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32.異世界と魔人化

「僕で実力を試すってことかな、嬉しいねぇ。僕に臆しない若者を見るのは久々だよ」


 ダウルがそう言って笑顔を見せると、時間が止まったと錯覚するほどに空気が張り詰めた。

 ゆっくりと木剣を構えるその挙動から目が離せず、瞬きすらできない。


「ああ、なんか分かります。強いっすね、やっぱり」


 木剣の切っ先をしっかりダウルに向け、桜咲は呼吸を整える。


「いくよ」


 ダウルはそう言って踏み込んだ。


 正面。

 桜咲の正面から踏み込み、真上から振り下ろす。

 目の前でその人間離れした速度を見ると、普通の人なら戦意喪失してしまうだろうスピードだ。

 だが、桜咲はタイミングを合わせて木剣で受け止めた。

 木と木がぶつかり合いカーンと高い音が響く。


「やるね」


 ダウルは目の前で笑顔を作って見せた。

 優位に見せることもダウルの剣術のひとつである。


「なんかで読んだことありますよ。実戦で長さのある武器を使うなら、基本は横振りって。手加減ですか?」


 桜咲は少し不機嫌なように言って見せると、ダウルは木剣を一瞬引き、桜咲の右から横向きに斬りかかる。

 だが、桜咲はしっかりとダウルの切っ先を睨みながら後ろに飛んだ。

 ブンッとダウルの木剣が音を立てて空を斬る。


「手加減?違うよ。実戦なら一撃で決めなければ、中途半端な傷はかえって敵の士気を高めてしまうからね。頭を狙うのさ」


 そうダウル言われ、桜咲は背筋が寒くなったのを感じた。

 これが、本物の闘気。

 桜咲の目にはダウルが大きく見えていた。


 幻想を薙ぎ払うように桜咲は大きく踏み込んで、縦に斬り下ろす。

 ダウルはその切っ先の動きを察知し、木剣で受け止めた。

 が、桜咲は受け止められた木剣を軸にして回転し、右足でダウルの腹部に蹴りを入れる。


 手応えあり。

 そう確信して桜咲はダウルの顔を見ると、ダウルはニヤッと笑った。


「甘いよ」


 そう言われ、桜咲が自分の右足を見ると、ダウル左手が受け止めていた。


「しまった!」


 桜咲は嘆く。

 が、ダウルはそのまま桜咲の右足を掴み、ぶん投げる。

 投げられた桜咲は、空中で一回転し、うまく着地した。


「やるねぇ」


 ダウルはその様子を見て称賛した。

 反射神経の塊のようだとさえ思うダウル。

 これが、ほとんど戦ったことのない者の反応なのか。


 だが、手は止めない。


 さらにダウルは踏み込み、何度も桜咲に打ち込んだ。

 どの角度どのタイミングであろうが、桜咲は受け止める。

 反対に、少しでも隙を見せようものなら、桜咲は全身を使って攻撃を仕掛けてくる。

 その攻撃は剣士というよりも獣のそれに近いとダウルは感じた。

 本能で攻撃を受け止め、本能で攻撃をしている。そんな感じ。


「なんて反射神経なんだ君は」


 打ち込む手を休めず、ダウルは桜咲にそう言った。


「そっくりそのまま返しますよ、ダウルさん」


 桜咲も負けじと打ち込む。

 打ち込んでいると、次第に桜咲は汗ばみ、その汗は額をつたって桜咲の目に入った。


「くっ!」


 急に視界を奪われる桜咲。

 見えないながらも木剣が自分の頭部めがけて振り下ろされる気配を感じた。


 やばい。このままではやられる。

 そう直感し、桜咲は木剣の気配めがけ、全力で振り下ろした。


 カーンと今までよりも高い音が響きわたる。

 すぐさま、桜咲は目の汗を拭い目の前を確認すると、自分の木剣が折れていることに気づいた。



「くっそ、負けか」


 素直に悔しがると、目の前でダウルが笑った。


「はっはっは。いや、引き分けだよ」


 そう言われダウルの木剣を見てみるとそちらもおれているのが見えた。


 木剣が2人の試合に耐えきれなかった、故の引き分け。


