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第3話 役員フロア

これも前職での話。

仕事柄、日中だけでなく夜間や早朝に取引先に出向いて作業を行う機会が少なくなかった。スポットの仕事もあれば定期的なものもあった。

早朝の定期的な仕事のひとつに某大企業の本社ビル、役員フロアでの作業があり、役員たちの出勤前の短時間で終わらせる必要があることから、いつも二人一組で行っていた。その頃のパートナーは10歳ほど年上のNさんという男性社員で、私の入社以前からこの現場での仕事を担当してきたベテランだった。筋トレと草野球が趣味という気さくな先輩として、彼は私を含む後輩たち皆から親しまれていた。


現場入りが六時台だったので、本社ビルとは言っても社員の人たちの姿はいつもほとんど見られなかった。ビルの最上階とその下の階が役員の仕事場になっており、私たちが行く日だけは秘書の男性が早朝出勤して、鍵をあけてくれる決まりになっていた。

それぞれの階に社長や会長らの執務室や応接室があり、室内だけでなく廊下にも毛足の長い絨毯が敷かれていた。


その日も私たちはいつものように最上階に入ると、二手に分かれて各部屋での作業を行っていた。部屋数がそれなりに多いため、慣れた二人とはいえ時間にはあまり余裕はなかった。フロア自体は直線の廊下の左右に各部屋のドアが並ぶ、いたってシンプルな造りになっていた。

開始から十五分ほど過ぎた頃だっただろうか、先輩が変な顔をして私のいる部屋にやって来た。Nさんどうかしましたか、と聞くと、お前いま大声で何か言わなかったか、と彼は逆に尋ねてきた。身に覚えのないことで、私はすぐに否定した。それに、私にはそんな声は聞こえなかった。秘書の男性も既に階下へと降りてしまっており、フロアには他に誰もいない。

先輩も恐らく私の声ではないと思っていたのだろう。気味悪そうにしながら、元の部屋に戻っていった。


あとから思い出したことだが、実は数週間前にも同じ現場で似たようなことがあったのだった。その時はエレベーターを待っている間、私の方が酔っ払いの喚くような声を聞いて、Nさんに「朝っぱらから威勢のいいのがいますね」と冗談めかして言ったが、Nさんは私が何を言っているのか分からない様子だった。現場は繁華街からも遠くないため、私は当然その声は外の道から聞こえたものだと受け止めていたのだが、考えてみれば9階や10階、それも壁の厚い非常用エレベータホールの中にまでそんな声が届くというのも不自然な事だった。あのとき私が聞いた酔漢の声は、たぶん先輩には聞こえていなかったのだろう。

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