御子柴さんの性的搾取を我慢しなければならないみたいだ。
でも、なんでだろう。
こんなアブノーマルな状態でも御子柴さんが近くにいるだけで安心感を得られるのは……なんか悔しい。
「で、具体的にはどう汐倉君を助ければいいの?」
「想定する最悪な状態によるけど、具体的な手段となるとウィンドウ開発機をぶっ壊すとか?」
「なにその悪徳自称公共放送をぶっ壊すみたいな……いやそうじゃなくて、それ本気で?」
釘宮の懸念も分かる。でも今の情報だけに頼るならこれしか方法が思い付かない。
「うーん……だってさ、問題は俺の魔力値が発覚することだろ? だったら問題を問題にしない、臭いものには蓋をする戦法を取ればいいんじゃないか?」
「要するに問題の先延ばしって事だよね、それ。僕がウィンドウ開発機を壊せる保証も無いし、不安定過ぎる作戦でしょ」
言外にやめとけと言う釘宮に俺も納得する。
納得せざるを得ないし、事実無謀だと自分でも思っていた。
それでも口にしたのは、それ以外の方法が本当に思い付かなかったから。
「でも⎯⎯汐倉君の生存確率を上げる方法ならある!」
「…………は?」
マジで?
俺全く思い付かなかったんだけど、マジで?
俺の反応に気を良くした釘宮は高らかに宣言した。
「僕が四六時中汐倉君に付いてればいい!」
………。
………………はぁ。
大変ありがたい提案だが、その考えは俺の考え以上に甘い。
そう考える理由の一つ、俺達に行動の自由の権利を与えられるか否かという問題。
最低限監視付きで近所を放浪するのは許されるだろうが、国是に反する存在はそもそも容認しないだろう。あー、つまり。
「──俺、終了のお知らせ」
その時の俺は、言葉の頭に【悲報】が付いてると錯覚してしまうほど悲壮感溢れた表情をしていたらしい。
今の俺はうだうだ考えて自分の都合の良い妄想に走ってたところで冷水を被せられて、ようやく現実を直視できるようになったという状態だ。
端的に言うとかなりブルー。
「ぺろぺろぺろぺろぺろもごもごも、ぷはっ⎯⎯貴方は死なないわ。私が守るもの」
また俺の手を舐めて口を自由にしたと思ったら、キリッとした面立ちでどこかで訊いたような台詞をかっこよく俺に宣言した。
「その弛んだ口が全てを台無しにしてるんですけどね」
「お黙りなさい釘宮君! ここからは私のターンです!」
いや、その台詞も全てを台無しにしているって事に……気付かないんだろうなぁ。
一体誰が彼女を原型も無くここまで壊したんだろうか……俺? 俺は違うだろ。敢えて言うなら狂ったこの世界が戦犯。
反論の余地も無い即刻有罪判決を与えよう。
罪状は拉致監禁罪ってことで⎯⎯とかなんとか現実逃避気味に下らない事を考えてたら俺の顔を覗き込んでいた御子柴さんが眉間に皺を寄せて、口元をきゅっと結んでいるのに気付いた。
さっきとは違う真面目な顔だった。
「いざとなったら、私が真昼君を連れて逃げるわ」
「御子柴さん……でも、それは……」
「私からすれば、私だけ生き残っても意味なんて無いのよ」
釘宮から「僕の存在をお忘れですかー?」と茶々が入るが、当然御子柴さんは無視した。釘宮は泣いていい。
「だから真昼君⎯⎯私と、生きて。昨日、自分で言ってたでしょ? 『生きる事は諦めたくない』って。あの言葉は嘘だったの?」
──生きる事は諦めたくない。
確かに俺はそう言った。
それは死を恐れているから。
死を身近に感じていたから。
脅威に捕食されるかもしれないという獲物側の恐怖を味わわされたから。
だから死にたくないと思った。
だから意地汚くも生き延びたいと思った。だから──。