 桜咲とダウルは顔を見合わせて、笑いあった。




「オウガストの冒険者で、僕と引き分ける事が出来る者は、そういない。僕は格闘をベースに魔法を織り交ぜるタイプでね、剣術も得意なつもりだったが」


 汗を拭いながらダウルが桜咲を賞賛した。



 桜咲も、袖口で汗を拭きながら、会釈をする。

 なんだか褒められるのは照れくさい。


「で、聞きたいことっていうのは?」


 と、ダウルが突然、本題を切り出してくる。


「あ、はい、ウルダッセンとの戦いの歴史が聞きたくて。それが、この世界を守る方法だと思うんですよ」


 桜咲は息を整えながら言う。


 するとダウルは、桜咲を別室へと誘った。


「なるほど、とりあえず飲み物でも飲もう。こちらへ来たまえ」


 ダウルに案内され、別室に行くと、その小さな部屋には机と椅子が2脚あった。

 桜咲はダウルに言われるまま、椅子に座る。

 少し待つとダウルが紅茶を出してくれた。


「まぁ、飲みたまえ」


 ダウルは自分も飲みながら言う。


「あ、ありがとうございます」


「さて、ウルダッセンとの戦いの歴史か」


 ダウルは真剣な表情を見せた。

 少し間をあけ、ダウルは言葉を続ける。


「10年前。ウルダッセンは、世界に対して宣戦布告した」


 10年前。ウルダッセンは、世界に対して宣戦布告した。

 元々アルクラインにある5つの国は平和協定を結んでおり、お互いに侵略をしないという絶対の掟があった。


 だが、ウルダッセンの先王が亡くなり、その息子が王位を継いだことでウルダッセンは大きく変わったのだ。

 絶対王政をとり、ウルダッセンの民は王にただ従うのみとなった。


 何故、王が民を従える事が出来たのか。

 それは、王が魔人になったことが原因であった。


 ウルダッセンの新しき王は闇の魔法に取り憑かれた。

 闇の魔力は強力であるが故に、使用者の体と心を蝕んでいく。

 だが、王はその魔力を体に取り込み続けるという、かつて無い方法で自らの魔力を増大させた。

 その結果、王は人ならざる姿へと変貌し、魔人と呼ばれることになる。


 魔人は人間では及ばない程の魔力と力を持ち、その戦闘力は1人で100もの兵に値するとか。


「以上がウルダッセンの戦いの歴史とされる」


 ダウルは紅茶を口に運びながら言った。


 つまりは、魔人化した王子が、王となり、世界を脅かしてるってことか。


「なるほど。あれ?でもそんなに強いのに10年もかかってるんですね?」


 桜咲は気付いて、そのまま言葉にした。

 それほどウルダッセンが強大な力を持つならば、侵略され尽くしててもおかしくない時間、10年。

 それに、このオウガストの街は平和そのものだった。


 疑問を投げかけられ、ダウルは軽く頷き、答える。


「強大な敵だが、絶対ではないということだよ。他の4国も、その国の最強と呼ばれる騎士や冒険者を国境に配置している。そのためウルダッセンとの戦いは常に拮抗状態にあるのさ。ただ、戦いの規模が大きく、戦地では常に犠牲が出ているがね」


 答えたダウルの表情は少しだけ苦いような気がした。

 そうか、冒険者の犠牲が出ているということは、ダウルは自分の部下を亡くしているということだ。


「すみません、、、言いたくないことをいわせてしまって」


 ダウルの表情に気付いた桜咲が謝ると、ダウルは首を横に振った。


「君は優しいな。本当ならね、僕が向かいたいのだがね、立場がそうさせてくれないのだよ。何が頂点なのか、、、なにがマスターなのか」


 更にダウルの表情は曇る。

 ダウルはこの戦いを終わらせたいのだ。

 犠牲を出したくないのだ。



 なら。

 それなら。


 桜咲が口を開く。


「僕が行って、終わらせてきます」


 そう言い放った桜咲の目はとても真っ直ぐだ。

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