最初で最後のキス
こんな話ある訳ないじゃんと思われると思いますが、その変な話を飲み込んでやってください。
『最後で最初のキス』
私たちは一緒に暮らすようになってどれくらいが経つのだろうか。義理の兄は私を大人になるまで育てるのが、自分の使命だと思っている。そのせいで結婚を真剣に考えていた恋人と別れて、寄り添うようにして、一緒に生活してきた。私も高校生になり、
「バイトするよ」
と言うと、義兄は「金銭面で苦労はかけないって言っただろう」と言って二の句を継いだ。
「俺が欲しい物買ってやるよ。あまり高いものは買えないが」
「生活費を入れるよ。義兄さんにはこれ以上迷惑かけたくないし」
「子供が無理を言うなよ。お前が就職するまでは、お前の両親に頼まれたからな。約束は果たすさ」
「いまどき、高校生を子供と呼ぶ人は良識ある社会人しかいないよ」
「俺は良識がないかもしれないが、社会人ではあるぞ。まあ、いっか。13才年上だと、子供にしか見えないよ。さっきは悪かった。菜々も彼氏もいるし、子供ではないか。俺よりも大人だよ」
「また。そんな変な事を言う」
実家暮らしだ。マンションの3LDKに住んでいる。私は絨毯が敷き詰めている個室で、鞄に入るパソコンがある。あまり想像したくないセミダブルの高級ベッドがある。冷蔵庫はないものの、空調は完璧だ。6畳ぐらいだったかな?ここは私が、物心がつく前にあるものだ。さすがに両親が無理して買っただけあって、今でも寝心地がいい。本来は逆に私じゃなくて、義兄が寝ていたのだが、いつの間にか私のものになった。
兄は何故かこのベッドで寝るのが嫌だったみたいだ。シングルベッドの元私の個室を自室にする事にした。
玄関には、芳香剤が置いてあり、フローラルな香りがする。靴は綺麗にそろえている。元々義兄は几帳面な性格のようで、私の部屋以外はこのぐらい綺麗に家具や家電、その他生活用品が並んでいて、人工的なスペースの使い方だ。綺麗なお部屋といった感じになっている。
義兄は一週間の買い物を日曜日にして、食料、その他を買い備える。私は申し訳ないなと思いつつ、彼氏と遊びに行ってしまう。
最近、彼氏ともあまりうまくいっているとはいいがたい。マンネリしすぎて、付き合い当初のように心が高揚する様子がない。付き合うきっかけも、彼氏が告ってきたからだ。特に好きという感情が最初からあまりなかった。でも、灰色のもやもやした気持ちを吹き飛ばせるチャンスだと感じて、成り行き上、付き合う事に決めた。前の彼氏も告ってきて付き合っていた。別れも突然やってきても、その頃にはもう自分には必要のない相手。傷つかない恋愛みたいなものしか経験していない。どんなにいい男でも何かが足りないと感じてしまう。最初はさすがに楽しいから、それに気づくのに時間がかかった。
私の受かった高校はどこにでもある普通の高校だった。しかし、周りを取り囲む友人が普通ではない。セレブの娘が母親に反発して、セレブが集う高校ではなく、普通の高校受験をしていたらしい。気骨のあるセレブの娘だ。送り迎えは国内車最高クラスの車。外車だと嫌味になるからという理由らしい。経営学を学びたくて、将来は宝石商になりたいらしい。勉強は真面目に受ける。私の事を気に入っているらしく、よく褒美をもらう。私はよく内緒に蓄えた小銭で、庶民のスナック菓子を振舞う。セレブは結構気に入っているようだ。そのセレブの友人と3人で教室の移動などや、弁当を食したりしている。
高校の同級生の二人目の友人は、我が強い女だ。織田信長を彷彿とさせる気の強さで、この人が大統領じゃなくてよかったと心から思った。まあ、この国は議会制民主主義の国ですが。彼氏の写真を見たくもないのに、見せ付けられたりする。
好きなアーティストのライブには、我が強い女にも彼氏がいるのに、一緒に私の彼氏まで呼んで参加させられたりもする。当然私の彼氏はおろか、自分の彼氏も楽しんでいるのかはよく分からない。それでも、この友人は「自分が大好きだ」と常々言っている。その言葉を聞いて確かに社会を生き抜くには得な性分をしていると思った。
2年の後半になり、そろそろ進路を考える時期になってきている。私は就職しようとしている。
セレブは大学に進学を。我が強い女もとりあえず一番トップを目指すらしい。止めといた方がいいんじゃないと言いたいのだが、もしかしたら合格するかもしれないし、成績がどのくらいいいのかは、三人とも教えあうことはしないから、どういう言葉をかければ適切なのか、よく分からない。ただいえる事は、彼氏よりも友人たちと一緒にいた時の方が先が見えなくて、飽きなかった。後は愛のない夫を見つけて、義兄を楽にさせてあげたい。私のせいで、恋人もつくらなかったのだから。私も早く結婚したいと常々思っていた。
大学では在学中に結婚する事はかなり困難だろう。だから、私は就職をしたい。2.
