37.異世界と野良猫
「で、うちに連れてきたの? ばかなの?」
女の子を拾った事情を説明すると、ユーナが呆れながら、桜咲にそう言った。
市場を超えた所にあるパン屋、ジレッタ。
悪漢に絡まれていたユーナを助けた事から知った、ユーナの実家のパン屋である。
「いや、だって他にご飯食べれるとこ知らないし、他に頼れる人もいないし」
ユーナに言い訳している桜咲の目の前では、先程出会った(拾った)黒髪の女の子が、豪快にパンを頬張っていた。
ジレッタに運んできて、パンを見せてから、女の子はひたすらパンを食べていた。
そんな様子を見てユーナは更に呆れる。
「ほんとによく食べるわね。ゆっくり食べなさいよ」
女の子は一心不乱にパンを口へと運んでいた。
ようやくお腹が膨れたのか、女の子はパンから手を離し、桜咲とユーナに頭を下げた。
「いやぁ、すんまへん。旅しとったら所持金も尽きて、お腹も空くし、都会の人は冷たいしで、ほんまに死ぬか思いました」
関西弁!?
桜咲は心の中で驚く。
ユーナは女の子の言葉を聞いて、ああ、と頷いた。
「その訛り、あなたイノベアの出身なのね?」
「そうでっせー」
女の子はニッコリと笑顔で返した。
その曇りなき笑顔は、まるでヒマワリの様だ。
水を飲み、ひと呼吸おいてから、女の子は自己紹介を始めた。
「イノベアから来ました。冒険者やってる、リリィいいます」
「私はユーナよ」
「桜咲 翔だよ、よろしくリリィ」
挨拶を終えると、リリィはガシッと桜咲の手を握った。
「あんたはウチの命の恩人や。ウチは未来の旦那を探して旅しててん、あんたこそウチの王子様やわ!見た目はモヤシやけど」
ひと言余計だ。
インドア派舐めんな。
って、、、。
「ええええ!?」
桜咲とユーナは同時に驚愕した。
話の流れに頭が追いついていかない。
「ちょっと待ちなさいよアナタ!」
ユーナが2人の手を引きはがす。
「なんやろか?パン屋さん」
「なんやろか、じゃないわよ!ばかなの?! 初対面でなに告白してるのよ!さっきまで行き倒れてたのに」
言葉を失っている桜咲の代わりにユーナ黒髪の女の子、リリィにそう言った。
腹を空かせた猫を拾って餌をあげたら、告白された。
桜咲にとってはそれくらいの衝撃である。
あまりの衝撃に、思考停止してる桜咲の手を再びリリィが握る。
「どうや? ウチと結婚せぇへん?」
真っ直ぐなリリィの言葉に頭が遥か彼方に置いていかれていた。
思考停止していると、ユーナがフランスパンでリリィの頭を叩いた。
「いったぁ、なにすんねん、パン屋さん」
「ユーナよ!あなた何言ってるのよ」
「痛いなぁ、ええやんか。それとも何? 2人は付き合ってるん?」
叩かれた頭頂部をさすりながら、リリィは言った。
不意に聞かれ、ユーナは耳まで真っ赤になる。
「な、な、な、な、な、なななななななに言ってるのよ。そんなわけないでしょ!ばかなの?!」
言葉を詰まらせながらも否定するユーナを見て、リリィはニヤリと笑う。
「ならええやんか、ウチと結婚しても。生活は困らせへんよ、ウチお金持ちやし。今は無一文やけどな」
「ダメなの!」
ふー、ふー、と息を荒くしながらユーナはリリィを睨む。
当の桜咲は、未だに思考が止まっていた。
「ショウ、ちゃんと断わりなさいよ!」
そう言ってユーナは桜咲の肩を揺らした。
肩を揺らされて我にかえった桜咲は、リリィに優しく言う。
「いや、嬉しいんだけど、いきなりそう言われても、、、ほら、君のこともよく知らないし」
やんわりと傷付けないように断る。
日本のサラリーマン舐めんなよ。
桜咲が断ると、リリィは笑顔のまま言葉を返した。
「大丈夫やて、初めは皆、他人なんやし。結婚は惚れるより慣れやって言うやろ?」
あ、ダメだ。
言葉通じないタイプの人だ。
と、桜咲は察した。
「いや、知らないとダメなこともあると思うよ」
グイグイくるリリィに少し引きながらも、何とか言葉にする桜咲。
すると、リリィは仕方がないとばかりに自分の話を始めた。
「知ればええんやろ? ウチは両親が商人でな、その家業の為に訳もわからん奴と結婚されかけてん。だから、家のお金ちょこっと持ち出して、自分の旦那探す為に旅をしててんよ。そこであんたと出会ったわけやな」
