夢魔法
ようやくよ。
この時を待ちわびていた。
あの時に終わったはずのものを、もう一度始めることができるなんて。
初めて神に感謝したわ。
私の愛しいあの人にまた会える。
そのことを考えるだけで毎夜ベッドのシーツを濡らしてしまったわ。
今度は何も懸念する材料がないから、結ばれることが出来る。
待っていてね、私のお兄ちゃん。
やっぱりダメだった。
「言った通りでしょう?」
ああ、お前の言う通りだった。
他人は信用できない。
「そうよ、他人なんてそんなもの。何かを隠し、何かを誤魔化す、嘘の塊みたいなものよ。」
まさにその通りだな。
色々見てきたが、皆、嘘をついて生きている。
嘘で出来上がった関係を楽しんでいる。
気持ち悪い。
「本当ね。私たちとは違う生き物みたい。」
醜い、その言葉しか出てこない。
「そうね、私も昔から空以外の人間が醜くてしょうがないと思ってたわ。」
どこの世界でも人間は変わらなかったな...
少しは期待してたんだけどな。
「フレーゼって子に、空は一番期待してたの?」
ああ、フレーゼが一番お前との関係に近い気がしてたんだが、錯覚だったみたいだ。
結局、フレーゼも他の人間と同じようなものだった。
今日、初めて嘘をついた。
「残念だったわね。」
不思議とそんな気持ちがないんだ。
むしろ清々しい気分だ。何かが外れたような解放感に晒されている。
「良かったじゃない。空は自由になったってことじゃない。」
そうかもな。
お前はどうなんだ?
この世界に生きてるんだろ?
「なぜ分かったのかしら?」
一番は勘かな。
「あら凄いのね。そんなファンタジーなことを信じるなんて。」
この世界自体がファンタジーだろ。
それに以前は出来なかったのに、お前と夢の中で意思疎通ができる。
「そう、これは私の夢魔法。空がこの世界に来たと知って慌てて作ったの。」
相変わらず規格外だな。
「これが私の普通。空なら知ってるでしょう?」
ああ、嫌というほどにな。
「強すぎる力は我が身を滅ぼす。まさか自分が体験するとは思わなかったわ。」
お前はやりすぎたんだよ。
出し惜しみしなさ過ぎだ。
「空は結局一度も見せなかったわよね。」
俺のは平和な世の中じゃ役に立つようなものではないと思ってたからな。
「そうよね。空の力は役に立たなそうね。でも使いようによっては億万長者になれそうだけど?」
そんなことすればお前のようになってたかもな。
「私に嫌味を言いたいの?」
事実だ。
「ふーん、もういいもん。今度会う時にいっぱい買い物に付き合ってもらうから。」
勘弁してくれ、お前の買い物は本当に一日かけるだろう。
「あれは楽しかったわね。飛行機を使って世界中の服を買うなんて。」
俺が冗談で提案したことを本当にやるやつなんてお前だけだろうよ。
「時差ボケで次の日は二人して眠り倒したわね。」
それでもお前と過ごす日々は心地よかった。
「もう少しよ。また同じような日々を送れるわ。世界は違うけどね。」
楽しみにしてるよ。
「次に会うのは現実世界よ、お兄ちゃん。」
空が目が覚ますとフレーゼが顔を覗き込んでいた。
空は起き上がり俯いた。
「おはようございます。お食事になさいますか?」
「...」
「ソラ様?」
「本当に期待してたんだけどな...」という呟きはフレーゼの耳には聞こえなかったようだ。
「食事を持ってきてもらえますか?」
普通の受け答えに聞こえるが、フレーゼには違った。
目の前にいるのに、姿が見えない。
近くにいるのに、温もりを感じない。
声の届く距離にいるのに、聞こえない。
そのくらいに空との距離が離れてしまったような気がした。
いや、そうなってしまったのだと確信した。
そのくらい空の敬語はフレーゼに衝撃を与えた。
「ソラ様、冗談は...」
フレーゼはその先が続かなかった。
空の自分を見る目が、路傍の石でも見るかのように無機質であったからだ。
自分の中で積み上げてきたものが、ガラガラと崩れていく音が響いているような錯覚に陥った。
そして気付いた。
自分はどこかで誤ったのだ。
自分でこの状況を作り出してしまったのだと。
「すいません、やっぱり食事はいりません。」
空は着替えをして、部屋を出て行った。
フレーゼは膝から崩れ落ちて、嗚咽を漏らしながら涙を流した。
泡沫の如く消えてしまったものを想って...
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