弁当でセレブはやってのけた。世界三大珍味が収められた弁当を持ってきた。それだけでも驚いたのに、我が強い女は、勝手に箸を摘んで、
「これが三大珍味か。いや〜うまい」と言っている。
「あなたはどうするの?」と言ってきた気がして、自らの庶民弁当を一心不乱に弁当に掻きこんだ。それを見て、我が強い女は言った。
「あんた一生、この三大珍味なんて食えるとは思えないから、このチャンスを逃さずに、食った方がいいよ」
「いや、私は結構です」
そう言いながら、セレブ女は菓子パンを食べていた。こうなる事を予測していたのだろう。私たちは友達なのか、単に人数集めで集まったのかよくわからない。まあ、友達でいいや。そう考える事にした。
彼氏とはうまくいかず、私を本当に必要としてくれているとは思えなくなった。わざとわがままを言える性格でもない。ただ私に熱がないだけなんだとは知っているけど、向こうはどう思っているのだろう。
私は女だから、男心の深層はよく分からない。でも、相手も熱がない事はなんとなく知っている。
私は、もう無理して付き合う必要がないと思い、日曜日のデートで、スイーツを奢ってもらっている時、私から別れを切り出した。彼氏もあっさりと受け入れた。お互い、もう子供ではない。相手の気持ちはお互いが知っていた。
「俺と付き合っても楽しくないのか?」
「そうじゃないけど。ただ義理で一緒にいられても困るから」
私は勇気を振り絞って、淡々と語りかけた。最初の時のデートの話や、いつからか、時間をトレースして、思い出話に話を咲かせた。
「嫌いで別れた訳じゃないんだよ」
と伝えたかった。でも、それは無駄な事。きっと、今別れた彼氏には伝わらないはず。だから、黙っておいた。
店はクリスマスツリーが立てられていて、華やぐイルミネーションがクリスマス・イヴの風情をそそる。それに反する静かにケーキは減っていく。これを食べ終わったら、別々の道を行く。もう恋に落ちる事はないだろう。
「さようなら」
そう言って、店から出て、恋仲を解消した男に、手を振って家に歩いていった。確実に離れていく人を感じて。私は何で上手く恋愛ができないのか考えていた。
しばらくして、恋愛をまた懲りずに始め、すぐに醒めていく。お互いに。気持ちが乗らない恋愛はしないと決めたのに、また恋をする。投げやりな恋の結末は終わりが見えない。そうして、私は高校卒業前夜になった。
義兄は私の自室にノックしてきた。
「ノートパソコン買ってきてやったぞ。ボーナス入ったからな。ネットも無線LANがあるし。前から欲しいって言っていたやつだぞ」
「マジ?ありがとう」
「設定は君に任した」
「私、パソコン詳しくないんですけど」
「苦労して覚えると絶対忘れないから」
「そんなものかな」
「そうだけど、しゃーないからやってやるか」
「ありがとう」
しばらくして、私の部屋でもネットができるようになった。冷凍配送で、友人から贈り物が届いた。
「あなたがものほしそうにしていたから」
中身を取り出すと、そうメッセージと一緒に、あの食品が届いた。
「これって」
私はただ驚いてしまった。世界三大珍味だ。何故今頃。そしてありがとう。
私は何を返せばいいのか戸惑ったが、のりのセットを送る事にした。
「ごはんに巻いて食べると美味しいよと」それだけでは、感謝の念が足りない気がするから、「安物でごめんね」と言葉も添えて。3.
就職は郵便局の内勤に就職する事になった。それを聞いて、私から見ると、義兄は少し寂しいように思えた。新しい彼氏と共に一緒に同棲する事を告げた。年上で我が強い女の後釜だ。私は。またすぐ別れそうな気がするのだが、その時は
「出戻り娘になるかもしれないから、よろしくね」とは言わなかった。
「今まで本当にお世話になりました。早く新しい彼女ができるといいね」
「そんな事はともかく、同棲の事もっと早く言えよ。まあ、大人の事情に入り込む余地はないけど。それと、この無線LAN設定してしまったぞ。就職が決まったら、ここを出る手はずだったな。俺の方が忘れていたか。これは失礼。パソコンぐらいは持っていってくれ。何か他に要望はあるか?」
「必ず結婚してね」
「お見合いの金がもったいない。まあ、自然と結婚までこぎつけられるのが一番なんだけどな。後4年間我慢しようと思っていたんだけど。まあ、とりあえずほっとしているよ」
「最後に……お願いがあるの」
「何だ?」
「目を閉じて」
私は軽く外人の挨拶程度の気持ちで軽く唇を重ねた。本当に軽く。義兄はびっくりしているようだ。
「じゃあね」
私は義兄の顔を見る事なく、この部屋を去った。ほとぼりが醒めたら、会いに行こうと思った。ノートパソコンは兄がいない時間帯に取りに行く事にした。もう一緒にいられない気持ちと、やっともやもやした気持ちが分かった気がした。また一つ大人になれた。同い年ぐらいだったら、よかったのに。恋人にはなれなかったカップル。でも、このくらいの距離でいい。
私がこれ以上望めば、きっと駄目になってしまう。普通の恋人とは違う軽いトクトクとした心臓の動き。自然に溢れる笑みや笑い声。きっと、分かっていた。私は義兄と長くいたかった。でも、それは大人の考え方じゃない。私は新しい家庭を築く。それが一番幸せの形。私と義兄の。私は少し息が弾んでいた。これが最初で最後のキス。もう完全に義兄の保護から飛び立った。前々からこうしようと思っていた。明日は卒業式。もう太陽が落ちていた。その景色がいつかできるはずの子供と一緒に見る事にしようと思った。