リリィは桜咲を指さした。
いや、どういう訳だよ。
隣でふくれっ面をしているユーナも気になるが、何とか話を断らなければ。
そう桜咲は考え、リリィの話を深く聞いた。
「政略結婚ってこと?」
リリィは大きく頷く。
「せや。ウチのとこはちょーっと大きい商人やからな」
へぇ、と桜咲が相槌を打つと、リリィは自分のカバンから布を取り出した。
その布には鷹の様な模様が描いてある。
「これ!?」
布の模様を見た瞬間、ユーナが立ち上がって驚いた。
「知ってるの? ユーナ」
桜咲が尋ねる。
「知ってるもなにも、これって、、、」
ユーナが答えようとすると、リリィがニヤリと不敵に笑う。
「せやでぇ、ウチはアルクライン最大の貿易会社〈鷹の商会〉の跡取り娘なんよ」
ドヤ顔で桜咲を見るリリィ。
だが、桜咲は頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた。
「あ、はぁ」
そんなこと言われても知らないしな。
と、桜咲は気のない返事をする。
「ちょ、まさか知らんの!? なんでや」
目論みがはずれ、リリィは逆に驚いてしまった。
なんでやって言われてもこの世界の人間じゃないしな。
でも、わざわざ説明するのも面倒だし。
「あー、僕、田舎でそだったから世界のことよく分からないんだよ」
と、桜咲は誤魔化した。
「田舎って、どんなレベルや! 草をそのまま食うレベルの田舎?」
いや、舐めんなよ。
毎日ちゃんとコンビニで、保存料たっぷりの弁当買って食べてたわ。
心の中で反論する桜咲。
そんなやり取りをしていると、突然ユーナは元気を取り戻し、桜咲とリリィの間に割って入った。
「っていうことだから、あなたは実家に帰って得体のしれないやつと政略結婚してなさい」
「いやや、そんなん」
リリィはユーナに言い返す。
すると、ユーナはため息をついて冷静にリリィに言う。
「あのね、あなたが結婚を強制されたくないように、他の人もいきなり結婚しようなんて言われたら困るのよ? わかる? 」
ユーナに言われて、リリィは返す言葉がなくなった。
自分が嫌なことを相手に押し付けていた、それが分かったからだ。
「じゃ、パンを食べたらあなたは国に帰りなさい」
ユーナは諭す様にリリィにそう言った。
しかし、リリィは首を横に振る。
「それでも、、、嬉しかったんやもん。旅をしてて、ウチは〈鷹の商会〉の跡取り娘っていう肩書きを無くしたら、誰にも助けてもらわれへん、って痛いほど知った。でも、ショウだけは、、、倒れてるウチに優しくしてくれた。なんの見返りも求めんかった!」
何故か、そのリリィの言葉は真剣だと感じられる。
更にリリィは言葉を続ける。
「、、、ええわ。とりあえず、ふられとくわ。でもウチは諦めへんから、覚悟しててや」
リリィはそう言って、立ち上がり、桜咲を指さした。
「イノベアの女は強いで」
そう言い残して、リリィはジレッタをあとにした。
呆気に取られ、ポカーンとする、桜咲とユーナ。
「すごい子ね、、、」
ユーナが桜咲に言った。
うんうん、と頷く、桜咲。
と、ここでダウルをギルドに待たせて居ることに気が付いた。
「あ!やべ!ごめん、用事があったんだった。なぁ、ユーナ。レイチェルのうちって分かる?」
「え? レイチェル、って私の友達の? なんでしってるの?」
首を傾げるユーナ。
桜咲は、ギルドでパーティを組んでいることを説明した。
説明すると、ユーナはすぐに地図を書いてくれる。
「ありがとう、ユーナ!」
そう言って地図を受け取り、ジレッタをあとにしようとすると、ユーナに呼び止められた。
「ショウ、ちょっと待って、、、」
真剣な面持ちのユーナ。
「ん? 何? 」
立ち止まり、ユーナの方を見ると、ユーナはもじもじと何かを言いたそうにしている。
「あのね、えっと、、、言いにくいんだけど、、、」
「うん、どうしたの」
「あのね、、、」
ユーナはじっと桜咲の目を見つめる。
これって、まさか、、、。
鼓動が早くなる桜咲。
「銀貨4枚になります。お買い上げありがとうございました」
ニッコリと笑顔で手のひらを広げるユーナ。
ああ、リリィの飲食分か。
そんなこったろうと思ったよ。
再び桜咲は無一文になった。




