プロローグ
そこは、何処なのか。
飛び交う怒号。漂う死臭。荒れる大地に、霞む太陽。金属の擦れる音が、弾き合う音がそこらじゅうから聞こえてくる。
見たことも嗅いだことも聞いたことも。。。
感じたことのない全てを、まるで今全て体感しているかのような。
しかしそれは、どこかデジャヴュのような気もすると心のどこかが囁いている。
「っあ.......!?」
何処からか苦鳴が漏れる。
少し遠くから聞こえたような、しかし物凄く近くから聞こえたような気もするその声は、数瞬の後に悲鳴か、雄叫びか。叫び声に変わる。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛...!!」
物凄く危機迫ったその声も、どごか迫力にかけ、まるで映画のワンシーンでも見ているかのよう。
と、その時。
僅か数メートル先で真っ赤な1輪の花が咲いた。
だが、直後に花の中央から、銀色に鈍く光る先端の鋭く尖るものが飛び出してきた。
「や..り...?」
槍。
その鈍い光を放つものが槍だと分かると、徐々に意識が明確になっていき、ツンと鼻を刺激する嫌な鉄の匂いが漂ってくる。
そこでようやく、先程の真っ赤な花は多量の出血。
「血」であったことに気づく。
スっと背筋を、感じたことのないような冷たい汗が流れていく。
すると、周りの音がはっきりと聞こえてくるようになって行くのがわかる。
一体。どこに入れば周りからこんな音が聞こえてくるのだろうか。
誰かの怒号に、悲鳴に雄叫び。先程の槍のような金属同士のぶつかり合う音。大地の震えるような爆発音。馬の嘶き。そして、聞いたことの無い言葉を、流れるように紡ぐ声。
そう不思議に思い、いつの間にか真下の地面を見つめていた顔を上げ、まわりを見渡す。
「ぁ....んぁ.....」
地獄がそこにあった。
ことここに至って。自らがいるその場所が「戦場」であったと認識する。
だが、自らが戦場の真っ只中にいるなんて事を忘れたかのように、ある一点で視界が止まる。
その瞬間、見つめていたその場所から轟音と共に天めがけて光の奔流が伸びる。
光といっても白いだとか神々しいなどとは無縁のような、禍々しく黒々とした光であった。
そして、天高く伸びるその黒光りのなかで、紅黒い瞳と、深く裂かれたように釣り上がる口が自ら目掛けて嗤った。
ような気がした..........
森。
そこは、太陽の光が薄らとしか届かない薄暗い森の中。
ふと横に視線を移せば、元は華々しかったであろう薄汚れた装飾で施された馬車の残骸。
何故それが馬車だとわかったのかと言えば、すぐ側で横たわる馬の死骸があったから。
「.........?」
一体何があったのだろうかと、視線を馬車から周囲へ移せば、元々が何であったかの想像が一切つかず、原型をとどめない今もブスブスと腐食して全身が爛れた塊と、恐らくはドレスか何かのスカートの切れ端。
そして、薄らと紅く染まる大地。
と、血とナニかの匂い。
「ぉぁっ........」
その凄惨な光景と、強烈な匂い。
そして、恐らくはこの場で行われたであろう一連の出来事に、思わず嗚咽が漏れ、急激な吐き気に膝をつき悶えてしまう。
「はぁ..はぁ.....」
「...........」
暫くの時間を費やして荒く乱れた呼吸を整える。
その場は静寂が支配し、未だに残る酷い匂いだけが漂っていた。